最終章 俺たちが残したもの
2014年の3月下旬、俺は久しぶりに滋賀を訪れていた。
「懐かしい、ここら辺はあんまし変わってねえな」
米原駅に降りて新幹線からJR琵琶湖線へと乗り換えた俺は、車窓に広がる一面の田園風景を眺めながらへへっと笑みをこぼす。
東寺町高校へと進学した俺は、その後も吹奏楽にどっぷりと浸かり続けた。全国大会も2度経験したし、全国の強豪校との交流会に参加したり自衛隊との合同演奏会に呼ばれたりと、なかなかに忙しい日々を送ったものだ。
そして高校卒業後は東京都内の工学系の大学へと進学し、この春にはついに修士課程を終える。4月からは東京都内のIT企業に就職することも決まっており、数日後には今の下宿先を引き払って、会社の用意した借り上げ社宅に移る予定である。
ちなみに両親はというと、俺が高校を卒業するのに合わせて広島に戻っていた。元々こっちにやって来たのは親父の仕事の関係で、砂岡家のベースはあくまでも広島だ。そういった事情もあって、俺が大学在学中に滋賀の土を踏む機会は結局一度も無かったのだ。中学2年から高校卒業までの5年間を過ごしたのに、薄情なヤツだなと言われても反論はできまい。
ではお前は、なぜこんな時に滋賀に帰ってきているのだ?
その理由はひとまず置いといて、目的の駅に到着した俺は電車を降りる。ここは栗東駅、この少子高齢化のご時世にして新しいマンションがにょきにょきと建造されている近畿地方有数のベッドタウンだ。
「ごめーん、待った?」
改札前のベンチに腰かけてスマホをいじっていると、小さな人影がてこてこと小走りで近付く。
黒く長い髪をさらさらとなびかせる、24歳になった宮本さんだ。桜色のスプリングコートに身を包んだ彼女は今も昔と変わらず、小柄で可愛らしい外見のままだった。
「ぜーんぜん。そっちこそ仕事忙しいのに、乗ってくれてありがとうな!」
「ラッキーなことに今日は非番だったんだよ。明日も有休もらえているから、それまでならオッケーだよ!」
指で作ったマルをぐっとこちらに向ける。彼女は高校卒業後、地元の看護学校に進学していた。今は大津市内の総合病院で、看護師として勤務している。
また彼女は俺の大学在学中にも東京に何度か遊びに来ており、その際には東京の街を案内したり、いっしょにNHK交響楽団のコンサートを聴きに行ったりと頻繫に交流を重ねていた。そのおかげで彼女と再会しても、別段懐かしいと感じることは無かった。
「お、一番ノリは低音のおふたりさんだったか!」
そう声に出しながら、ずんずんと歩み寄るのはハデな金髪の女。ばっちり化粧も決めて元の顔がわからなくなっているが、こんな独特なオーラを放つ人間はそうそういない。
「徳森ちゃん、元気そうだね!」
「やあ砂岡、めっちゃ懐かしいね! 何年ぶりだ?」
イエイッとピースを向ける徳森さん。こだわりのルーズソックスを脱いだ彼女は、さらに上の次元へとランクアップしていた。
徳森さんは短大を卒業後、保育園の先生になっていた。今は草津市内の保育園で毎日子供たちに揉まれているそうだ。てかこんな外見で保育園の先生って、本当に務まるのか?
「あ、もうみんな来てる!」
「あんたたち、久しぶりねぇ!」
さらに向こうから歩いてきたのは、端正な顔立ちの長身の男と、対照的に小柄で分厚い眼鏡をかけたあまりぱっとしない印象の女性だ。
そんなふたりが並んで歩くのを目にした途端、俺たちは会話を中断してぱちぱちと拍手で歓迎したのだった。
「いよっ、新婚さんのおなーりぃー!」
「先輩、ご結婚おめでとうございます!」
「あんたたち、こんなところで祝うんじゃないわよ!」
顔を赤らめる女性を、男性がその長い腕でそっと抱き寄せる。そう、ひとつ上の藤田先輩と筒井先輩の部長副部長コンビだ。
それぞれ別の高校、大学と通っても交際を続けたふたりの関係は、社会人になってもなお途切れることは無かった。そして就職からマル3年経ったのだからと、ついにこの春ふたりは大津市内のホテルで結婚式を開くことになったのだ。ふたりが出会ったのが中学の部活だけに当時の部員もできるだけ大勢を呼びたいそうで、実際に俺の元にも招待状が届いている。
その後もぞろぞろと懐かしの顔ぶれが合流し、全員が集まったところで俺たちは歩き出したのだった。
向かったのは栗東芸術文化会館さきら。JR駅からまっすぐ歩いて5分という立地の良さが売りの施設で、800人を収容できる大ホールも備えている。
そのロビーをくぐった先のベンチに、ふうと腰掛ける女性がひとり。出産が近いのだろう、大きなお腹を抱えてマタニティワンピースを纏っている。
「あら、皆さんも来てくださったのですか?」
俺たちに気が付いて、その女性――お腹の大きくなった手島先生は、あっと驚いた顔を向けた。
「お久しぶりです、手島先生!」
「いやいや、今は大久保先生だろ」
そんな教え子のやり取りを見て、先生は「皆さんの呼びやすいものでかまいませんよ」と昔とまったく変わらない微笑みを返した。
実は俺たちが中学を卒業してしばらくしてから、なんと手島先生はユーフォ奏者の大久保さんとゴールインしてしまったのだ。
曰く30迎える前には結婚しておきたかったとのこと。それにしてもあの手島親衛隊を勝ち抜いて選ばれた大久保さんは、なんという果報者なのだろう。多分だけど、決め手は誰よりも多くカサキタに通っていた点かな?
そんな先生も今となっては2児の母。さらにもうすぐ3人目も生まれるということで、現在は産休中らしい。
「みんなー!」
恩師との再会を喜んでいる時のことだった。吹き抜けになったロビーで、なんとも気の抜けてしまいそうな声が反響する。
不意に見上げた俺たちの目に映ったのは、2階の手すりから身を乗り出しながら手を振る人影。そいつは俺たちと視線が合ったのに気付くなりだっとその場を離れ、駆け足でエスカレーターを降りてきたのだった。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
「松子ちゃん、お久しぶり!」
人目もはばからずロビーを駆けてやって来たのは、パンツスーツ姿の松子だった。かつてショートボブだった髪を伸ばして後ろで結んでいるものの、顔と声はあの頃とまったく同じだ。それにしてもこいつ、身長が高くスレンダーだから白のパンツがめちゃくちゃ決まっているな。
「あれ、結月ちゃんはいないの?」
「うん、結月はまだウィーンだからね。あの子、夏にならないと帰ってこられないんだよ」
宮本さんの質問に、姉はちょっと残念そうに答える。
妹の結月ちゃんは、俺たちの引退後もその天才的なオーボエの腕でカサキタを支え続けていた。冬のアンサンブルコンテストには2年連続で出場し、1年で木管五重奏で関西金、さらに2年生では木管六重奏でカサキタ史上初の全国大会まで進み、なんと金賞を受賞してしまったのだった。
その後、結月ちゃんはオーボエを生業にしようと決心したようで、高校は幼少より続けてきたピアノではなくオーボエで県内の音楽科へと進学した。そこでも他を抜いた成績を収めたようで、驚いたことに今ではウィーンの音楽大学に留学している。ゆくゆくはプロのオーボエ奏者として、世界を股にかけた活躍を見せてくれることだろう。
「砂岡も久しぶりだねぇ。聞いたよ、4月から就職だって。だから今日は社会人の先輩として、色々とレクチャーを――」
「先生、そんなとこにいたんですかー!?」
ロビーに響く甲高い声に、松子はびくっと跳び上がって振り返る。つい先ほど彼女が俺たちを覗き込んでいた2階の手すりから、お下げ髪の女の子が見下ろしていたのだ。
「先生、その人たち誰ですか?」
女の子は首を傾げる。訊かれて松子はにやりと笑った。
「この人たちはねぇ、みんな先生の同級生なんだよ。つまりはみんなの大先輩ってところかな」
「ホントですか!? キャー嬉しい!」
「ウチもすぐに戻るから、先にチューニング合わせといてね」
そう言われると女の子は「はーい」と明るく返し、奥の方へと小走りで走って行ったのだった。
「しっかし驚いたよなぁ、お前がカサキタの教師になってるとか」
「そうだよー、最初に赴任先聞かされた時は色々吹き出しそうになったもんだよ」
腕を組んでうんうんと頷く松子。
女子高のオーケストラでファゴットに打ち込んだ松子は、そのまま内部生として大学に進学した。そこで彼女は教員免許を取得し、卒業と同時に地元滋賀県で音楽教師として採用されたのだった。そしてなんたる偶然か、一発目の赴任先はまさかの母校カサキタだった。松子は現在、吹奏楽部の顧問として生徒らの指導に当たっている。
もうお分かりだろう。俺たちがこのホールに集まったこの日は、笠縫北中学校吹奏楽部の定期演奏会なのだ。
俺たちの卒業後もカサキタはめきめきと技量を向上させ、ここ最近は関西はおろか全国大会にも頻繫に出場するまでになっていた。そして部員も増えて様々なノウハウも培った現在、彼らは3月のこの時期に定期演奏会を開けるほどの名門に成長していた。
カサキタの名は最早ブランドになっているのだろう、開場時間が近付くにつれ、ロビーは大勢でごった返す。近くの学校の吹奏楽部員であろう中学生くらいの子供たちや、歴戦の吹奏楽マニアといったオーラを漂わせるおじさんまで集まった人は様々だ。
そして開場時間を迎えるなり、大ホールはあっという間に満員御礼になってしまったのだった。
はぐれないように、カサキタOBとOG一同は一か所に集まって座る。開演までの時間、俺たちは受付で渡されたプログラムを開いて眺めていた。
「松子のヤツ、思い切った選曲したもんだなぁ。『祝典行進曲』とか名曲中の名曲じゃん」
「うわ懐かしい、『メリーゴーランド』やるじゃん。あの連符の悪夢がよみがえるわー」
「え、『マードックからの最後の手紙』もやるの!? めっちゃ楽しみ!」
名曲、人気曲がずらりだ。中学生にこれだけをやらせるのは少々レベルが高すぎるようにも見えるが、今のカサキタならきっと無問題なのだろう。松子が「ウチの子らならこんなの余裕だよ、ウチらの代とは全然違うからね!」と鼻を伸ばしてふんぞり返る姿が容易に想像できる。
やがて開演のブザーが鳴り、ステージの緞帳がゆっくりと上がる。そこに現れたのは、着席したまま楽器を手にする80人近くの中学生たちだった。かつての俺たちと同じ、まったく変わり映えのしない制服姿で。
そんな生徒たちと一緒に、指揮台の上に立った松子も姿を見せる。だがヤツはこちらに背を向けたままで、マネキンのようにじっと微動だにせず固まっていた。
しかし緞帳が上がり切った次の瞬間、松子は右手にタクトを握ったままさっと両手を広げると、呼応するように部員たちも楽器を口へと触れさせたのだった。
やがて振り上げられる松子のタクト。その一瞬一瞬を、俺は見逃すまいとじっと前のめりになってステージを見つめていた。
県下最弱と呼ばれていたカサキタが強豪への階段を昇り始めたのは、10年前のあの時からと言って間違いない。その最初のワンステップを俺たちが上がってみせた後、カサキタは次代の後輩たちによってさらに上へ上へと昇り続けている。
今、カサキタはどれほど高くまで昇り詰めているのだろう。その成長ぶりをこの演奏会でいかに堪能できるのか、楽しみで仕方がない。
参考音源
『祝典行進曲』
https://www.youtube.com/watch?v=l14nOnFz9iU
『マードックからの最後の手紙』
https://www.youtube.com/watch?v=QwRTP70yU1k
ここまでお読みくださった皆様、最後までお付き合いくださりありがとうございます。
前作と同じく完全に趣味に走った内容でしたが大勢の方から応援のメッセージをいただき、最後まで執筆のモチベーションを維持したまま完結させることができました。
本作の題材は中学の吹奏楽部ですが、実はこの小説には作者自身の経験が色濃く反映されています。また登場人物も少なからず実在の友人や先輩後輩をモデルにしており、作中での出来事も実際に私が経験したことほぼそのまんま、といったものさえあります。おかげで小説を書いているというよりは、まるで昔のことを思い出して文章にしているような気分で連載を続けて参りました。
なおこの小説を書くにあたって、久しぶりにユーフォを吹いてみたり吹奏楽の名曲を聴きあさったりと、ある意味では学生時代以上に真面目に吹奏楽に向き合ったのではないかと思います。吹奏楽に打ち込んでいたのは学生時代のほんの数年だけでしたが、今でもふと楽器吹きたいなと思うことは頻繫にあります。音楽が一生の友と呼ばれるのは本当のことだったようですね。
2020年はコロナ禍により、夏のコンクールが中止になってしまったのは残念でなりません。一日でも早くこの事態が収束して、以前と同じように音楽が楽しめる日が来るのを願うばかりです。
さて、次の作品に関してですが、まだほとんど決まっていません。
ファンタジー書きたいなー、でもSFもいいなーと、そもそもプロットすら固まっていない状態です。そのため連載開始までしばらく間が空く可能性もありますが、たとえ新作投稿がストップしていても作者はしぶとく生存しておりますのでご安心ください。
それでは最後までお読みくださったこと、改めてお礼申し上げます。皆様がこのコロナ禍を健やかに乗り切ってくださること、そして吹奏楽のさらなる発展を願って、この小説を終えたいと思います。
2021年1月23日 悠聡




