第二十九章その3 約束を果たした日
出番を終えて楽器をトラックに積み込んだ俺たちは、急ぎ足でホールへと戻った。
すでに最後の団体も演奏を終えているようだ。ホール内では今まで出場した中学生がそれぞれの団体ごとに固まって座っている。
あとは結果発表を残すのみ。館内にいる者は全員、その時を今か今かと待ち構えていた。
「うわあ、なんか本番前より緊張してきた」
俺は舞台カーテンの隙間から、人がぎっしりと詰めかけた観客席を覗き見る。そんな俺を、徳森さんは「砂岡、情けなーい」と茶化していた。
俺と徳森さんの部長、副部長コンビは、表彰式で再び舞台に上がる。中学校Aの部で出場したすべての団体が一同に上がるため、薄暗い舞台袖には40人ほどが集まってそいた。
やがて準備が整い、俺たちは舞台の上に並べられる。ステージ上に用意された机には盾やトロフィーがずらっと並べられ、連盟の役員も観客席から見てハの字型に起立していた。
「それではこれより、中学校Aの部の審査結果の発表を行ないます」
ステージ上の誰かがごくっと唾を呑み込む。その音がやけに響くほど、大勢の見守るホールは静まり返っていた。
「大津市立唐橋中学校、銀賞」
落胆したような吐息とともに、ぱちぱちと響く拍手。歩み出た部長と副部長のふたりはそれぞれ表彰状と盾を受け取るものの、その顔は悔しさを噛みしめていた。
そこから順次、審査の結果が告げられる。そこで「ゴールド金賞」が言い渡された団体は、どこも「いやったああああ!」と歓声をあげて、これまで莫大な時間と努力を費やしてきた自分たちを褒めたたえたのだった。
「守山市立守山中央中学校、ゴールド金賞」
県下の強豪の結果が言い渡される。「やった!」と歓声はあがるものの、その喜び具合は他の団体に比べると幾分か控えめだ。彼らにとっては滋賀県大会もまだまだ通過点、金賞は当たり前なのだろう。
「彦根市立廿日山中学校、ゴールド金賞」
逆にAの部初出場にして金賞に輝いた廿日山は、全員が全員椅子から跳びあがって「よっしゃあああ!」とホールを揺らさんばかりの大歓声を轟かせていた。
たしかにこの2校の演奏は他校を凌駕していた。実際に演奏を聴いて、この結果に異論を唱える者はまずいるまい。
「草津市立笠縫北中学校」
さあ、いよいよだ。ひな壇に立った俺と徳森さんはぐっと背筋をさらに伸ばして、バックンバックン脈打つ心臓を落ち着かせる。それは観客席の部員たちも同じようで、席に着いた宮本さんや松子たちは全員両手を組んで祈るように頭を垂れていた。
アナウンス役の役員が、改めて手元の紙に目を落とす。そして一瞬の間を置いて、口を開いたのだった。
「ゴールド金賞」
「い……」
「いやったああああああ!」
最初の「ゴ」が聞こえたその瞬間、部員たちが一斉に跳びあがる。互いに指を絡めて小さくジャンプする松井姉妹、両腕を振り上げて咆哮をあげると、すぐに抱擁し合うハッタヤとたくちゃんの男子コンビ、満面の笑みで一人一人の顔を覗き込みながら、拍手を贈る宮本さん。全員が全員、それぞれ喜びをこれでもかと全身で表現する。
小編成の部から上がってきたその年に、まさかの金賞受賞。それもほんの2年前までは県下最弱と呼ばれた弱小校。それがわずかな期間でここまで昇り詰められたのは、まさに奇跡と呼んでよい。
ステージ上にいる俺は彼らのようにはしゃぐことはできないものの、それでも拳を握りしめて、努力の成果を小さく祝ったのだった。
やがてすべての団体の結果が告げられ、表彰状とトロフィーを受け取った代表者がずらりとステージ上に並び立つ。
この結果発表であるが、金銀銅が決まって終わりというわけではない。金賞受賞団体にとっては、むしろここからが本番だ。
「続きまして、8月25日に開催される関西大会に出場する団体の発表です」
会場が再び静まり返る。役員が結果の書かれた紙を広げ、改めてマイクに口を近づけた。
「さあ遠慮はいらん、食え食え!」
ユーフォ奏者の大久保さんが、ぱんぱんと手を叩きながら部員を音楽室に招き入れる。そして目に飛び込んできた美味そうな料理に、一同はだだーっとよだれを垂らしたのだった。
県大会の終わった夜、俺たちは大久保さんに呼ばれてカサキタの音楽室に通されていた。
扉をくぐるとあらびっくり、いつの間にやら音楽室には机でいくつかの島が作られ、それぞれの机の上にはオードブルやら寿司やら出前のピザやらがこれでもかと乗っけられている。まるでちょっとした立食会場だ。
「いいんですか、こんなに?」
「いいよいいよ、たまには大人に甘えろって。それに今日は僕達だけじゃなくて、校長先生も奮発してくれたんだよ」
マジで!?
俺たちはばっと周囲を見回す。そして黒板の前で笑顔で立つ校長先生を目にして、立ち尽くしてしまったのだった。
「はっはっは、うちの生徒たちが活躍してくれるのは、嬉しいことこの上ないですからね。皆さん、本当におめでとうございます」
お決まりの「えー」は口にせず、部員たちに笑顔を向ける校長先生。俺たちの今日の結果を聞いて、急遽駆け付けてくれたそうだ。
滋賀県代表として関西大会に進んだのは、守山中央中学校、廿日山中学校。
そして俺たち、笠縫北中学校だった。
金賞のみならず関西出場という夢まで叶えてしまった俺たちは、発狂一歩手前まで喜んだ。歓声がうるさすぎて、司会進行の役員に「お静かにお願いします」と注意されたくらいだぞ。
興奮冷め止まぬその日の内に学校まで戻って楽器を片付けた部員たちを待っていたのは、手島軍団&教職員による祝勝会だった。大久保さんに水上さんといった指導員だけでなく、たまたま話を聞いた他の先生たちもポケットマネーから援助してくれたらしい。
皆さん、ありがとうございます! おかげでクリスマスくらいでしか食えない豪勢なお料理を堪能できますよ!
「4種のチーズ……うんまーい!」
Lサイズのピザにかぶりついた俺は、とろーりとろけるチーズの舌触りに思わず声を漏らしてしまった。俺は好きなんだけど父さんがチーズ苦手だから、家ではピザなんてなかなか食えないんだよな。
「お姉ちゃん、イカリング取りすぎ」
「いいじゃんいいじゃん、まだまだあるんだからさぁ」
オードブルに手を伸ばした松井姉妹が、しょーもない言い争いを繰り広げる。才能に関するいざこざがあったとはいえ、姉妹は姉妹なのだ。
「砂岡くん、ピザ好きだね」
あまり油っこいものは苦手なのだろうか、付け合わせのトマトをかじっていた宮本さんが、横から声をかける。
「ああ、普段食べられないから、こういう時に飽きるまで食っておかないと」
「なんか砂岡くん、ひとり暮らししたら食生活乱れそうだね」
にははと笑う宮本さん。トマト持ったままだけど、可愛いものは可愛いよ!
「ねえ砂岡くん、関西への夢、本当に叶えちゃったね」
「だね、ちょっと上手くいきすぎな気もするけど」
「そうそう。でも私たち、実際にみんなが頑張って練習してきたところ見てきたんだから。これは奇跡でもなんでもなくって、カサキタがつかみ取った最高の結果なんだよね。でもどうしてだろう、ここまでやりきったんだぞーっていう達成感、今一感じてなくてさ」
表情を崩す宮本さんに、俺はピザを食べる手を止めて顔を向ける。応えるかのように、彼女は俺の目をまっすぐ見つめ返したのだった。
「せっかくここまで来たんだから、私、いっそのこと行けるところまで行ってみたい。まだまだ実力的にも難しいとは思うけど、そう思うのは贅沢なことかな?」
「いいや、いいと思う」
ぐいっと顔を近づけて尋ねるチューバ吹きに、俺は首を小さく横に振りながら答える。途端、彼女は「ありがとう」と笑みをこぼすと、手にしていた箸をそっと皿の上に置いたのだった。
「いくら自分で思っても実感湧かないからね。砂岡くんに言ってもらえるのが一番自信つくよ。だから私、これから本気で目指すことにするよ」
夜空で黒一色に染まった窓の外を見つめながら、宮本さんは気持ちを新たにしたように言ってのける。その視線はここではない、どこかはるか遠く離れた先を見据えていた。
そして続いて彼女の口から跳び出してくる言葉を、俺は覚悟を決めて聞き届けたのだった。
「私、みんなといっしょに行きたい。全国大会!」
ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございます!
第四部はこの話で終了となります。次回、登場人物紹介をはさんでから、最終部となる第五部の連載がスタートします。
県大会を終えて関西大会に挑む部員たちの姿を描けたらなと、今からプロット練り直しております。
さて、この小説の連載に当たって、登場人物のほとんどが実際に周りにいた友人や先輩後輩をイメージしています。いつもルーズソックスの子とか、オネエな男子とか、まさか―と思うような人もモデルがいたりします。
そこで作者から読者の皆様に質問ということになって申し訳ないのですが、本作の登場人物でお気に入りのキャラは誰でしょうか?
加えて音楽が題材の小説なので、今まで登場した曲でお気に入りの曲、また作中で取り扱ってほしいという曲はありますでしょうか?
感想、割烹のコメント、メッセージどこでもかまいません。教えていただけると、作者としてとても嬉しく思います。
それでは第五部も皆様に楽しんでいただけますよう、精進して連載を続けて参ります。今後ともよろしくお願いします。
2021年1月9日 悠聡




