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第二十八章その4 リードを作ろう

「作るの……ですか?」


 突如現れた水上さんのとんでも発言に、結月ちゃんはぎょっと目を丸める。周りにいた木管パートの部員たちも、互いに顔を見合わせて絶句していた。


「ああ、プロのオーボエ奏者はほとんどが自分の吹きやすいようにリードを自作している。私みたいなアマチュアでも、道具さえあれば手作りすることはできるぞ。最初は大変だけど、慣れればこっちの方が財布にも優しい」


 ペンチに小刀、さらにはライターまで一式の道具を手に持って、水上さんはじっと結月ちゃんと視線を合わせながら言った。


「結月、できるな?」


「は、はい……」


 頷いて返すものの、結月ちゃんは自信なさげな様子だった。そりゃ思わぬトラブルで疲労したところに、いきなりリード作るよなんて言われても戸惑って当然だわな。


「水上さん」


 だがそこに、挙手とともに声をあげる部員がいた。ちょうどファゴットを携えて着席していた、松子だ。


「ウチにもやらせてください」


 まっすぐな瞳を向けて、水上さんに頼み込む。だが水上さんは複雑な表情を浮かべると、首を横に振ったのだった。


「ごめんな遥香、ファゴットのは私まだ作れなくて――」


「いえ、オーボエのリードの作り方を教えてください」


 目を丸くして固まる水上さん。


「お姉ちゃん!?」


 結月ちゃんも驚いて振り返る。そんな妹に松子は落ち着いて、しかし力強く告げた。


「またいつ壊れるかわかったものじゃないし、今は1本でもリード多く作れたほうがいいよね? それに結月のためならお姉ちゃん、一肌だって二肌だって脱ぐよ」


 微笑みながら話す姉を、ぽかんと口を開いたまま見つめる結月ちゃん。姉妹のそんなやり取りを見て、水上さんはにっと口の端を上げた。


「よし、遥香も手伝ってくれ。それともうちょっと人手欲しいんだけど……」


「あ、じゃあ俺も手伝うよ」


 ちょうどユーフォの汚れを拭き取っていた俺は、反射的に名乗り出る。以前から松井姉妹のことは気になっていたし、個人的にオーボエのリードの作り方についても興味はあった。


「よしきた! 手島、どこか場所借りていいか?」


「ええ、どうぞ。音楽室なら広くていいですよ」


 その後、部員たちが帰宅する中、水上さんに松井姉妹と俺、そして手島先生も加えた5人は音楽室に移動する。そして机を動かして大きな島を作り、夕日の差し込む室内でオーボエのリード作りに勤しんだのだった。


 本当にこだわる人は乾燥させた葦材をカットするところから作るそうだが、そのための工具はン十万円もするらしく、さすがの水上さんでもそこまでは持っていない。舟形ケーンと呼ばれるカットを終えた段階のものを10本入りのセットで購入し、先端を少しだけ削ってコルクでできたチューブという土台につなぐという工程が彼女の言うリード作りだった。


「リードは先端をちょっとだけ削るんだ、と、それじゃ削りすぎ」


 結月ちゃんは音楽に関しては右に出る者のいない天才だが、こういったモノづくりに関してはあまり得意ではないようだ。先ほどの自信なさげな返答も、こういう展開を見越していたのかもしれない。


 一方、姉の松子は初めての作業とは思えないほど、細かい箇所まできっちりとこなしていた。堅い葦材をまるでケーキでも切るかのように、小刀ですっすすっすと滑らかな手つきで削っている。


 そういえばバーベキューの時もお好み焼き作った時も、松子は器用に材料切ったりテキパキと動いていたな。美術でも常にクラスの模範となるような作品を仕上げているし、こういったスペックの高さは凄まじい。


 ちなみに俺が担当したのは、ふたつに折ったケーン材をコルクにはめ、針金で仮止めする工程だ。細い葦材に0.3ミリとこれまた細い針金を巻き付けるので、思った以上に神経を使う。


 そして俺が固めたリードに水上さんがライターで軽く焼きを入れ、接合部にぐるぐると糸を巻いて完全に固定してしまうのだ。聞けばこの糸巻きが一番大切で、一番ミスしやすいらしい。


「ゴメンね、こんな時間まで手伝ってもらって」


 じっと目を細めてワイヤーと格闘していた俺に、松子が申し訳なさそうに話しかける。彼女は糸を巻いたリードの先端部をメーキングマシンとかいうカンナがけ専用の道具でさらに削ぎ落としていた。ここまでくるともうほとんど完成だ。


「いいよいいよ、家帰ってもやれ勉強しろだのテレビ見るなだのうるせーだけだから」


「ははは、砂岡ん家も大変だね……ほら結月、これどう?」


 できたてホヤホヤのダブルリードを、妹にすっと差し出す松子。


 それを受け取った結月ちゃんは早速オーボエ本体に取り付け、息を吹き込んで音を鳴らす。数分間、ロングトーンや『伝説のアイルランド』のソロを吹いて感触を確かめたものの、やがて彼女は演奏を止め、眉をしかめて俯いたのだった。


「……ちょっと微妙」


「そっか。じゃあ、こっちは?」


 妹が落ち込んでも知ったことかといった様子で、姉は今しがたできたばかりの別のリードをささっと手渡した。


 想像以上の早さで次が完成したことに驚きながらも、結月ちゃんはリードを受け取ると慎重に付け替え、またオーボエの優しい音色を奏で始めたのだった。


 つい先ほどよりも音がまっすぐ入っているのが、俺の耳でもわかる。ぱあっと明るくなる結月ちゃんの表情に、リードひとつでこんなにも変わるものかと金管奏者ながら感心させられてしまった。


「うん、これすごくいい!」


 良かった。俺たちはそろって、ほっと息を吐いた。


「いよし! それなら使いやすいの、あと何本か作っておこう。予備あればこれからも安心だからな」


 俄然張り切る水上さん。外はすっかり陽も落ちているが、まだまだ終わりは先になりそうだ。




「砂岡先輩」


 翌朝、ちょうど楽器をケースから取り出していた俺は「え?」と振り返った。結月ちゃんが話しかけてきたのだ。


「昨日はありがとうございました。これ、どうぞ」


 そう言って頭をペコペコと下げながら両手で差し出されたのは、可愛らしいストライプ模様の包装紙でラッピングされた小さな箱だった。両手で全部乗っかるくらいの大きさからして、チョコとかのお菓子かな?


「ええ、悪いよー、そんな気遣いしなくてもいいのに」


 お礼もらうほどのことでもないよと、俺は手を横に振る。しかしこのセリフ自分で言ってて、なんだかおばん臭いな。


「いえいえ、先輩がもらってくれないと、私の気が収まりません」


 だが結月ちゃんは引き下がらず、再び俺の目の前に包みを差し出す。昨日の作業を通して、彼女のお眼鏡にかなうだけのリードも4本できた。これだけあれば少なくとも県大会までは問題なく持つだろう。


「うーん、じゃあ、ゴチになります」


 苦笑いを浮かべつつも、俺はリボンの巻かれた箱を受け取った。ずっと緊張を漂わせていた結月ちゃんも、ようやく頬を緩める。


「あの、先生に見つかったら面倒なので、家帰ってから開けてくださいませんか?」


「それもそうだな。わかったよ、ありがとう」


 その日、合奏で新しいリードを使った結月ちゃんはこれまでにないほど絶好調の演奏を披露し、部員たちはもちろん手島先生の度肝をも抜いたのだった。その妹の演奏を彩るように、松子のファゴットは渋く輝いていた。

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