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第二十五章その5 この夏はこれで挑む!

「というわけで、課題曲はⅡ番の『エアーズ』で決定しました」


 2度目の投票を終えて黒板に「正」の字が再び並んだところで、部員たちを振り返った徳森さんが高らかに告げる。


「よかったー、私『エアーズ』派だったし」


「コンクール、サックスが死にそうだね」


 ほっと肩から力を抜いた部員たちが次々と漏らす。


 対立候補の『吹奏楽のための「風之舞」』も捨てがたいが、自由曲『伝説のアイルランド』が重厚な曲調なので、より美しくしっとりとした旋律の『エアーズ』が選ばれたのだと思うと納得できる。


「みんなありがとうね。じゃあ練習再開、テスト終わりまでもう楽器触れないからしっかりね!」


 徳森部長がぱんぱんと手を叩くのに急かされて、部員たちは続々と席を立って各々練習場所へと戻った。課題曲4曲に加えて自由曲を聴いた上、投票を2回実施したのでなんだかんだ1時間くらいかかってしまったなぁ。


「徳森さんも砂岡くんもありがとうございます。テスト明けには自由曲の楽譜もお渡しできるように準備しておきますので、おふたりとも今日は練習に取り掛かってください」


「それじゃあ先生、『エアーズ』の楽譜、コピーください」


 すかさずさっと手を伸ばす。


「ダメです」


 だがにこりと微笑んだまま速攻で断られてしまったので、俺は「何でですか!?」と訊き返した。


「砂岡くん、ここで楽譜渡したらテスト前なのにそれ読み込んで、勉強に身が入らなくなってしまいませんか?」


「う……」


 ご明察。テスト勉強そっちのけになっちまうのは目に見えていた。なぜか普段は全く気にならないのに、勉強中に部屋の掃除始めるのと同じ理論だな。


 先生も職員室に戻った頃、部室ではパーカッションパートが練習曲を合わせ始める。その音を聞きながら、話し合いのため本日まだ楽器を触っていなかった俺も、練習の準備に取り掛かったのだった。


 他の部員からだいぶ遅れて楽器ケースを開き、ピストンを外してオイルを挿す。


「砂岡先輩」


 そんな最中だった。松子の妹の結月ちゃんが、後ろから話しかけてきたのだ。


「そこのシンセサイザー、使ってもいいですか?」


 結月ちゃんは窓際の机に置かれていたシンセサイザーを指さす。合奏前のチューニングで使われる、ちょっと古い型の楽器だ。


「ああ、いいよ」


 深く考えもせず、俺はOKを出した。


「ありがとうございます」


 了承をもらうや否や結月ちゃんはシンセサイザーに電源を入れ、軽くアルペジオを弾いて準備運動を済ませる。彼女がこれから何をするのか気にも留めず、俺は再び楽器の手入れを再開した。


 だがそこから奏でられた電子音の旋律を耳にして、俺は「え!?」と固まって振り返ってしまったのだった。


 シンセサイザーの鍵盤を流れるような指使いで弾く結月ちゃん。そんな彼女が弾いていたのは、『伝説のアイルランド』序盤の主旋律、それもあのオーボエソロのパートだった。


「うーん、ちょっと違うな……こうかな?」


 頭の中で流れる旋律を使い慣れた鍵盤楽器を通じて実際の音に変換し、所々で微妙な修正を加え直す。そして一通り弾き終わったところで今度は先生から借りたオーボエを手に取ると、なんと今しがたシンセサイザーで奏でたメロディーをオーボエで再現してしまったのだった。


 つまりはさっき1回聴いただけの演奏を耳コピして、自分で鳴らせるようになってしまったのだ。


「天才か……」


 絶対音感だとかそんな一言で表してよいレベルではない。俺が今まで部活の中で見ていたのは、この子の力のほんの一部分でしかないことをまざまざと思い知らされたのだった。


 そして同時に悟ったのだ。自分ではどう足掻いても敵わない人間が、この世界には存在しているということを。


 同じ部活の先輩という関係で本当に良かった。音楽の先輩として、それも同じ親から生まれた姉としてこんな子がいつも傍にいたらと思うと、そりゃしんどいだろうな。

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