第二章その5 せっかくのゴールデンウィークです!
翌日、ゴールデンウィーク最終日。
「みんな、おはよう」
登校してきた部長は、心なしか三つ編みがいつもよりまとまっていないように見えた。昨日の今日だ、だいぶ疲れているのだろう。
「おはようございます」
挨拶がてら、俺は部長に近付く。そしてそっと、小声で尋ねたのだった。
「身体は大丈夫ですか?」
「うん、もう平気だよ。心配してくれてありがとう」
部長はにこっと微笑み返す。
だが準備が整って一度楽器を手にすると、練習の鬼っぷりは相変わらずのものだった。多少マシになったとはいえ、ひたすらにフルートを吹き続ける部長はなおも威圧的なオーラをぷんぷんと放っている。
「なあ松子」
その様子を見ていた俺は、「うん?」と気の抜けた声を返す松子にそっと言った。
「実はちょっとさ、頼みがあるんだけど……」
「はい、今日はここまで。明日からはまた学校です、皆さん、寝坊しないようにちゃんと登校してくださいね」
合奏も終わり、俺たちは部室を片付ける。あとは下校するだけだ。
今日もいかんなくフルートの腕を見せつけていた藤田部長は、楽器に着いた指紋を丁寧に拭き取る。こういう汚れは使ったその日にきれいにしておかないと、後で落ちにくくなる。
そして楽器をバラしてパーツのひとつずつをすべてケースにしまい終えた時だった。
「部長!」
威勢よく、松子が声をかける。
「え?」
振り向いた部長は驚きできょとんと目を丸くした。松子だけではない、筒井先輩、さらには徳森さんや入学間もない1年生、そして俺と、部員の半数以上が集まっていたのだ。
「せっかくのゴールデンウィークです! 最終日なんですから、みんなでどっか遊びに行きましょう!」
松子が部長の片手を両手でつかむ。いきなりの誘いに「え、でも」と部長は困惑の表情を浮かべるが、「いいのよいいのよ」と筒井先輩にポンと背中を叩かれて立ち上がった。
「練習なんて後からいくらでもできるわ。ほら、カラオケ行く? ゲーセン行く? ボウリング行く?」
そして半ば連行するような形で、俺たちは部長を連れ出したのだった。
制服姿のまま俺たちが自転車に乗って向かったのは駅前のショッピングセンター、その中のテナントである大人気ハンバーガーチェーンだ。中学生のお小遣いでも十分な量が食べられるし、大勢で押しかけても対応してくれるので実にありがたい。
「私、こういう店ほとんど来たこと無いんだけど……」
「本当ですか? じゃあおすすめはこのストロベリーシェイクで――」
物珍しい顔の部長に、徳森さんが丁寧に説明する。
みんなで腹ごしらえを済ませた後は、ゲームセンターに移動する。
「ああん、取れないよぅ」
松子はクレーンゲームでクマのぬいぐるみを狙うものの、空振りの連続だ。そこに筒井先輩が「あれが欲しいの?」と選手交代を申し出る。
「こういうのはね、重心を狙うのよ。ちゃんと横から見て……」
硬貨を入れてゲームを始めた先輩は、慎重にボタンを押してタイミングを見計らう。そして「ここよ!」とボタンから手を離すと、クレーンが下がってぬいぐるみをつかみ上げたのだった。
「筒井くん、すごい」
オネエな先輩の鮮やかなクレーンさばきに、部長も素直に感心してしまう。
さらにその後、俺たちは書店に向かった。
「最近始まったので面白い漫画、ある?」
「これはどう?」
「もう読んだ。でもつまんないから3話で切った。部長、おすすめってありますか?」
後輩から突然話を振られ、少年漫画コーナーの棚をじっと眺めていた部長は「え!?」と身を震わせる。
「え、えっとじゃあ、これかな? 元々青年誌で描いてた人なんだけど、最近こっちで連載始めたの。で、このキャラがすっごいカッコ良くって……」
漫画を棚から取り出した途端、突如饒舌になる部長。そのあまりの豹変っぷりに、後輩たちはぽかーんと口を開けていた。
さて、遅くなりすぎるのも家の人を心配させる。俺たちはちょうどよい頃合いで遊びを切り上げ、全員で自転車にまたがって帰宅の途に就いた。
俺のマンションと部長の家は同じ方向で、しかもそれほど離れていない。最初は10人以上の大集団だったのが、ひとりまたひとりと別れていき、やがて俺と部長ふたりで並んで田んぼ道を走るまでになった。
「じゃあ部長、お疲れ様です」
そして部長の自宅と俺の自宅を分かつT字路に差し掛かったところで、俺は一旦自転車を止めて挨拶をする。
「砂岡君」
だがその時、部長はやや重みのある声で、俺を呼び止める。
「今日は……ありがとう」
そして実に穏やかな笑顔で、俺の顔を見つめてきたのだった。いつもどこか作り物っぽさがあった部長の顔とはまるで違う、心の底から笑っているような顔だった。
「私、こんな性格だから部長として吹奏楽部員の模範にならなくちゃって思ってたんだけど……今日、みんなと遊んでそんな必要は無いんだって、ようやくわかったよ。下手に力入れても、空回りしてるだけだったんだね。そのことに気付かせてくれたのは砂岡君のおかげだよ。本当にありがとう」
「それは良かったです。ですが部長、俺は何もしてませんよ。気付けたのは部長自身なんですから」
俺はふふっと頬を緩ませると、自転車をこぎ始める。そして「では、また明日」と手を振りながら自宅マンションへの道を進んだのだった。
ちなみにその翌日、俺と松子がそろって寝坊し、ふたり仲良く授業に遅刻してしまったのはここだけの話だ。




