第二十三章その3 楽器選びは割りと本気で人生の分岐点
1年生が帰宅した後、俺たちは音楽室の机と椅子を元の位置に戻していた。
「吹奏楽部に決めたって言ってくれた子、もう10人くらいいるよ」
「ホント? このままじゃうちらの人数、超えちゃうじゃん」
その最中、本日思った以上の反響を得られたことについて嬉しそうに情報を交わす2年生。1年生が吹奏楽に興味を持ってくれたことは、彼女たちにとっても喜ばしいようだ。これは大勢が入部してくれるかもしれないと、部員たちは希望に胸を踊らせる。
一方で、俺と松子は「はあー」と深く粘着質なため息をシンクロさせていた。
「砂岡くん、松子ちゃん、元気だしなって」
宮本さんが慌ててなだめるが、今の俺たちには気休めにもならない。
「だってよー……」
「ウチらだけ、絶望的に人来てくれないんだもん……」
気分も表情もどんよりと沈ませながら、俺たちは重苦しい声で自虐気味に笑う。
チューバに小島君が入った以外、低音に興味を示してくれた1年生はいなかった。試しにちょっと触ってみてもしっくりこない様子で、結局他の楽器へと興味が移ってしまうのだ。
他が常に賑わっているのに、俺たちはぼーっとして過ごすのが大半だった。この悲しさは同人誌即売会で周りが大手サークルばっかりなのに、なぜか紛れ込んでしまった弱小サークルに匹敵する。
よく吹奏楽部で低音は穏やかな性格の人が多いって言うけど、これってつまり最初から激しい楽器争いを避けた結果じゃないかって思うよ。
初めてユーフォ吹いた時から「あ、吹きやすい。俺、これにする!」て即決した俺がアホみたいじゃないか。
翌日の放課後も昨日に引き続き、音楽室では楽器のお試し会が開かれていた。
今日は小島君も俺たちに加わり、暇さえあればチューバの奏法を宮本さんから直々に教わっていた。羨ましい。
彼はすっかり低音に魅了されてしまったようで、他の楽器を触りに行っても、やっぱりチューバが一番だと戻ってくる。ここまで熱心なのだから、あとは正式に入部さえしてくれればチューバパートは確定だろう。
そして俺と松子は、またしても暇で立ち尽くしていたのだった。
「仕方ない、砂岡。ここはショートコント『大阪のおばちゃん』で低音パートの仲の良さをアピールするんだよ」
「低音がただのお笑い集団と思われて終わりだぞ」
そんな時だった。
「すみませーん、ちょっと手伝ってくださーい」
そう言いながら手島先生が、ぜえぜえと息を切らして音楽室に入ってきたのだ。その二本の細腕には、でっかいチューバのハードケースが引っ提げられていた。
手の空いていた俺はすかさず駆けつける。まあ俺の場合、仮に何か取り込み中だとしても相手が松子くらいならぽいっと放り投げて先生の元に直行するだろうけれども。
「先生、このチューバ何ですか?」
先生からチューバを受け取り、よっこいしょと持ち上げる。とりあえず餅は餅屋、低音パートの島まで持っていこう。
「ええ、チューバが増えると聞いたので、大学のチューバの先輩に相談したら、昔使っていたのがあるからって貸してくださったんですよ」
さすが先生、魔性の女。ツテを活用して楽器を補充するとは恐れ入る。
たしかにうちのチューバ、宮本さんのマイ楽器以外はべこべこにへこんでテープで補強してるヤツしかないからなぁ。あんな状態のを小島君に使わせるのはどうも気が引けていただけに非常にありがたい。
「小島君、これから付き合う相棒だよ」
部屋の隅まで移動させたところで、俺はケースをパカッと開いて後輩に見せつける。現れたのは4つのレバーを備えたロータリーチューバだった。大切に使われてきたのだろう、目立つ傷やへこみはどこにも見られなかった。
「へえ、めっちゃカッコいいですね」
それを一目見るや否や、小島君はうっとりとした声を漏らして頬を紅潮させる。
「あ、それと砂岡くん。注文していた譜面が届きましたよ」
続いて先生は分厚く膨らんだ封筒をすっと差し出したので、俺は「ありがとうございます!」と受け取った。
「吹奏楽祭の曲?」
松子と宮本さんが覗き込んで尋ねる。
「そうそう。まだちょっと早いけど」
「何て曲?」
「ああ、『コヴィントン広場』だよ」
「あ、懐かしい。小5の時に吹いたよ」
宮本さんが嬉しそうに手を叩いたので、俺は「あら被っちゃった」と苦笑を浮かべる。
スウェアリンジェン作曲の定番曲だ。初心者の1年生でもできるようにと比較的容易な曲を選んだために、吹奏楽経験の長い宮本さんにとっては思い出の曲との再会になってしまったな。
「すごーい!」
そんな時、他の部員の歓声が沸き起こる。見ると松井家の次女こと結月ちゃんが、またしても初心者とは思えぬ巧みな音色をトランペットで響かせていた。
すでにスラーやタンギングも身に着けている。唇の振動で音の高さを調整する方法を、すでに会得しているようだ。
その吹きっぷりを見つめながら、手島先生は小さく松子に尋ねる。
「松井さんの妹さんでしたっけ? あの子、凄まじい才能をお持ちですね。どの楽器を希望しているのですか?」
「まだ決めてないそうですー。ですがオケでも使える楽器がやりたいって言ってますよー」
「そうですか……」
考え込み、再びじっと結月ちゃんに目を向ける手島先生。
「もしかしたら……いけるかも」
はっきりと聞こえたわけではない。だがなんとなく、先生の唇がそう動いた気がした。
「第三希望まで書いてもらったんですけど」
1年生が帰り2、3年生だけが残された部室で、たくちゃんがB6サイズの紙束をぺらぺらとめくりながら話す。
見学に来てくれた1年生全員に書いてもらった、希望する楽器のアンケートだ。彼はその集計担当を任されている。
「一番人気はトランペット。で、次にフルートって感じです」
「へえ、1番人気はサックスだと思ってたよ」
ユーフォを入念に磨きながら、俺は相槌を打った。
「サックスはアルト、テナー、バリトンて分けなかったら1番ですね」
「ユーフォは?」
「ええっと……いないですね……あ、いた! 第三希望にひとりだけ」
「マジ!?」
つい俺はぐっと身を乗り出す。後ろでは松子が「いるんだね、そんな奇特な人間」と驚きの声をあげていた。
「お前、ユーフォの神様から天罰受けたいのか!? で、誰が書いてくれたんだ?」
「えっと、ふるかわ……古川穣子、1年4組だそうです」
「あ、あの子か」
名前を聞いて、徳森さんが思い出したように声をあげた。
「どんな子?」
すかさず俺は尋ねた。
「ほら、けっこーきりっとした目しててさ、後ろで髪くくってた」
あー思い出した。たしか途中、名前は聞いていなかったけどポニテの子がちょっとだけ吹きに来てくれたな。
でも反応良くなかったから、早々に切られたものかと思っていたよ。
「古川さん、第一希望がトランペットで第二希望がホルンだそうです。金管やりたいんですね」
「そういえばぁ、ウチの妹は何希望してるの?」
松子が興味津々といった具合に尋ねる。途端、たくちゃんは表情をひきつらせた。
「おふたりとも、見ても後悔しないって約束できます?」
突如様変わりした後輩の声に、俺たちは戸惑いながらも「う、うん」と頷き返す。
「忠告はしましたよ。はいどうぞ」
言いながら、恐る恐るアンケート用紙を見せるたくちゃん。そこにはまるっこい字で、「ユーフォニアム、コントラバス以外」とでかでかと鉛筆書きされていたのだった。
「「うをぃ!」」
俺と松子はふたりそろってビシッと手を突きだしてツッコミを入れた。
ユーフォはオケに無いので除外されるのはまだわかるとして……弦バスは姉がいるからイヤ、というのが理由だろうか。
参考音源
『コヴィントン広場』
https://www.youtube.com/watch?v=5FW-y2WlJAI




