第二十三章その2 期待の新人
入学式の翌日、体育館では新入生に向けての部活紹介が行われていた。
まだ互いによそよそしさも感じさせる1年生たちの視線が注がれる中、横一列に並んだ野球部が一糸乱れぬお辞儀で歓迎したり、防具を全身に着込んだ剣道部員が打ち合いを披露したり、なぜか卓球部が組体操を始めたりと各々工夫を凝らした部活紹介で場を盛り上げる。
カサキタの生徒は全員、何かしらの部活に所属しなくてはならない。部活は学級に次いで長い時間を過ごす場だ。これからの3年間を大きく左右するとあって、1年生は誰もが真剣にそれぞれの部の活動内容と醸し出す雰囲気を精査していた。
「続きましては吹奏楽部の紹介です」
昨年度の入選作をお披露目していた美術部がキャンバスを抱えて1年生の前から撤収するのに合わせて、脇で楽器を携えていた俺たちはざっと立ち上がり、ステージへと上った。
舞台上にはすでに椅子や指揮台、打楽器がセッティングされており、あとはそれぞれの席に着くだけでいつでも演奏が始められるようになっている。
吹奏楽部は例年、ここで一曲披露するのがお約束だ。去年も転校してきて早々に、『花唄』を吹いたのを今になって鮮明に思い出す。
俺たちが各自の椅子まで移動するその最中も、昨日に引き続き金銀ピカピカに輝く楽器を目の当たりにした1年生が「おおっ」と声を漏らすのが聞こえる。
最初は珍しさに目を奪われるけれども、ゴールデンウィークが過ぎる頃にはみんな目も耳もすっかり慣れてしまって、しまいには「吹奏楽部うるさい、部活の邪魔じゃ!」と罵声を浴びせるようになると思うと寂しいものだ。練習中、通りがかりの運動部に邪険に扱われるのは吹奏楽部ならではの洗礼だよ。
「皆さん、ご入学おめでとうございます!」
パーカッションと指揮台の手島先生以外全員が着席する中、アルトサックスの工藤さんがひとり立ち上がり、マイク片手に話し出す。
当初は部長の徳森さんが話す予定だったが、トランペットは舞台後方に座るので見えづらい。それに言っては何だけど、見た目的にも徳森さんではインパクトが強すぎる。そういった色々を考慮して、男女ともにウケの良さそうな工藤さんに白羽の矢が立てられたのだった。
「私たち吹奏楽部は、ここにあるような楽器を使って演奏する部活です。と、ここでごちゃごちゃ話すよりも、まずは私たちの演奏をお聴きください!」
工藤さんが言い終えた同時に、ドラムセットが打ち鳴らされる。
始まったのはドラムとマリンバらパーカッションパートによる激しいイントロだ。その間に工藤さんはマイクのスイッチを切り、傍らの椅子にそっと置くと自らも楽器を構え直す。
やがて元気いっぱい明るさに溢れたトランペットの旋律が流れたところで、1年生が「おい、これって」とにわかに沸き立つ。
この世代なら誰しも何百回と聞いて、曲も歌も身体で覚えてしまっていることだろう。俺たちが演奏しているのは某海賊アニメ主題歌こと『ウィーアー!』だ。
木管を中心にメロディーラインが始まると同時に大半の1年生、特に男子がめっちゃ嬉しそうに目を輝かせる。さすが超絶人気漫画、食いつきは最高だ。
よく知った曲を違った楽器の音色で聴けることが、こんなに新鮮な経験であるとは思いもしなかっただろう。
曲自体も3分ちょっとと手ごろな長さなので、聞き手を退屈させることも無い。むしろ演奏する側からしても、もう少し長けりゃいいのにと感じるほどだ。
そして最後に先生がタクトをピタリと止め、最高潮の熱気を保ったまま音楽が止む。
え、もう終わっちゃったの?
そう言いたげな表情を浮かべながら、新入生の多くはぽかんと口を開いたまま固まっていた。だがやがて先生がくるりと向き直ると同時に、体育館は決壊でもしたかのように盛大な拍手が鳴り響いたのだった。
放課後、音楽室には机で複数の島が作られ、それぞれのパートごとに分かれて楽器が立てかけられていた。
部活紹介が終わるなり、大急ぎで楽器を4階まで運ぶのはかなりしんどかったが、これで放課後に入ってすぐに体験入部を開くことができる。今日は興味を持ってくれた1年生に向けて、実際に楽器を触って吹いてもらうのだ。
「ホントに来るかな?」
そわそわと落ち着かない様子の部員たち。自分たちとしてはかなりの会心の出来だと感じた『ウィーアー!』だが、客として聞いた1年生がどう思ってくれたのかは、今日どれだけの見学者が来るかで突きつけられる。
「客引きのためにウチ、持ちネタの『弦バス侍』やろうか?」
言いながら松子は弓を持たずにコントラバスをかまえると、その弦を激しく小刻みに指で弾き始める。
「余計なことせんでいい!」
俺は両手で大きなバッテンを作り、松子の演奏を止めさせる。お前が前に出て行ったら、うちの部が変人の集団だと思われるだろ!
「あのー、すみませーん」
突然、緊張でおどおどとした声が聞こえ、俺たちはばっと振り向いた。開け放たれていた音楽室の入り口に、数名の1年生が集まっていたのだ。
「吹奏楽、興味あるんですけど……見学させてもらってもいいですか?」
よっしゃあ!
部員たちはにっこり微笑んだり小さくガッツポーズを取ったり、各々が喜びを露わにする。
「どーぞどーぞ! ほらほら、楽器触っちゃってよ! こんなチャンス滅多にないよ!」
徳森さんら活発な部員が新入生の背中を押して、ずんずんと音楽室の中まで進ませる。これがファーストペンギンと言うのだろうか、ひとりが入室すれば後ろで見守っていた生徒たちもぞろぞろと後に続き、一斉に10人以上が音楽室になだれ込んだ。
誰もいないよりは先客のいる方が安心するのだろう。その後も見学者は増え続け、音楽室はあっという間に大勢の新入生でごった返してしまった。
初めて見たサックスの曲線美に見入る子や、恐る恐るドラムセットを叩く子、マウスピースを手にバズイングを試すもなかなか鳴らず、ついにブブっと音が鳴った瞬間にはぱあっと満面の笑みを浮かべる子。やはり部活紹介の演奏が受けたのか、男子の姿もちらほらと見える。
「すごい盛況だねぇ」
「だよなぁ、俺たち以外、千客万来だな」
だが低音パートのブースだけは、閑古鳥が鳴いていた。ユーフォ、チューバ、コントラバスのでかい楽器群がずらりと並べ、その後ろでパートの3人がぽけーっと突っ立っている。
いつも思うんだけど低音の不人気っぷりは芸術的だ。実は俺自身が気づいてないだけで、すっげーワキガ臭放ってるんじゃないかって疑いたくなるほどだよ。
「売れないねぇ。やっぱりウチが『弦バス侍』やった方が」
「だからやめとけ、余計来なくなるわ」
そうやっていつものくだらないやり取りを松子と交わしていたまさにその時だった。
「あの、すみません」
背後から話しかけられ、俺は反射的に「はいらっしゃっせー!」と魚屋みたいに威勢よく声を返して振り返る。
そして俺はあっと固まる。目の前に立っていたのは、ぷくぷくと丸っこい体型の眼鏡をかけた男子生徒だった。横だけでなくタテにも大きく、3年の俺と変わらないくらいの背丈もありそうだ。
「チューバ、吹かせてもらってもよろしいですか?」
尋ねる男子生徒を、俺たちは「どうぞどうぞ!」と手近な椅子に座らせる。そしてひとりを3人で取り囲み、
「これがマウスピースだよ。鳴らしてみて」
宮本さんからチューバ用の大きなマウスピースを手渡され、男子生徒はそれに口を触れさせる。最初はろくに鳴らなかったものの、しばらくするとコツをつかんだのか、初心者とは思えないほどまっすぐなバズイングを自在なリズムで鳴らせるようになったのだった。
試しに楽器本体をつなげ、俺が横から支えながら息を吹き込ませる。直後、ブオンとボリュームのある爆音が低く音楽室に鳴り渡り、他の見学者が一斉にこちらに目を向けてしまった。
思った通り、肺活量も優れている。低音パートなら喉から手が出るほど欲しいタイプの人材だ!
「どう?」
「楽しいですね。決めました、僕チューバにします」
目をきらきらと輝かせる男子生徒。彼はこの10分足らずにして、自分にぴったりの楽器を見つけてしまったようだ。
「他に吹いてみなくていいの?」
「はい、一目見た時からこれにしようって思ってたので。僕、こんな見た目なんでチューバには親近感覚えます」
あーたしかに。実際に大柄な子がチューバ選ぶ割合、偶然とは言えないレベルで高いんだよね。
「1年1組の小島大地と言います。よろしくお願いします」
「小島君ね、よろしく!」
にこやかに挨拶を交わすチューバパート。良かった、これで低音ゼロ人という悲劇は免れそうだ。
「いいなー」
松子が指を咥えて宮本さんの後姿を見つめる。
「ウチらのとこにも弦バスとユーフォに興味持ってくれるモノ好き来ないかな?」
「お前、自分の楽器をモノ好き言うな、悲しくなるだろ」
またしても松子にツッコミを入れる、その最中のことだ。
初めて楽器に触る者ばかりでろくな音がほとんど鳴っていない音楽室にもかかわらず、何の前触れもなくハ長調のドレミファソラシドの音階が冴え渡ったのだ。
俺も松子も、言葉を失ってすぐさま顔を向ける。見るとそこには、すっと背筋を伸ばしてクラリネットを咥えるおかっぱ頭の少女――松井結月ちゃん――が立っていたのだった。
結月ちゃんは松子の妹で、姉をはるかに凌駕する音楽の天才である。初詣で会った時、中学では吹奏楽部に入りたいと話していたので、その言葉通り彼女も見学に来てくれていたのだ。
周りの2、3年生たちもぎょっと目を大きく剥いて固まっている。リードを扱うのすら初めてという1年生のはずなのに、いきなり基本の音階のひとつをさらりと吹き上げてしまったのだから当たり前と言えば当たり前だろう。
「結月ちゃん、本当に初めて?」
「はい」
何を考えているのか何も考えていないのか、ぽえっと素っ気ない返事を先輩に向ける松子の妹。どうやらピアノの天才は、他の楽器でも転用可能らしい。
「ねえ結月ちゃん、うちの楽器もやってみない?」
「ほらほら、こっちもこっちも!」
これはすごい逸材が現れたぞ。あちこちのパートの部員が我先にと楽器を持って駆け付け、取り囲んでは吹いてみてとおススメする。ドラフト1位指名選手って、きっとこんな感じなんだろうな。
「おおーい!」
そんな人だかりの向こうから、俺は大きく手を振っておかっぱ頭の1年生に呼びかける。
「あ、砂岡さ……先輩」
結月ちゃんもこちらに気付いたようで、やっほーと小さく手を振り返す。途端、周りの部員たちが俺に向かってぎろりと鋭い眼光を一斉に向けた。
「結月ちゃん、来てくれてありがとね」
「はい、楽器触れるの楽しみにしてましたー」
人垣の間を抜けて、てとてとと結月ちゃんがこちらに近づく。よし、これは絶好のチャンスだ!
「吹奏楽部に入ってくれるみたいで俺も嬉しいよ。せっかくだしユーフォ吹いていかね?」
「いえ、オケでも使える楽器やりたいんで、ご遠慮させていただきます」
直後、俺はがっくりと肩を落とした。オーケストラの編成に含まれないユーフォは、最初っからアウトオブ眼中ってことなのね。
参考音源
『ウィーアー!』
https://www.youtube.com/watch?v=oirPrEL34MY




