第二十三章その1 新入生いらっしゃい!
校庭に植えられた桜の木々も、花びらの雨を散らして地面に淡いピンクの絨毯を敷き詰める4月上旬。我らが笠縫北中学校では、春の風物詩こと入学式が執り行われていた。
「新入生、入場」
新品の学ランやブレザーに身を包み、むんと胸を張って保護者や在校生の間を歩く新1年生。ほんの一週間ちょっと前までは小学生だっただけに、まだ身体も小さく顔立ちも幼い。
そんな彼らが初々しく腕を振る姿を、俺たち吹奏楽部は楽器の演奏をもって歓迎していた。
曲は『トレイン・トレイン』、超有名ロックバンドTHE BLUE HEARTSの名曲だ。単純ながら聴きごたえのあるメロディーが何度も何度も繰り返されるために、一度聞けばその旋律が耳にこびりついてしまうだろう。
トランペットやサックスなんて、生の音を聞くのも初めてという子がほとんどのようだ。入場してきた新入生は緊張に顔をこわばらせつつも、ほぼ確実に「あれは何だ?」と言いたげな目を俺たちに向けていた。
やがて4クラスすべての新入生が入場を終え、パイプ椅子に腰を下ろす。それを見計らって指揮台の手島先生がタクトを止め、俺たちもピタリと演奏を中断したのだった。
「よし、うまくいったな」
入学式が終了して保護者も生徒もいなくなった体育館で、駆り出された生徒たちが椅子を撤去したりシートを丸めるのを横目に俺たちは楽器をステージの上まで移動させていた。
「へへーん、大成功大成功!」
いっしょにバスドラムを持ち上げていた徳森さんがいっしっしときれいに並んだ白い歯を見せつける。普段なら親指でも立てておきたいところだろうが、もし今ここでそんなことしたら楽器をガッシャンと落としてしまうので絶対にできない。
俺たちは明日も部活紹介があるため、ここで演奏することになる。そこでいちいち部室まで持って上がるのも面倒だからと、今日一晩は打楽器やチューバなどの大きな楽器を体育館で保管しておけるよう事前に許可をもらっていた。
「それにしても思い切ったことするじゃん、てっしーも」
感心する徳森さんに、俺は「だよなぁ」と頷いて返す。まさかこんな間際で演奏をねじ込んでくるなんて大したものだ。
入学式で新入生入場のBGMを吹奏楽部が担当するというのは、卒業式の直後に決まったことだった。手島先生が教員会議に掛け合ってくれていたようで、おもしろそうだからと体育館の一角をお借りして演奏できることになったのだった。他の2、3年生と一緒に集団の中で突っ立っていた去年とはまるで違う。
一部の先生からはこんな短い間に大丈夫かという不安の声も挙がっていたそうだが、最終的には認めさせたらしい。やはりわずか1年で県下最底辺の吹奏楽部を県大会金賞まで導いたという実績は、何よりも説得力を持っているのだろう。
今年の先生の方針は、とにかく演奏機会を増やすことだった。
短いスパンでも曲を覚える、そして数をこなして本番という場に慣れる。これでコンクールやアンコンでも変に緊張することなく、普段通りの実力を発揮できるだけのメンタルを構築するのが目的だ。
そのためには体育祭や文化祭はもちろんのこと、それ以外の学校行事でもチャンスがあれば吹奏楽部の演奏を挟み、それ以外にも公民館や商業施設からの演奏依頼があれば積極的に引き受けていこうというのが基本方針だ。強豪校とそうでない学校の決定的な違いは、こういった部の姿勢なのだろう。
「これでよし、と」
舞台上までバスドラムを運び終え、肩をパキパキと鳴らす。
だが何気なくふと顔を向けたその時、俺はかっと大きく目を開いた。ステージ下で小柄な宮本さんが、ハイハットシンバルを両手で持ち上げながらもふらふらと危なっかしい足取りで歩いているのが目に飛び込んだのだ。
途端、俺は脊髄反射的にステージから飛び降りる。この砂岡敏樹、彼女の困っている姿を見て何もしないという選択肢は無い。
「持つよ!」
「あ、砂岡くん、ありがとう」
スタンドごとハイハットシンバルを受け取った瞬間、宮本さんがにへっと笑いかける。意外と重いんだよな、これ。
そうそう、新年度と言えばひとつ、重大な事実をここでお知らせしておかねばなるまい。
なんとも嬉しいことに、俺と宮本さんはクラス替えで同じ3年2組に進級したのだ!
この喜びは言葉では表し尽くせない。やっぱ日頃の行いが実を結んだんだね。神様は俺のこと、ちゃんと見てくれていたんだ!
「砂岡ー」
そんな俺が天にも舞い上がらん気分に浸っているところに、テンションがだだ下がりしてしまいそうな気の抜けた声がかけられる。
「それ終わったらさぁ、部室からグロッケン持ってきてよー」
松子だ。本人以外全員が認める吹奏楽部きっての変人が、弦バスを舞台袖の見えない位置までせっせと運びながら俺を呼んでいたのだ。
「んなもんパーカスに取りに行かせとけって」
「たくちゃんのクラスシート片付ける係当たってるみたいでさー。どーせ砂岡、暇でしょー?」
「俺が暇ならお前も暇だろ! 同じクラスだろーが!」
俺は怒鳴り返すが、当の松子はけらけらと笑うばかりだ。
良いことと悪いことはうまく収支が釣り合うようにできているのだろう。俺は昨年度に引き続き、また今年も松子と同じクラスになってしまったのだった。せっかく宮本さんとふたりで青春スクールライフを送れるかと思っていたら、とんでもないお邪魔虫……いや、キングボンビーがくっついてきたよ。
ちなみに3年2組の吹奏楽部はこの3人だけだ。見事に低音パートがそろった珍事には、運命の巡り合わせを感じざるを得ない。
「まったく。俺、もしかして先生からあいつのお世話係みたいに扱われてんじゃねーのか?」
「ううん、たぶん違うよ」
悪態をつく俺の傍らで、宮本さんがふるふると首を振る。彼女の艶のある長い黒髪がさらさらとなびいた。
「見ていて面白いからじゃないかな、大助花子みたいで」
「宮本さぁーん!?」
あんまりな評価に、つい腹の底から悲痛な叫び声をしぼり出してしまったよ。え、俺とあいつ、あなたからもそういう目で見られていたわけ!?
参考音源
『トレイン・トレイン』
https://www.youtube.com/watch?v=Xm5y7gzufL8




