第一章その1 吹奏楽仲間、ハッケン!
「えーではこれより、えー2003年度のえー笠縫北中学のえー、始業式を始めます、えー」
おいおい校長先生、この一文だけで「えー」て5回も言ってるぞ。不意打ちについ吹き出しそうになってしまったが、おかげで緊張と心細さがだいぶ和らいだ気もする。
講堂を兼ねた体育館の床に座り込むのは、ブレザーの女子生徒と学ランの男子生徒たち。ひとつの学年で4クラス、ざっと1学年で120人といったところか。
せっかくの春休みが終わって残念というつまらなさと、久しぶりに友達と会えた嬉しさとが半々に入り混じってなんとも言えない表情を浮かべている彼らを、俺は体育館の壁際からぼうっと眺めていた。
「それでは転入生の紹介です。皆さん、ステージへ上がってください」
校長先生の話が終わって司会進行の先生が言ったところで、他の先生が「こっちこっち」と手招きする。それに誘われるまま、俺はステージへの階段を上った。
新年度の始まりにあわせて転校してきたのは俺も含めて3人だ。先生に付き添われながらとはいえ、壇上に立った俺たちに2、3年生全員の視線が一斉に注がれるのはさすがに気まずい。
「2年4組、砂岡敏樹くん」
やがて自分の名前を呼ばれた俺は、生徒たちに向かってぺこりと頭を下げた。とりあえずそれに応えるように、生徒たちはけだるげな拍手を贈る。
今日から俺も中学2年生。だがそれは慣れ親しんだ学校ではなく、新天地での幕開けだった。
始業式の後、俺は担任教師に2年4組の教室へと案内された。もう50歳はいってるだろう、頭頂部が気になるおじいちゃん先生だ。なんとなく、数学って感じがする。
「砂岡敏樹です、広島県の東広島市から来ました。前の中学では吹奏楽部に入っていました。よろしくお願いします」
32名のクラスメイトがじっと見つめる中、黒板に名前を書いた俺は自己紹介をして一礼する。よし、一発目は無難にこなせたかな?
「ぷっ、吹奏楽部って」
「マジで?」
だがクラスメイトたちは互いに顔を見合わせ、あちこちで小さく笑いを堪えていたのだった。
俺は「あれ?」と首を傾げる。
まあね、男子で吹奏楽部って少数派だから多少は不思議に思われるかもとは思っていたよ。けどこうも露骨だとなんだか悲し――。
「ああー! 吹奏楽仲間、ハッケーン!!!」
やたらとハイテンションな大声が響いた途端、教室がしんと静まり返る。後ろの方の席の女子がひとり、いきなり立ち上がったのだ。
飾り気のないボブカットのその子は、キラキラと目を輝かせながらこちらをじっと見ていた。
「松井ー、ちっと黙ってろー」
おじいちゃん先生の投げやりな注意。松井と呼ばれたその女子は「イエッサー!」と意気込んだ返事をとばして椅子に座りなおす。
一方、他のクラメイトはほぼ全員が「またかよ」と呆れた顔を浮かべていた。
「ねえ砂岡くん!」
1年間の行事説明やら教科書の受け渡しでその日の授業がすべて終わるなり、真っ先に俺に話しかけてきたのは、先ほどの奇声の主こと松井さんだった。
近くで対面して初めてわかったのだが、女子としてはやや長身のようだ。158cmの俺よりも3㎝ばかり高いかもしれない。
「吹奏楽部だったんだよね? 楽器は何やってたの?」
「うん、ユーフォニアムだよ」
「ユーフォ!」
きらきらしていた彼女の顔が、よりいっそうぱあっと華やいだ。
「良かったー、うちの吹奏楽部ユーフォいないから。ねえ、吹奏楽部入らない?」
やっぱり、この人吹奏楽部だったか。さっき吹奏楽仲間って言ってたから、十中八九そうだろうなって思っていたんだよ。
俺はここ、滋賀県草津市に越してくる前は、広島県内でもかなりの吹奏楽部強豪校に通っていた。
在籍したのは1年生の間だけだが、大会前は連日夜まで残って練習、土日も祝日も練習漬けの日々だ。だがそんなハードな日々を通して自分の演奏がうまくなると、さらに音楽が好きになってしまう。難しい譜面を吹けた時の高揚感は、楽器を弾ける者にしか味わえない良さがある。
だからこそ、転校をきっかけに吹奏楽をやめるなんて選択肢などハナから無かった。
「もちろん。ここでも吹奏楽部に入ろうって思っていたんだ」
そう口にした途端、松井さんは「やったあ!」と誰に向けているわけでもないのにVサインを作ったのだった。




