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8.圣诞晚会 


 あれからふた月。12月になると、もはやこっちでの留学生活のほうが日常生活で、日本が遠いガイコクに思えてきた。相変わらず電子辞書は手放せないが、以前のように常に検索しなくても良くなったので、出番はどんどん減っていた。


 校舎と寮の間に生えている木々に、チラチラと綿毛のような雪が降ってくる。その雪は次第に強さを増し、休憩時間に窓の外を覗いたときには猛吹雪になって、木々を揺らしている。薄灰色の空に真っ白い道。揺れる木々だけが緑の鮮やかさをかろうじて保っているが、午前中の授業が終わったときにはその緑も純白に覆われて、クリーム色の寮の建物が唯一白以外の色を保てていた。


「我们决定了,在圣诞晚会上唱歌跳舞!(私達、クリスマス会で歌と踊りを披露することに決めたの!)」


 分厚いオレンジ色のジャンバーを着ているイリーナはジャスミンと肩をがっしりと組み、嬉しそうにそう話してきた。いつもの食堂の中で、他の留学生から視線を集めるイリーナ。それもそうだろう、スタイル抜群のイリーナが歌って踊るなんて、アーティストのコンサートを生で見られるようなものだ。男からも女からも憧れられるイリーナ。自分の武器をよく分かってらっしゃる。


 対するジャスミンは少し恥ずかしそうだが、まんざらでもなさそう。ジャスミンは普段、体型も髪も目立たないような服装をしているが、前に見たお出かけ用の服装のときのジャスミンは、イリーナに負けないくらい魅力的だと思う。あのときは俺やミンジュンくらいしかジャスミンのあの姿を知らなかったが、もしステージ上であの姿を披露することになれば、間違いなくファンが付くと思う。それは、なんとなくムズムズする。


 もちろん、人気者の友達というのはどこか自分の手柄のような気がして嬉しくもあるが、そうなると一気に遠い存在になる気がして。自分やミンジュンしか知らないというのがプレミア感があって良いのだ。でもステージ上で歌って踊るジャスミンも見てみたい。あわよくば俺だけで見たい。俺だけが見られるような環境でそれをやってほしい。


 叶わぬ願いを頭の片隅に追いやり、イリーナの話に耳を傾ける。クリスマスの日に行われる学内行事の圣诞晚会(クリスマス会)は有志による出し物が毎年のメインで、去年はクラス全員で中国語の曲を合唱したり、単劇をやったりしていたそう。今年ももう既に高級班の中にいるオーストリアのマジシャンがマジックショーをするらしく、注目されているそうだ。


「所以你们能不能一起想一想歌词? 我们俩已经想好了怎么跳舞(なので、今日は一緒に歌詞を考えてくれない?ダンスの方はもう考えてあるんだ)」


 イリーナに変わってジャスミンが俺の方をまっすぐ見てそう言った。ミンジュンと目を合わせた後、ジャスミンに視線を移すと、やはりまっすぐに俺を見てきている。


「歌词? 唱原曲不可以吗?(歌詞? 原曲を歌えば良いんじゃないの?)」

「这样没意思嘛,我们是不是为了学习而来的(そんなのつまんないじゃん、勉強のために来てるんだしさ)」


 まぁ、たしかにそうだけど。

 でもイリーナのレベルなら翻訳なんて簡単そうだし、ジャスミンがわざわざ俺に手伝いを頼む必要性は無い気がする。

 でもせっかくだし、なにか思い出に残るようなことをするのも悪くない。とりあえずそれを承諾することにした。


「好的,那我们四个人一起想一想歌词吧。那首先要想什么呢(わかった。じゃあ4人で一緒に歌詞を考えよう。じゃあ、まず何から考えましょうか)」


「不是四个,是两个(4人じゃなくて、2人ね)」


 イリーナは先程までジャスミンの肩に乗せていた腕を離し、今度はミンジュンの腕をがしっと掴んだ。


「我们俩一起去买衣服,民哥,好不好? Jasmin,加油(私達は一緒に衣装を買いに行くから。ミン兄、良いでしょ? ジャスミン、がんばって)」


 ミンジュンとイリーナは目を合わせてそそくさと去っていった。その表情はどこかニヤニヤしていて、ミンジュンとイリーナのわざとらしい“連行する/される演技”がどこかぎこちなくて笑ってしまいそうだった。


 それから数時間、食堂でジャスミンと一緒に向かい合って歌詞の翻訳に勤しんだ。ただ直訳するだけじゃ文字数が合わないので調整が必要だったのがけっこう難しかったが、なんとか完成。二人でぼそぼそと翻訳した歌詞をつぶやきながら細部を調整していく過程が、なんだか無性に楽しかった。


 完成した歌詞を見直して、一度通しで小さく一緒に歌ってみた。



Jingle bell, jingle bell, jingle bell rock

(叮铃铃,叮铃铃,叮铃铃铃)

 (ディリリ、ディリリ、ディリリンリン)

Jingle bells swing and jingle bells ring

(叮铃铃响起地超热闹)

 (ディリリンとめっちゃ盛り上がってる)

Snowing and blowing up bushels of fun

(下了雪,吹了风,好开心)

 (雪が降って風が振って超楽しい)

Now the jingle hop has begun

(现在开始跳嘻哈舞蹈)

 (ヒップホップダンスを踊り始める)

Jingle bell, jingle bell,jingle bell rock

(叮铃铃,叮铃铃,叮铃铃铃)

 (ディリリ、ディリリ、ディリリンリン)

Jingle bells chime in jingle bell time

(叮铃铃响起地超热闹)

 (ディリリンとめっちゃ盛り上がってる)

Dancing and prancing in Jingle Bell Square

(在这里所有人一起跳舞)

 (ここにいるみんなで一緒に踊る)

In the frosty air

(好冷的场上)

 (とても寒いここで)

What a bright time, it’s the right time

(真的好时光,好机会)

 (とっても良い時間、良いタイミング)

To rock the night away

(为了热闹的晚会)

 (盛り上がっているパーティのために)

Jingle bell time is a swell time

(适合在响起叮铃)

 (ディリリンと鳴るのが合っている)

To go gliding in a one-horse sleigh

(坐着独角雪橇去滑行)

 (一角獣のソリで滑っていく)

Giddy-up jingle horse, pick up your feet

(前进,前进,在前进)

 (前進、前進、前進中)

Jingle around the clock

(响起在一整天)

 (一日中盛り上がる)

Mix and a-mingle in the jingling feet

(欢快地舞动着脚步)

 (楽しくダンスが舞う)

That’s the jingle bell rock

(大家一起开心)

 (みんないっしょに楽しもう)



 歌詞の出来に思わずハイタッチ。ジャスミンの冷えた指先が、夢中で作業していたことを物語っていた。その指先があたった感触は、しばらく消えることはなかった。



 クリスマス会当日。午前の授業を終えた留学生たちは、昼食をとった後ホールに集まった。ジャスミンとイリーナは準備があるからとさっさと食べ終え、俺とミンジュンは食堂でついでに期末試験対策を少しした後ホールに向かった。


 石なのか鉄なのかよくわからない素材の床から冷気がどんどん漏れ出してくる。下に足をおいておけないから、椅子に座ったまま両足を上げるしかなく、勝手に腹筋によく効くエクササイズが出来てしまう。舞台では例のマジシャンのマジックショーや書道ショー、合唱など次々に演目が進んでいく。そして、二人の出番が来た。


 ステージに登場した二人に、思わず息を呑んだ。ミンジュンとイリーナが選んだ舞台衣装は、サンタ帽にサンタコスのワンピース。ミンジュンがニヤニヤしながら「好色啊エロいねぇ哈哈ハハ」と笑った。自信満々で堂々としているイリーナに拍手喝采。対してジャスミンは恥ずかしいのか笑ってしまっているが、それもまた可愛らしい。


 映画『Mean Girls』のワンシーンのようなその光景は、まさに鼻血ものだった。

 1番に『jingle bell rock』の英語版を、そして2番に自前で翻訳した中国語版を歌うと、先生も学生も来賓も観客も関係なく大盛りあがり。特にポルトガルやフランスから来た白人男子たちはスタンディングオベーションで拍手喝采。大興奮のまま二人のステージは幕を閉じた。


 クリスマス会の後、白人・黒人・東アジア人・中東系と様々な男性に囲まれるイリーナとジャスミン。みんな揃いも揃って自分のスマホを差し出している。連絡先をくれと言っているのだろうか。ミンジュンとともにその光景を見ていると、達成感でため息が出た。


 でも、このため息は純粋な達成感だけではないなと、このときなんとなく自分では気付いていたような気がする。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] こちらもクリスマスはお祭りなようで安心しました。 できれば替え歌の和訳もほしいです(^-^; ジャスミンが積極的なのか、進が鈍感すぎなのか(笑) 翻訳機能を使う頻度が少なくなってきて、恋…
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