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30.重慶ー成都ー九寨溝

 重慶にはちょうど昼過ぎに到着した。今回の旅行最後の直轄市であり、初めての南方都市。内陸部にあるためか霧が濃く、機体が揺れて恐怖の中なんとか着陸した。


 中国は大きく分けて、北方と南方に分かれている。北京以北が北方、以南が南方。だいたいそんな感じ。一般的に沿岸部が栄えていて内陸部は貧乏というのが大体のイメージだが、重慶は内陸部であっても大都会。さすが直轄市である。


 重慶といえば四川料理。四川料理といえば激辛。そして火鍋。昼過ぎに到着したのでお腹は空いているが、日没まで我慢して、最高に美味しくて辛い火鍋にチャレンジする予定だ。


 今回はまた列車で成都まで移動するため、荷物はいつもどおり駅の預け場所に保管してもらい、いざ散策へ。まずは朝天門。重慶らしい、長江に接する港。霧が濃いためはっきりとではないが、浮き桟橋が大型客船とつながって並んでいるのが見える。坂の町でもある重慶は、その坂に沿って中華様式の建物が建てられており、特にこの辺りはロープウェイとエレベーターが主な交通手段。街を巡っている階段は個人商店の棚と化しており、人が多く土地が広い割に狭く窮屈だった。


 そしてたどり着いた火鍋店。ジャスミンと俺で向かい合うように座ったときに、店員さんがティッシュペーパーの箱二つ分の紙を、どんと机に叩きつけた。そのまま去っていった店員さんを横目に、具材とスープをいくつかのパターンから選べるセットを頼んだ。そして出てきたのは、赤と白のスープが陰陽太極図のように仕切られている大きな鍋。赤い方はぶつ切りの唐辛子と散りばめられた山椒、そして大量のラー油で液体はほとんど見えない。白い方はクコの実などが浮いており、薬膳のもの。ここでもハラールのものを選ぶことができ、ジャスミンも安心して食べられる。はずだった。


 実際に赤い方で口にできたのは最初だけ。羊肉も野菜も大豆でできた練り物も、激辛スープをよく吸い込んで離れない。隣の中国人カップルの食べ方を真似して大量のごま油をタレ代わりに、浸して食べると多少油が膜を作ってくれたが、結局は同じことだった。本場の四川料理には完全敗北。ジャスミンと二人でおとなしく白い方のスープで、それでも中辛くらいのレベルの鍋を汗をかきながら食べた。最後にお金を払う際、店員さんから「舌が麻痺してからが美味しいのに」というありがたい言葉をいただき、恐れ入りましたと退散。帰り道にアイスクリームを買って、ずっとベロに当てながらタクシーで重慶北駅に向かった。


 重慶から成都は普通の安い列車で二時間もかからない。二十時半過ぎの列車に乗って、到着は二十二時半頃。そのまま成都のホテルに直行し、明日ツアー会社に九寨溝へ行くツアーの正式な手続きに行くつもりだ。結局成都に到着してホテルまでタクシーに乗っていき、寝床についても舌の上のひりひりした辛さは取れず、寝苦しい夜を過ごすことになった。


 成都での目的は唯一つ、無事に九寨溝へ行き、そして帰ってくること。無事にツアコンと契約を交わし、ミッションクリア。もう用事はないが出発は明後日なので、次の日も適当にブラブラして体力温存。その日の晩、大きなスーツケースなどの荷物は空港の近くにある荷物預け場に預けに行った。その後はのんびり名もなきルートを散歩して回り、明日に備えた。


 次の日の早朝、俺とジャスミンの姿は成都のとあるバス停にあった。路線バスの始発時間のはるか前、五時集合ということで、集合時間前に余裕を持って到着。そこからツアーバスで約十時間。成都のずっと北側にあるアバ・チベット族チャン族自治州を目指す。


 十時間はさすがに長過ぎて洒落にならないが、この手段でないと行けないとのことだったので仕方がない。空港も有り、成都から飛行機が飛んでいるが、天候に左右されやすく欠航になりやすいことから、この十時間のバス旅を選択せざるを得なかった。


 三回の休憩を挟んでなんとかたどり着いたのは、黄龍という観光地だった。ここは九寨溝の近くで、透明度の高い九寨溝と双璧をなすエメラルドグリーンの水が流れる滝や湖を見ることができる。時間はちょうど午後四時を回っていた。ジャスミンも俺もヘトヘトだったが、もったいないからということでずんずん進んでいく。確かにエメラルドグリーンの水が温泉のように溜まっていて綺麗だし、空気も澄んでいて美味しい。だが、美味しい割に空気は薄く、酸素が薄いためすぐに疲れがたまる。それもそのはず、ツアコンが教えてくれたが、この黄龍のメイン、五彩池は標高3553メートル。富士山の標高が3776メートルなので、ほぼ富士山の頂上にいるようなものだ。更にへとへとになり、バスに戻ってすぐに眠りについてしまった。


 バスが到着したのはそこに住むチベット族の村。晩ごはんはそこでみんなでチベット料理を食べることに。そしてなぜかキャンプファイヤーのように火を囲んでみんなで踊らされた。ジャスミンも俺も周りに合わせてテキトーに踊り、深夜になって宿泊施設に到着。疲れがピークに達し、お互いに何もしゃべれないまま、同時にベッドに倒れ込んだ。


 

 翌日、朝から出発し、まず連れてこられたのは九寨溝、ではなく、近くのお土産屋。中国のツアーがよくやる、強制的にお土産を買わせようとする手法だ。予定時間にならないとバスは動かない。それまでは延々とお土産屋の中を回っていなければならない。周りは岩山に囲まれ、徒歩圏内に集落はない。

 こんなことで誰が買うんだ、とは思うものの、他のツアー参加者は高所得者が多いのか、全然関係なさそうなネックレスや腕輪、時計などを物色し、実際に購入している。飛行機の中の機内販売くらい意味がわからない光景。しかしその意味がわかったのはそれから数分後。予定よりも早くバスが出発するというのだ。つまり、指定のお土産屋で物を買えばそれだけ出発時間が早まり、観光地に滞在できる時間が増えるということだ。なかなか考えられた商売である。


 結局、九寨溝に着いたのは正午を少し回った頃。もしあそこで誰も買わなかったらどうなっていたことか。高所得者様様である。


 早速周り始めるが、九寨溝の観光エリアは本当に広い。一日では到底周りきれない。地図を広げ、それぞれのエリアに行くカートに乗り込む順番を待って、ようやく乗り込んで十五分ほど走った先に、第一目的地の湖があった。湖の底がまるっきりわかる、人工的なプールなんじゃないかと見間違うほど透明度が高い。これまでの人生で一番澄んでいる水を目の前に、ジャスミンと記念撮影。胸に手を当てて感動するジャスミンの表情に、苦労して来たかいがあったと実感した。


 他にも滝になっているエリアや、黄龍のように少しエメラルドグリーンが入った湖のエリア、そして純度の高い“水色”の湖もあり、これこそまさに美しいという言葉がよく似合う場所だと思った。二日目もハイキングしながら最高標高3100メートルを散策すると、リスがいたり見たことがないような鳥がいたりと、大自然に囲まれて晴れやかな気分になった。


「我们约旦差不多都是沙漠,所以我来这里看自然风景是个梦想之一。你让我梦想成真。谢谢(ヨルダンはほとんど砂漠で、だから私はここに来て自然の風景を見るのが夢だった。あなたが夢を叶えてくれた。ありがとう)」


 そういってハグしてくれたジャスミン。このまま一生こうしていたかった。


 しかし時間は残酷で、帰りのバスの時間がやってきた。また片道十時間の道のりを耐えなければならないのかと思うと、このままこの場でジャスミンと一緒に行方不明になってやりたいほどだった。


 帰り道は最悪で、山の天気は変わりやすいというが、バスに乗っている最中はずっと雨が降っていた。車窓から覗く雨はオタマジャクシの大群のようで、時々急に隕石が落ちてきたりするように見える。ひたすら成都までの道のりを進んでいき、ようやく到着したかと思うと、最初の休憩所。帰りの十時間は、行きの十時間よりはるかに長く感じた。


 最後の休憩所として訪れたのは、チャン族の集落。そこでありがたい共産党の話を強制的に聞かされたが、俺もジャスミンも何を言っているのかわからないふりをして途中でトイレに逃げた。


 成都にようやく帰還したときにはもう夕飯時を過ぎていた。そのままタクシーに乗って、空港まで直行。荷物を受け取り、深夜の便で、今度は南の端っこ、海南島に向かう。


 逃避行は早いもので、もう半分を迎えようとしていた。

 帰国まで残り、16日。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわあ!綺麗!水底の木がはっきり見えるとは…( ☆∀☆) バスで片道10時間…二人とも酔わない体で良かったね(笑) 商売の仕方!(笑) いや、上手いのか。高所得様様(笑)
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