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3.ロシア人街

 

 裸電球の真下の4人での食事中、肉もビールもどんどん減っていった。金髪美女のイリーの名前が中国の某牛乳の商品名と同じ伊利だという話で盛り上がった。そもそも本名はイリーナで、ただ漢字を書くのが難しいから画数が少なくて本名に近い文字を選んだだけなのに、クラス中から牛乳と呼ばれることがあり、そんなに嬉しくはないのだと語っていた。……と解釈した。でもまぁ多分、そんなところだろうな。


 確かに日本人としては漢字は身近なものだから、簡体字になったところでそこまで違和感はないが、外国人にとっては文字そのものが母語と全く異なるものだから、相当苦労しているのだろう。とはいえここでは俺も外国人。外国人にとっては、というより、漢字文化圏以外の人にとっては、と言い換えたほうが正しいだろう。自分が外国人であるという意識は、まだまだ芽生え始めたばかりだ。


 異文化といえば、ジャスミンのサリー姿がやはり目につく。あまり見慣れていないからなのか、それとも何なのか、どうも違和感がある。タブーかもしれないが、俺はそれを話題に出してみることにした。


「你的サリー、很好」

  “そのサリーいいね”と言いたかったのだが、通じるだろうか。

「谢谢。但是,这个不是莎丽。莎丽是印度的。这个叫Abaya(ありがとう。でもこれはサリーではない。サリーはインド。これはアバヤといいます)」

 

 やってしまった。これは怒らせてしまったかもしれない。アバヤというのか。初めて知った。ではアバヤはどこの国のものだろうか。そして、彼女はどこの国の人なのだろう。興味が湧いてきた。


「你是哪里人?(あなたはどこの人ですか?)」

约旦ユエダン


 ゆえだん?

 また知らない国の名前が登場した。早速電子辞書を開き検索をかける。ジャスミンにキーを打ってもらい、検索してみると、ヨルダンだった。


「约旦,很危险吗?(ヨルダンはとても危険ですか?)」


 当時、中東は「アラブの春」を乗り越えた時期。中東は危険なところだというイメージが強く、思わずこう聞いてしまっていた。


「没问题(問題ないよ)」


 そう言って微笑んだジャスミン。さして気にもとめていないようで、ホッとした。


「她是伊斯兰教的,所以她要穿这些民族传统衣服」


 イリーナが補足的に教えてくれている。が、正直何を言っているのかよくわからない。多分、イスラム教の服だよとか、そういうことだろう。イスラム教徒と知り合うのももちろんこれが初めて。食事やなんか、気をつけなければいけないのは知っているが……なにか変なものを頼んでしまっていないか不安になった。


「Jasmin,你可以吃肉吗? 可以喝酒吗? イスラーム、没问题?」


 ジャスミンに、肉は食べて良いのか、お酒は飲んでいいのか、聞いてみたが、通じただろうか。文法も発音もメチャクチャだが、お酒の力を借りて勢いで突き通してみる。


「am……Pork,不可以。喝酒,不可以。但是,今天喝酒,OK。Because,Allah在约旦,我在中国!(豚肉とお酒が駄目です。でも、今日飲むのは、OK。なぜなら、アッラーは今ヨルダンにいて、私は中国にいるからね!)」


 これがアラビアンジョークというやつだろうか。そういう考え方もあるのかとクソ真面目に納得している間、残り3人は笑ってお酒を飲んでいる。なんだか気楽で愉快な人達だなと、肩の力が抜けたような気がした。


「明天下课之后,我们要不要一起去俄罗斯风情街? 我可以当导游啊!(明日の授業後、みんなでロシア人街に行く? 案内できるよ!)」


 けっこう良い時間になった頃、イリーナはそう提案してきた。スマホで地図や写真を見せながらだったので、何を言っているのか俺でも理解できた。ロシア人にロシア人街を案内してもらうのは良いかもしれない。俺もミンジュンも、そしてジャスミンもノリノリで賛成。約束を交わしたあと、一緒に坂を降りて寮に帰り、食堂から続いている廊下でお別れした。


 美女二人といきなりこんなに話せるなんて、なんて幸せなんだと心のなかで噛み締めた。ミンジュンとはいつか「イリーナとジャスミンどっちが良いか」なんて話ができるんじゃないかと早くも期待したが、焦りは禁物。その日はアルコールの効用もあり、上機嫌で床についた。



 次の日、午前中の授業が終わり、食堂に集合した。少し早めに終わって一番乗りかと思ったが、ジャスミンがもうすでに着いていた。


「Hi」


 手を振ってくるジャスミンは、昨日とは少し様子が違った。アバヤを着ていないのだ。昨日は髪の毛が全部隠れていた分目立っていた眉毛が、今日はなんとなくおとなしい。それは、彼女がボリュームの有るロングの黒髪を存分に披露してくれているから。今日は昨日よりも顔が小さく見え、更に美女感がアップしている。ジーパンにTシャツ姿だが、チープさを感じないのが不思議だ。俺は思わず息を呑んだ。その反応が面白かったのか、クスクスと笑うジャスミン。映画か何かの間違いかと思うほどの衝撃だった。


 遅れて一緒に登場したイリーナとミンジュン。イリーナはワンピース姿で、すらっと長い手足によく似合っている。真っ直ぐなストレート金髪と青い目が今日も美しい。また昨日と同じく、自分が本当にこの二人と一緒にお出かけなんてしても良いのかと悩むほどに場違いな気がしてくる。


 しかしそんな俺の心配なんて全く伝わっていないのか、イリーナを先頭に俺らは大外の正門から延安路を突き進んだ。大外ダーワイとは大連外国語学院の略称で、みんなそう呼んでいる。しかし大連の現地人は方言でダーワイをダーウェイと呼ぶので、実は俺もいつかそう言ってみたいと密かに考えている。


 延安路を進むとロータリー交差点に着く。その中央にある丸い広場が中山广场ヂョンシャングァンチャンだと授業で聞いた。そこから上海路をまっすぐ進んでいくと、ロシア人街に到着。


 意外と少ない人通りに、ロシア風の建築物が並んでいる。幅の広い大通りにはテントが並び、お土産やロシア物産が所狭しと並んでいる。それ以外にも露天商や小さな売店があるが、意外とそれ以外は特に何もなさそうだ。大連でも有名な観光スポットと聞いていたため、少々寂しい気もした。だがそんなことはお構いなしに、小さな発見でも俺からしたら少しオーバーなくらいリアクションする3人。俺がちょっと冷静すぎるのか? それともこの3人がちょっとおかしいのか? どうなのだろう。これが異文化というやつか、と改めて感じる。


 西洋風の大きな門に遮られている宮殿のような建築物の前に、小さな出店が出ていた。イリーナはキリル文字で商品名が書かれているものをひとつ手に取り、これはロシアで有名なチョコレートで、小さい頃からよく食べていたものだと教えてくれた。イリーナはそれを全員分購入し、一人一つずつプレゼントしてくれた。ベンチもない通りにある建築物の横の階段に躊躇なく座り、袋の中で割ったあと大雑把に開けて口の中にどんどん運んでいく3人が、やけにパワフルで男らしさを感じた。


 大連駅の近くにあるロシア人街を散策したあと、夕日が落ち始めた大連駅を横切って帰路に就いた。勝利橋を渡る際に汽笛が鳴ったのが聞こえ、足元に広がる何本もの線路のうち一本は貨物列車の頭が停車中で、一本からは窓まわりが赤い客車が今まさに発車したところだった。夕日に照らされて肌色と茶色が目立つ風景はどこかノスタルジーを感じうるもので、異国の地にいながらどこか故郷を思い出すような光景だった。


 終始控えめなジャスミンと、活発なイリーナ。そして朗らかなミンジュンとの散歩。この時間がずっと続けば良いのにと思え、夕日にほほえみながらため息をついた。


挿絵(By みてみん)

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