27.最後の大連
翌日、朝ショートメッセージでジャスミンに確認すると、彼女も既に荷物の準備ができているということで、予定よりもだいぶ早い、9時前には大外の寮をチェックアウトした。チャイを始め、残っていたクラスメイトや館山さん、そして館山さんと仲の良かったあの中国人の友だち、東南アジアのメンバーまで集まってくれて、最後のお別れをした。館山さんとは最後にちょっとあったけど、時間が解決してくれたのか、最後は普通に一言二言かわして素直にお別れすることが出来たので、安心した。
タクシーのトランクに荷物を詰め込み、ガッツリ開いたまま閉めるのを諦めてそのまま乗り込んだ。見えなくなるまで手を振って、大連駅まで行ってもらった。
最初の目的地、北京までは寝台列車で向かう。発車時刻は午後8時。それまでは、大連市内の思い出の地を散歩して周る予定にしている。
「你和kana怎么样了?(カナとはどうだった?)」
車内で突然館山さんのことを聞いてくるジャスミン。もしかして館山さん、話さないままお別れしたのだろうか。
「我那天和她聊了一下,拒绝了(彼女とはあの日話して、断ってきたよ)」
「果然是这样啊,你不要勉强啊(そうだと思った。無理しなくて良かったのに)」
「我想要勉强,才会这么勉强(無理したいから無理してるの)」
「笨蛋」
そういいながら、やっぱりどこか嬉しげなジャスミン。旅行のスタートとしては最高のスタートダッシュを切ることができたようだ。
大連駅に到着すると、近くに荷物を預けられる場所にまとめて荷物を預け、身軽になったところで散策を開始した。まずはなんと言っても俺らが出会った老大外(旧大外)の校舎跡地と気象台に行かなくては。思い出を一つ一つ掘り起こしながら一歩一歩噛みしめるように回った。中山広場のロータリーを登り、登りきった先にある校門。お腹を出した色黒のおじさん達の駐車場と化していたが、校舎自体はまだ残っている部分もあり、多少梳きバサミで梳いたような物足りなさはあるものの、あの頃の風景が残っていることは感慨深かった。
気象台のほうは、真昼だからかそれとも完全に旅順口区に引っ越したからか閑散としており、同じく水色のタクシーが数台停まっているだけだ。ここでジャスミンと出会ったんだなと感傷に浸る。澄んだ青空が暖かい空気を運んでくれて、呼吸するたびに思い出が蘇った。
そこからバスに乗って、今度は星海広場へ。俺とジャスミンの恋愛が始まった地は、今日もだだっ広いコンクリートの広場の上に、強い浜風が吹いていた。ジャスミンは思い出したようにそこでバレリーナのように踊ってみせたが、今日は真っ昼間ということで観光客も多く、恥ずかしそうにしていたのが愛おしかった。
大連市内で俺ら二人のルーツを辿ったあとは、また大連駅の方に戻ってロシア人街へ。イリーナのことを思い出して二人で一緒にイリーナに電話をかけながら例のチョコを買って食べた。どっちがイリーナとたくさん話すのかで機体の奪い合いになったが、それもまた楽しかった。
ロシア人街を散歩したあとは、勝利広場で腹ごしらえしつつウィンドウショッピング。あのときの酸っぱい麺はもうやめて、今日はハラールのケバブを一緒に食べた。ヨルダンでもケバブは定番料理で、ジャスミンはそれほど美味しくないと笑っていたが、日本人の俺には合う味で、もっと美味しいのなら行ってみたいなと思ってしまった。
勝利広場の中は相変わらずラビリンスで、本物も偽物もごった返している。あちこちで値引き交渉していたり喧嘩していたり寝ていたりとカオスな状態で、まさになんでもありな空間。荷物が増えるから何も買う予定はないけど、変な模様の服や偽ブランドのパチもんを探し出すというゲームを二人でやり続けた結果、地上に上がったときにはもう日は完全に落ちていた。
急いで荷物を取りに行き、駅構内で荷物検査して、チケット受け取り口に並び、パスポートと予約番号を差し出してチケットを発行してもらう。近くでは中国人が身分証で瞬時に自分のきっぷを自分で発行していたが、外国人の俺らにはそれができない。そのため、電車の乗り方をいまいちよく理解していないような人々が窓口の人と長々と相談しているのと同じ列に並ばざるを得なかった。
その間も時間は刻一刻と過ぎていく。まさかこれほど並ばされるとは。ジャスミンも心配な様子でいるのが不憫でならない。スタートダッシュに成功しすぎて次のステップを油断しすぎていたようだ。やっとのことで順番が来てチケットを受け取り、急いで身分証であるパスポートとチケットの照合コーナーへ。その後、電光掲示板でプラットホームの場所を確認し、チケット検査の順番を待つ。入り口にはもう既に行列ができており、ちょうどよくホームに進むことが出来た。
中国の列車は日本と違って予約制で乗る時間も席も決まっており、規定の時間にならないとホームに進むことさえ出来ない。そのため、それを逃すと大変なことになってしまうのだ。その最悪の事態を回避できたので、もう一安心。薄暗い通路を抜けると、そこには深緑の車体に黄色い線が上下に二本入った客車が待ち構えていた。
客車の中に進み、自分の席の番号を探す。三段ベッドになっているうち、一番上の段とその下の段が俺とジャスミンの席。知らない人と向い合せになるわけだが、色んな意味で俺らのことを気にもとめていないため、気楽なものだ。ただし、日本のように車内を静かに保とうという意識は皆無。イヤホン無しで映画を見ていたり、ラジオを流しっぱなしにしていたり、それに車内放送が混ざったり、雑談や電話もし放題。人混みの中で寝るのとほぼ同じだ。暗闇のなか、オレンジ色に光る街の明かりを見届けながら、早めに眠りにつくことにした。というより、早めに寝られる準備をしておかないと、寝ようと思ったときにすぐに眠れる環境ではないことが分かってしまっていた。
午後8時、いよいよ列車は北京に向かって走り出した。発車してからしばらくすると、消灯時間となった。暗闇の中さすがに雑音が減り、あんなに騒がしかった車内も落ち着きを取り戻してきた。明日の朝、北京駅に到着予定。約13時間の旅となる。既に大連をはなれ、見知らぬ土地を突き進んでいる。
俺らの延長戦が、遂にスタートした。帰国まで残り、25日。




