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26.旅行準備

 卒業式の次の日、早速俺とジャスミンは“卒業旅行”の計画に取り掛かった。館山さんと3人で部屋の中にいるのは気まずいから、朝から総合楼にパソコンを持っていき、お菓子を食べながら計画をねって、その場でチケットを買ったり宿を予約しようということにした。


 寮を出なければいけないのが明後日まで。厳密には明後日の午後5時、管理人が警備員と交代して帰宅するまでということになる。結局、大連にいられるのも今日を含めてあと残り2日ほど。今日は計画を立てて明日の朝までに荷物を整理し、次の街に向かうまでは大連を楽しみたい。


 ということで、まずは最初の滞在地は大連からできるだけ近い場所。明日中に移動して、そのまま明後日から遊ぶためには、高速バスだとまず無理そう。鉄道か飛行機か。飛行機ならばけっこう行動範囲は広くなるものの、その便のフライト時刻にもよる。俺は上海旅行を決めた夜に色々探ったときの履歴からいくつか行き先の候補を提示し、ジャスミンに選んでもらった。


 まず首都の北京は外せない。日本に来るなら東京は外せないし、アメリカならニューヨーク、イギリスならロンドンと、“その国といえば”という都市がある。大連からも近いし、ちょうど寝台列車があることから、寝ている時間も無駄にしたくない俺とジャスミンの意見が一致した。


 中国は基本的に省で区切られているが、その範囲に該当していない特別な大都市がいくつかある。それを直轄市といい、この間行った上海もその一つである。この直轄市は外せないだろうということで、上海以外のすべての直轄市を回ろうということになった。すなわち、北京・天津・重慶の三都市だ。


 重慶の次に行くのはどこが良いか。ジャスミンは“九寨溝”と即答した。調べてみると、景色がきれいな場所らしい。ちょうど重慶の隣、四川省の成都からツアーが組まれているらしい。ということで早速ツアーを予約した。


 とここでジャスミンが心配そうに口を開いた。


「这次旅游真的豪华诶,你真的够钱吗?(今回の旅行はすごく豪華ね、本当にお金足りるの?)」


「因为我有奖学金,不要担心。我愿意全都是为你花(奨学金があるから、大丈夫。全部あなたのために使いたいんだ)」


「不行,你一个人负担太大了。那这样吧,你买票,我买吃的。可以吗?(駄目、あなた一人の負担が大きすぎる。じゃあこうしましょう、あなたはチケットを買って、私は食べ物を買う。良い?)」


「好!(オッケー!)」


「其实我们的旅游期间差不多都是斋月期间,日落后才能吃饭。所以伙食费不会很多。哈哈(実は私達の旅行期間中、ほとんどがラマダンで、日没後じゃないと美味しいものが食べられないの。だから食費は高くならないの。ハハ)」


「斋月?(ラマダン?)」


「是的。简单地说,从日出开始不能吃饭喝水。日落后才能吃饭(そう。簡単に言うと、日の出から何も口にできないの。日が落ちたら食べられるけど)」

「真的吗? 那我也一起忍耐吧! 一起的话不会辛苦!(本当に? じゃあ俺も一緒に耐えようか! 一緒なら辛くないよ!)」


「哈哈,不要不要。你不是穆斯林吧。而且我已经习惯了,没问题。那我再买住宿费吧,这样比较平等。不管怎么说,我现在所有的钱都是我的钱,等我回国后,我的钱都是他的。 那我现在就把它全部用在你身上比较好(ハハ、いいよいいよ。あなたはムスリムじゃないでしょう。しかも私は慣れているから、問題ないよ。じゃあ私、宿泊費を払うね。そうすれば少しは平等になるでしょう。どうせ今あるお金は帰国すれば全てあの人のお金になる。だったら今全部あなたに使いたい)」


 ジャスミンがムスリムだということに慣れすぎていて、肝心な断食期間のことをすっかり計算に入れていなかった。旅行で体力を使うというのに、大丈夫なのだろうか。ただ、完全な断食というわけではないので、その分夜食をたくさん一緒に楽しめば良いか。そこで浮いた分、景色を楽しむことに重点を置こうということになった。


 九寨溝から成都まで戻ってからは、今度は景色を楽しむことを中心に話を進めた。いくつかあった候補の中でも、どうせなら最高の旅にしようということで、中国の海南島、三亜に行くことにした。中国国内でも南国に位置するリゾート地。大連も綺麗な海で有名だけど、それ以上に綺麗らしく、人気の観光地。ホテルがなかなか取れず、オーシャンビューのホテルではなく少し安めの宿になってしまったが、ビーチまで歩いていける距離。十分だろう。


 海南島・三亜から行ける場所で景色がきれいな場所はもう一つあり、ジャスミンも興味を示してくれたのが、桂林だった。水墨画っぽい風景が実際に見られるということで、せっかく中国にいるのだからもっともっと中国っぽいところに行きたいという話でまとまった。


 ここまで大きく分けて五つのエリアに行くことになっている。ということは残りの二〇何日間をそれぞれ四日ほど滞在することとなる。もう十分なんじゃないかとジャスミンは言うが、俺はどうしても外したくない場所がもう一つだけあった。それは、香港だった。香港はヨルダン人ならビザはいらないし、日本人ももちろんノービザで入れる。何より、地方都市だとヨルダンまでの飛行機の便数が少ないのではないかと言う心配があった。香港ならばアジアの中でも中心的なハブ空港があるし、同じ日に同じくらいの時間でお互いに帰国できそうだった。実際、数時間の差はあるが、同じ日にお互いが帰国できるようにチケットを買うことが出来た。


 最後に一緒に100万ドルの夜景を見て、この恋を終わらせる。本当はもっとたくさん行きたい場所がある。内モンゴルの草原だって行きたいし、雲南の少数民族にも会いに行きたい。ウイグルの方に行って壮大な景色を楽しんでも良いし、厦門の港町を楽しむのもありだった。でも限られた時間の中で優先順位を決めるとしたら、こうなった。もっともっと時間があればよかったのに。もっと前から色んな場所に行っていればよかったとも思った。


 帰国便を含めたすべての交通チケットを購入し終わり、ホテルもツアーも予約完了。最後の延長戦の計画が終わったのは夕飯の時間をとうに過ぎていた。ほぼ一日中パソコンに向かって、ジャスミンとああだこうだと計画をねっている時間は本当に早く過ぎていき、結局用意していたお菓子をお互いに完全に無視してしまっていた。


「这就是斋月的练习。你看,我们在一起那么开心的话不吃饭也不会很辛苦(これこそがラマダンの練習だね。見て、私達一緒こんなに楽しかったら、何も食べなくても全然苦しくないよ)」


 おどけていうジャスミンは分かりやすくテンションが高い。人生百年だとしたら、ここからの約ひと月で八〇年分のジャスミンの笑顔を見たいし、八〇年分喜ばせたい。期待は高まるばかりだ。


 そのまま総合楼で一緒に“朝ごはん”を食べ、解散。それぞれの部屋に戻って荷物の支度をした。明日この寮を出るんだとチャイに伝えると、一緒に荷物の整理を手伝ってくれた。そのおかげで数時間でスーツケース二つ分の荷物は綺麗に片付き、空っぽになった空きスペースでチャイと一緒にシンハービールで乾杯。大外での生活最後の一日を穏やかに終えた。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] よくよく考えたら約1ヶ月の旅行ってとんでもないですね(笑) でもゆっくり色々見られそうで、やっぱりいいなぁ… 何も食べなくても苦しくない。 …二人が眩しい…!
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