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24.月老

 卒業まであと残り二週間。卒業までのカウントダウンが始まり、周りがみんなやり残したことはないか探しているような雰囲気の中、俺はジャスミンの部屋に居た。館山さんももちろん部屋の中にいる。ついこの間まで普通だったこの光景が、異様に重たく感じる。何もなかったかのように、いや、余裕綽々なのか自信満々なのか、そのどちらもなのか、俺とジャスミンが話しているときも館山さんはマイペースに机に向かっている。その姿が、なんとなく怖かった。そしてそれに触れもしないジャスミンは、もっと怖かった。


 その日の午前中、俺もジャスミンも受験していたHSK(漢語水平考試)の結果が配布され、お互いに合格したことが分かった。HSKの場合は日本と違って一級が一番簡単で、六級が一番難しい。受かった六級は最高レベルで、これで勉強の方はもう大満足だということで、残りの二週間をゆったり過ごそうと話していたばかりだった。


 いや、全然ゆったりできないんですけど。


 その日は雨が降っていたこともあり、外出するのではなく中でゆっくりしようと思っていたのだが、あまりにも空気が重たいので、下手な嘘をついてその部屋から逃げ出した。


 総合楼のスーパーで飲み物を買って、座れる場所を見つけ、とりあえず座ってぼーっとする。何をしたいわけでもない。髪の毛は幸いあの大惨事から着実に伸びてきたけど、別に散髪するほどでもない。読みたい本があるわけでもなければ食べたいものがあるわけでもない。あらゆる欲求が、引き潮のようにさあっと引いていく。


「何しよっかなぁ」


 毎日ジャスミンとどう過ごそうか考えてきた分、何もない日にどうすれば良いのかわからない。手に持っているパック飲料の原材料や注意を読んで時間を潰そうにも、そんなのは微々たるもので時間つぶしには到底ならない。


「伊利……」


 あ。そういえばイリーナと最近会ってないな。帰国前に会っておくか。俺はパック飲料のメーカー、伊利からイリーナのことを思い出し、ついでにジャスミンのことも相談してみようと思った。元ルームメイトなら、ジャスミンのことも俺より知っていることがあるかも知れない。早速電話してみることにした。


ウェイ?」


 懐かしいイリーナの声。俺のこと、覚えてくれているかな。


「喂? 你现在有空吗?(もしもし? 今あいてる?)」

「哇塞,我没想到你会约我。Jasmin知道这件事吗?(あら、私を誘うなんて。ジャスミンはこのことを知っているのかしら?)」

「因为我想聊一下Jasmin的事情,所以……(ジャスミンのことで相談したいんだ、だから……」

「所以,这对她来说是个秘密会议。是吧?(じゃあ、彼女には秘密の密会ってことなのね)」

是的そう


 スピーカーの向こうでふふんと笑う声が聞こえる。イリーナも丁度空いているらしく、大連市内で合流することになった。


 大外から出ている大連市内へのシャトルバスに飛び乗り、天安国際大厦の前で降り、新華書店の方向に歩くこと数分。指定されたカフェの中に、懐かしい金髪美女が一人コーヒーを飲んでいた。


「阿进,好久不见! 你终于给我打了电话(進ちゃん、久しぶり! やっと電話してくれたわね)」


 確かにそろそろ暑い時期だから不自然じゃないけど、首筋も肩もあらわ。そこまでするかというほど無防備な格好で平気な顔をしているイリーナに、視線の居場所がわからない。


「你们吵架了吗?(喧嘩でもした?)」


「我宁可和她吵架呢(むしろ喧嘩くらいさせてほしいよ)」


 金髪をかきあげ頬を付き、顔をぐっと近づけてくるイリーナ。視線を気にしながら、俺はこれまでのことをイリーナにほぼ全て話した。旅順校区に来てすぐに同棲できて楽しかったこと、新しく出会った友人のこと、その友人の中のひとりに日本人の女の子が居て、仲良くなったのは良いけど告白されてしまったこと、そしてその告白をジャスミンが後押ししていたこと。ジャスミンとの期間限定の恋は延長できないこと。そして最近までずっと無理やり延ばそうと一緒に頭を使ってきて、空いた時間は常にずっと一緒に居て、後悔しないように過ごしてきたのに、他の女の子と俺が付き合うように仕向けていることが信じられないこと。これまでの出来事がおもちゃ箱からどんどん出されるおもちゃのように周りに散らかるが、自分でも整理できずに放り出されたままになっている。


「这样子啊。她很爱你啊(そんなことがあったのね。相当愛されているのね)」


「哪里呀! 没想到自己的女朋友放弃我,想勾塔上别的女生。(どこが! まさか自分の恋人が自分を手放して他の女の子とくっつけようとしてくるなんて、考えられないよ)」


「你真以为她会支持那个女生吗?(本気で応援していると思う?)」


 わからない。本気で応援していないのなら、なんで館山さんはあんなに自信満々なのか。勝ちを確信しているようにしか見えないから、そう考えるしかなかったんだ。



「没关系的。就像那个女生从Jasmin身上得到了力量一样,Jasmin也一定是从我身上得到了力量。 她天天和我谈你的事情,非常认真地商量我。你以为她会这么轻易的放过你吗? 你以为能轻易放弃的人的事情,会不会天天商量我?(大丈夫。その女の子がジャスミンから力をもらえたように、ジャスミンは私から力をもらっているはずよ。 毎日のようにあなたのことを話してくれて、真剣に話し合ってくれてた。彼女がそこまで必死になれる相手であるあなたを簡単に手放すと思う? そんなに簡単に手放せる人のことを、毎日相談してくると思う?)」


 ジャスミンも悩んで苦しんで、結果的にそんな答えにたどり着いてしまったのか。別に本気で館山さんを応援しているわけじゃなくて、そういうことを自分の口に出すことで彼女自身に言い聞かせていただけなのかも知れない。


「她在想你,就像你在想她一样。 而她也在纠结于如何靠自己的力量来调和她与你的关系。 只是时间有限,并不代表结束了。(あなたが彼女のことを思っているように、彼女もあなたのことを思っているの。そして、彼女も自分でどうあなたとの関係を精算しようか悩んでいるのよ。期間限定だからってそこでハイ終わりなんて、無理なんだから)」


 俺のことを思い、そしてこの恋を終わらせないといけないという責任もあって、ジャスミンは悩んでいた。告白した方の言い出しっぺの俺はどうにか継続させたくて悩んでいたけど、ジャスミンはジャスミンでこの恋をどう終わらせようかと悩んでいたのだ。だからこそ生まれてしまった不協和音。館山さんはその終わらせようとしているところに強烈にフォーカスして俺に告白というか提案をしてきた。そういうわけだったのかも知れない。


「你们俩是大恋爱呀(あなたたち、大恋愛ね)」


 大恋愛、か。そんなつもりはなかったけど、言われてみればそうなのかも知れない。期間限定の恋愛をどうにかして続けようとしている時点で、恋愛を越えた大恋愛だ。終わりが分かっているからこそ後悔しないようにしたいと思うのは当然で、さらにその終わりを無理やり延ばそうとするのはエゴなのかも知れない。でも、そうでもしないと収まらない。短すぎる大恋愛を、はいそうですか、と切り替えられるほど出来た人間じゃないから。


「我不会当你们的月老,但我会陪你走到最后,加油(月下氷人にはなれないけど、最後まで見守ってあげるから、がんばって」


 迷いは消えた。楽で未来を見据えられる恋もどきよりも、今この瞬間を愛せる大恋愛だ。イリーナのおかげで決心がついた。今日、ちゃんと館山さんに断りを入れよう。一口も飲んでいなかったブラックコーヒーを一気飲みして、イリーナに感謝すると、彼女も最後まで飲み干した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 相談できる人がいて良かった~! イリーナは変わらずオープンなようで(笑)、おばちゃんは心配よ~(笑) そうかジャスミンは毎日相談してたのね。女同士だなぁ(#^.^#)
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