11.离开
氷点下10度の夜道、宝石のような星が散らばる水平線の見えない宇宙の中で、ジャスミンは手袋の上から俺の手をギュッと握ってきた。その手は寒さからなのか、それとも他の要因なのかはわからないが小刻みに震えており、俺は本能からジャスミンを守りたいと思った。
きれいな夜景を見ながらの告白は大成功。こうしてカップルになれた。嬉しいことじゃないか。でも、なんとなく釈然としないのは『限界』が見えているからなのか。こうして手をつないで一緒に二人で歩けるのは幸せな時間で、1秒でも長く続いてほしいのだが、砂時計の中の砂のように、蟻地獄に落ちるアリのように、時間というものがなすすべもなく滑り落ちていくのが手にとるように分かってしまって、焦る。
ジャスミンは嬉しそうでもあり、どこか寂しそうでもあった。俺のことを好きになってくれていて、イリーナとも相談していて、わざと二人でいる時間を作ってくれるようになっていたことを話してくれた。俺も同じように、ミンジュンと二人で作戦をねって、お誘いのメールに何日も費やしたことを伝えた。お互いに、実はあの時こうだったとか、あそこは作戦だったとか、答え合わせのように話し、その都度嬉しくて、条件のことをほんの少し忘れることが出来た。あのとき誰にも見せない普段着を見せてくれたことも、歌詞を一緒に考えるようにしたのも、全部理由があったのだ。
大連の寒さは歯にしみる。いつの間にか笑顔を取り戻した俺もジャスミンも、口元を無理やり隠しながら笑って、その変な表情に更に笑えてきて、結局普通に笑って歯にしみて。この繰り返しで、タクシーに飛び乗った。
大連のタクシーは日本と比べて安く、気軽に使えるのが良いところ。『大外(ダ―ワイ)』というだけで留学生を寮に戻せば良いと理解してくれるので楽なものだ。結局正門の外で降ろしてもらうまで、ずっと手を繋ぎっぱなしだった。
ただし、問題はここから。留学生寮には門限があり、とっくに過ぎてしまっている。このまま気象台で朝まで飲むのもそれはそれでありなのだが、この寒空の下、朝まで飲み明かすのはやはりしんどい。ではどうするか。管理人に見つからないように門を越え、寮の外側の壁伝いに移動し、そこから登って建物の中に入るのである。
ミンジュンに連絡を取り、待ってましたとばかりにiPhoneのフラッシュで居場所をこちらに伝えてくるミンジュン。門の前でジャスミンが登りやすいように四つん這いになって台になり、ジャスミンに目で合図した。目指すゴールまでは遠いが、最初の関門はクリア。足音を立てないように寮の裏側に移動し、壁伝いの枯れ葉の上をガシガシ進んでいく。外側の塀にはギリギリ足をかけられるようなデザインが施されているため、なんとか登りきってジャスミンの手を引いた。
ジャスミンはなんだか冒険しているみたいだと面白がってくれているようで、それに俺も嬉しくなってきて、寒さも忘れて夜の帰宅大作戦を楽しんだ。最後に男子便所の窓からミンジュンが手を伸ばしてくれて、なんとか引かれる形で滑り込んだ。ジャスミンも全く怖がる素振りを見せず、ノリノリで塀から男子便所へ。最後は俺とミンジュンで引張り、なんとか作戦大成功。そのまま何事もなかったかのようにジャスミンはイリーナと住んでいる部屋に戻り、俺はミンジュンと部屋に戻った。
そこからはもちろんミンジュンからの質問攻め。部屋に用意されていたお祝いとしてのマッコリを飲みながら、二人で夜通し報告会を開いた。ミンジュンが帰国する前に報告できて嬉しかったし、ミンジュンも俺のおかげだと少なくとも10回は言って、そのたびにコップ一杯分を一気飲みしていた。暖房が効いている部屋で飲むマッコリと安心感のせいか、気付いたときには朝だったのだが、悪酔いもせず、朝イチのシャワーはスッキリしたものだった。
シャワールームから出ようとしたその時、例のゲイ疑惑のあるポルトガル人とすれ違った。俺は襲われるかもしれないと思いそそくさと逃げたが、向こうは俺のことなんて見向きもせずに、さっさとシャワーをし始めた。別になんてこと無いただのすれ違いだったので、俺も気にしまいとそのまま部屋に戻った。
期末試験を終え、西暦では年を越して1月になったが、中国では旧暦の正月(春節)のほうが重要らしく、特に珍しい動きはなかった。年を越して一週間後に終業式のようなものがあり、そこで半年分の勉強の成果が発表され、結業証書が手渡された。雪の残る寮前のスペースで集合写真を取り、午後からはもう帰国のためにタクシーに乗り込んでいく留学生たちと、残された在校生のお別れシーンを何度も見せられることとなった。
イリーナは語学留学の期間が終わり、ここから先は大連の別の大学で本科生として4年制の大学に編入するという。別の学校にはなるものの、まだ大連にはいるそうなので、特にお別れのシーンなどはなかった。ミンジュンは別の友達と少し旅行してから韓国に帰るそうで、今日中に大連から離れるそう。だったらここはやっぱりあれでしょう、ということで、その日の晩は久々に4人で食べ、その後気象台で朝まで飲もうということになった。
星海広場での告白以来、イリーナもミンジュンもできるだけ二人きりにさせようとしてくるから、4人でワイワイするのは本当に久しぶりだった。それにジャスミンも俺も、あの日以来どうしても意識してしまう中、表面上は新婚ホヤホヤのような距離感だが、内心はどこかぎこちなかった。
大外の裏門に続く坂道の先にある韓国料理屋でミンジュンにみんなでご馳走した後、気象台で青島ビールと羊肉串で舌鼓。
「民哥,结业快乐!(ミン兄、終業おめでとう!)」
今晩2回目の乾杯だが、未だ勢い衰えないみんな。この半年間、この3人のせいでだいぶお酒に強くなったような気がする。
「民哥从明天开始去哪里呀(ミン兄明日からどこへ行くの?)」
アサリの蒸し焼きを食べながら、ジャスミンが聞く。
「去香港和澳门(香港とマカオだよ)」
「哇,好远呢,跟谁去啊(わぁ、遠いね。誰と行くの?)」
「秘密(秘密だよ)」
そういって焼き茄子を頬張りビールで一気に流し込むミンジュン。
「女朋友吧~!(彼女でしょ!)」
「不是不是」
俺がノリでそう言ったが、あっさり否定された。卒業旅行に行くような、そんなに親しい友達いたかなぁ?
「你们呢? 不去旅游吗?(あなたたちは? 旅行に行かないの?)」
ミンジュンが話題をそらすように俺らに聞いてくる。
「我不去,要准备搬到大连理工大学,你们都要搬家,是吧?(私は行かない。大連理工大学に引っ越す準備しなきゃ。あなた達も引っ越すんでしょ?)」
「是的,我和阿进一起去旅顺大外,要准备搬家(そう、私と進は一緒に旅順の大外に引っ越す準備をしなきゃいけない)」
ジャスミンは机の下で俺の手をギュッと握った。見知らぬ土地に行くんだもんな、不安だよな。
今いる大連外国語学院は取り壊しが決定され、既に工事が進んでいた。留学生は来学期からもうひとつの旅順にあるキャンパスに全員移動となり、その引越のために長期休暇の一部を使わなくてはならないのだ。この気象台も、地元市民はもちろんいるものの、主要な顧客としての留学生が全く来ないとしたら、もしかしたら景色がだいぶ変わるかもしれない。この4人での最後の気象台でもあり、残された俺やジャスミンにとっても最後の気象台となるかもしれないのだ。
思い出話に花が咲き、門限ギリギリの時間まで飲んだ。ジャスミンやイリーナと分かれ、ミンジュンと共に部屋に戻り、すぐさまベッドへダイブ。そのまま眠りについた。