8話 過去と黒煉の心情
黒煉の話です。
彼女が、自我を持ち始めたのは何時だっただろうかは分からない。
だが、自我を意識したのは、ある事がきっかけであった。
”意識した”と言うのは、そのままの意味である。普通、武具、道具には自我という物が存在しない。
それを可能にしているのは、ひとえに魔素の力である。だが、無から自我を生み出したのだ。それを理解しろと言うのが難しい。
だが、彼女は自我を意識した。
昔、ある一人の剣士が居た。彼は別の世界から来た異世界人であった。そんな彼は、同じく一緒に転移してきた少年と共に魔王討伐の旅に出た。
剣士の名は、黒金 梓人と言った。そんな彼が使っていた一振りの刀、当時、世界最強の剣とも言われた彼女『黒煉』である。
共に召喚された少年の名は、新海 雪と言った。後に、大戦を終わらせる英雄である。そんな彼は、勇者という職業であった。
この二人が、旅に出る。魔王シルファーの討伐が為に、それが後に大戦の幕開けを意味するとは知らずに·····
当初は、二人だけであった魔王討伐隊も、月日が経つにつれて人が増えていく、遂には世界最強のクランとまで謳われた。
クランとは、ギルドの中の派閥と思ってくれていい、今回のこの魔王討伐隊は、文字通り魔王討伐の元、形成されたクランである。
そんな中、梓人はある少女に恋をした。銀髪が綺麗な十代の少女であった。そして、梓人は惚れさせまいと彼女をとあるダンジョンの攻略に誘う。
『終焉ノ迷宮』と言うダンジョン攻略にだ·····
梓人の容姿は、雪とは違い中々の好青年であった。そして強く、性格も文句無しであった。
だが、少女はそんな梓人には靡かなかった。だからこそ梓人は、ダンジョン攻略に誘った·····自らの腕前を魅せる為に。
少女を自分のモノにし、勇者抜きで最難関のダンジョンを攻略する。それが梓人のシナリオである。
こうして、梓人と少女はダンジョンに挑む。『終焉ノ迷宮』へと。
梓人は、少女を守りながら進んでいく。道中の魔物を相手にしないその動きは、”流石”の一言であろう。
なので、道中は魔物に一切劣ることなく直ぐにボス部屋まで来ることが出来た。少女を守りながらでだ。
その事に少女も感心していた。それを見た彼はチャンスとばかりに、さらに自分のことを魅せようとボスへと挑む。
そして少年は絶望を覚えた。
相手は、魔物という名の少女であった。だが、その異常なまでの強さは、梓人を容易く絶望へと誘う。
どんだけ斬っても、刃がまるで通らない漆黒の鎧。
そして梓人めがけて飛んでくる、自身を超える剣技の数々。
更には、あの少女の梓人をまるで相手にしない余裕の顔。全てが梓人に焦りを与える。
颯爽と攻略し、少女を自分のモノにし、そして何より勇者よりも栄光を得るという自分のシナリオが崩れていく·····
そして彼は、遂に一緒にきていた少女にまで目がまわらなくなった。終いには少女に呪いがかかってしまったのだ。
ボスである少女も楽しかったのだろう。久々の来客にとても喜んでいた。だからこそ煽り、梓人の更なる力を引き上げようとした。怒りは時に最強の力をもたらすからだ。
少女の余裕な顔の裏には、無邪気さも含まれている。心底嬉しかったのだろう。楽しかったのだろう。
だからこそ、彼女は、少女に呪いをかけたのだ。不老不死という呪いを。
これで少女を取り戻すという目標が出来る、更には"奪われた"という気持ちで怒りを湧かせ、力を引き出させようとしたのだろう。
だが、梓人は既にプライドや心が引き裂かれていた。戦意を完全に消失したのだ。
そして『黒煉』を放り投げ膝をつき、泣いた。
そこで、初めて彼女·····『黒煉』は自我があるのだと意識した。
彼女には、全て見えた。絶望に打ちひしがれ、泣き叫ぶ梓人。まるで行き場を無くした迷える猫のような顔をする少女。泣き叫ぶ梓人に向け失望、或いは呆れたボスの顔。
そして、そんな梓人を見て彼女は知った。
(あぁ、人間とは、このような醜い生物だったのか。目の前の絶望に抗う事せず、諦めるような生物·····そんな奴に私は使われていたのか·····)
そして今回、黒煉は時を経て新しい主に渡りそしてまたあの『終焉ノ迷宮』に来た。
道中は、酷いものだった。今回の主はあの時の少年のよりも力が無く、かと言って私を操れる程の剣の使い手でもなかった。
だから、『擬人化』を行った。
(もう少し、マスターを見てみたい·····)
本当はもう少し信頼に当たる人間か見ようと思ってたのだが、その考えが飛ばされる程に、主の攻略を無理と判断したからである。実は、『擬人化』を使うのは初めてだったりする。
そして、攻略を開始する。案の定、紫炎は道中の魔物にすら適わなかった。黒煉が適当に弱らせた魔物を倒しレベルを上げる。
そして、大広間に出た。そしてその中央には、黒煉には目を疑う光景が広がっていたのだ。
あの時、梓人が連れてきた少女が横たわっていたのである。
あれから、何年間ここにいたのであろうか? しかし、不自然なことに痩せこけてはいなかった。あの時のままである。
そんな少女に、主が近づこうとした時、リッチが現れた。そしてスケルトンを少女の周りに配置し守る体勢をとった。
これにも驚いた。知性や理性がある魔物は、ダンジョンマスター。つまりボスと言う確率が高いからだ。だが、あの時のボスでは無い。という事は、ここのダンジョンの魔物は、全て知性などがあるという事だ。
そんな中、主は、そんな魔物達に交渉する為に
近づいて行く。黒煉が止めに入るが”大丈夫”の一言で制された。
両手を挙げた主が交渉に成功したのか、少女に近づき容態を確認する。そんな主が真っ先に尋ねてくる。
「黒煉、お前これ直せるか?」
(まさか、マスターはこの少女を心配しているのですか? いや、人間はそういう生き物じゃない·····今までがそうだったように·····)
驚いたが、黒煉は直ぐに調子を取り戻し、少女の事を調べ、あの少女だと確認し主である紫炎を試した。
『余命宣告』である。
たいして、試すような事でもないと感じるかもしれないが、この場で試すには最適である。
紫炎は、自分の実力が『終焉ノ迷宮』に追いついていない。黒煉に助けて貰っているから生きているのだ。だからこそ今の自分の立ち位置を理解しそして折れると思ったから試した。それでも行くのか? と·····
だが、示した答えは”助けに行く”だった。
しかし正直、黒煉は予想はしていたのだ。だから何度も反対し、本当に意見を変えないかどうか更に調べた。
これでボスの部屋まで行き、結局強いから帰りますなんてことをさせない為に。だが、紫炎はまるで意見を変えなかった。
「一つぐらいカッコイイ所を見させろよ」
そんな紫炎の言葉を聞いて無意識に思ってしまう。
(·····十分にカッコイイですよ。マスター)
今までの経験上。梓人然り、このような絶望的状況に打ちひしがれまた心が折れるのかと思っていた。だが、彼は、紫炎は折れずに立ち向かった。
醜いと思った人間にもこんな人がいるのだと知った。
もしかしたら、あの少女に会うことで梓人と同じく絶望してしまうかもしれない。だが、黒煉は、信じている。そんな絶望に打ち勝ってくれると。
(この人になら、私はお使いできる)
その気持ちを堅く心に刻み。そして誓う。
「これより、私『黒煉』は、貴方様を真の主と認め、一生お傍にお使いすることを」
(この人になら私の心をを預けられる。確証なんてそんなものは無い。この人になら私の身をあげられる。確認なんて·····不要)
「神の名のもとここに誓います」
そして宣言した。今ここに紫炎の魔剣が誕生したのだ。
心理描写が苦手です。
誤字脱字がありましたらご報告下さい。