71話 王の器
「──で? お前は何故ここにいる?」
シルファーが事務に追われながらに、言う。
必死に判子を押す姿は魔王ではなく、サラリーマンであった。
「あの世界に連れてってくれよ」
「なぜだ?」
「俺の力の無駄を失くしに来た」
暫しの沈黙。そして、シルファーは言った。
「お前が我に勝てたら考えてやろう」
「は?」
紫炎としては快く連れて行ってくれると思っていた為、この返答には困った。
「どうした? 怖気ついたか?」
「魔王は継承したのに、俺と戦うのか?」
「小僧が、イキがりおって」
シルファーの声に怒気が含まれ始めた。
こうなると、紫炎としては受けるしかない。
「わかった」
「なら、決闘はあの場所でいいか」
シルファーが言っているのは、修行の際使用していた『終焉の森』のことだろう。
「じゃあ、行くとしようか」
結局、紫炎はシルファーの本意を知らずに、魔王城をあとにしたのだった。
「じゃあ始めようか」
「どっからでも来い」
紫炎が構えるより早く、シルファーは動き出した。
「──ッ!?」
「どうした? ほれッ!」
怒涛の拳舞。
紫炎はガードするだけで手一杯だ。
しかし、シルファーは別に特別なことなんぞ何一つしてない。これはただの身体強化魔法だ。
「我も、最近腕が訛ってるからな。実に久しぶりだ。ほれ、まだいくぞ?」
「ふざ、けるなっ!」
紫炎は手を振り払い、間を空ける。
「<制御解除>」
瞬間、強すぎる力が具現化する。
「黒煉ッ!」
『はいっ!』
『黒煉』を刀に変化させ、その有り余る力で振るうが──
「当たらねぇッ!?」
「力に任せた剣筋。そんなんで、我を捉えられるか」
シルファーは手を虚空に差し出すと、魔法陣を出現させた。
そこから取り出したのは闇そのものだった。
「闇属性──<闇刀>」
それは漆黒の闇。
刀状に変化した闇をシルファーが構えた。
「どれ、見本を見せよう──<魔斬>」
「──ッ!」
寸前で紫炎が避ける。
避けた先は裂けた大地が広がっていた。
「だったら、俺も──<魔斬>」
「それが上手くいかないんだ」
『黒煉』から確かに放たれた斬撃は、シルファーの直前で打ち消された。
「斬撃に重みがない。そんなんで、我を捉えられると思うのか?」
「──ッ! さっきからなんなんだ!?」
紫炎は声を荒らげる。
それは『黒煉』が危惧していたことだった。
つまりは、精神の崩壊の兆し。
「俺に足りないところがあるのは分かる。それを直すために来たんだ。別に、注意されなくても分かりきってんだッ!」
「それが諦めに繋がったのか?」
「は?」
紫炎は言われた言葉が分からなかった。
諦め、だと──?
「どこ、が?」
「貴様の目は〝諦め〟が浮かんでいた。大方、人を率いる事の重大さに気づいたのだろう。その苦しさに、そして辛さに」
「··········」
「『王の器』がないんじゃないのか?」
「王の、器·····」
「人を率いるにはそれ相応の力がいる。それが貴様には足りん。まぁ、修行を〝逃げ〟に使っているようでは、教えることも、貴様のために何かすることも出来ないな」
シルファーは踵を返した。
「今の貴様とやっても面白くない。せめて、『王の器』を理解してから、来い。その時、初めて貴様に力の何たるかを教えよう」
紫炎は結局、最後まで言い返すことが出来なかった。




