70話 不敵に隠された真実
いつからだろう。自分の周りに人が集まったのは。
いや、分かっている。あの時、あの瞬間から自分の周りに徐々にだが、人が集まりだした。
初めて前を向いた。この世界と向き合ったその日から、彼女に恥じない主になろうと、大臣という名のクソ野郎をぶちのめそうと、心に決めたあの時からだった。
それ自体を悪く思ってない。
時々、女性からの目線が怖い時もあるが、楽しくやっている。
だが、苦しいと感じた時がある。
魔人となった少年が現れた時、逃げたくなった。今すぐにでも背を向けて、この現実から逃げたいと思った。
だが、自分は前を向いたのだと、恥じぬ主になるのだと鞭を打ち、立ち向かった。
そして、遂に初めて人を殺した。
その人と約束をし、自分は今なお旅を続けている。あのような被害者を出さぬようにと。
だが、時折思ってしまう。
どうして自分がこんな目に·····と。
普通に暮らしていたら、地球で一生の終わる人間だ。それが、いつしか大人数の命を背負う男にまでなった。
恐らく、自分が死んだら、負けたら彼女たちは危ない目に会うだろう。
そんな責任を負いたくなかった。
だから、これは〝逃げ〟なのだろう。
一時でも、この責任から目を背けたかった。
力をつけて、戻ってくると約束した。だから、本当に一時なんだ。
それまでにコレをどうにかしなければ。自分の弱さを、逃げを無くさなければ、今度こそアイツに全てを奪われるだろう。
前までは自分の足元にも及ばなかった男。同郷の友人で、幼馴染であるアイツに自分の全てが奪われる。
あの時、自分は本気だった。その上で出し抜かれたのだ。屈辱と同時に恐怖心が襲ってきた。これも黒い心、心の闇なのだろうか。
だとしたら、これはきっと呪いだ。
どうか、この自分を。弱い自分をどうか、責めないでくれ──
✻ ✻ ✻
「──ター」
「マスター?」
「ハッ!」
紫炎は目を覚ました。馬車に揺られながら、その一定としたリズムに意識を奪われたのだろう。
「もう、着くのか」
「はい」
今、この場にいるのは紫炎と黒煉だけ。
それ以外は王国にて、戦闘準備をしているだろう。直ぐにでも戦いに赴くはずだ。
あの日、紫炎は早速ウンディーネを問い詰めた。案の定、悟たちが立ち向かったが、事情を説明すると引き下がった。
ウンディーネ曰く──
『イフリートが精霊王様を狙った理由は、精霊界を人間界と融合させる為』
『その野望の果てにあるのは知らないけど、イフリートはそれを強く望んでいる。そして、それによって精霊界の力を主である光に与えようとしている』
『全ては星降りの丘で始まり、終わる』
恐らく星降りの丘が、今回の戦場になるのだろう。イフリートの野望も、光が望む力も、どちらも阻止しなければならない。
その為に新しい力を得ようと、ここまで来た。
「どうしても魔王城に来ると、俺は寝てしまうらしいな」
「·····マスター」
今はシルファーが治める魔王城に、紫炎は訪れていた。
前も、訪れた時は夢を見たものだ。
あれは、そう。前世と思しき夢。だが、自分の身には一切覚えのない夢。白熱とした戦場の中、一人問うてた夢である。
「気にすることでもないな。よし、行こうか」
「·····マスター。いえ、なんでもありません」
黒煉は紫炎の些細な変化に気づいていた。
だが、気づいていながらもそれを指摘することは無理だった。
寝言で言っていた。
『俺を解放してくれ·····』
『もう、俺から·····離れてくれ』
紫炎が夢の中で何を見ていたのかは知らない。だが、苦しめているのが自分かもしれないという恐怖が黒煉を止めていた。
「? どうした? 置いてくぞ?」
「ただ今」
ハッと我に返り、黒煉は駆け足で紫炎の元へ向かう。
嫌な予感を胸に抱きながら──




