63話 いつか訪れる未来
最初、光の一人称。その次、紫炎目線の三人称です。
彼は僕を超えた。
僕にないものを彼は手に入れた。
それは僕と彼の間にある差。
彼の女、彼の力、彼の人望、全てを越えて僕は、この世の覇者となる。
神が僕の邪魔をするなら切り伏せよう。
かつての友が僕を止めるならひれ伏せよう。
僕が絶対で、他者は道具。
女は性欲のはけ口で、男は兵。
そう道具に過ぎない。
彼も、この気持ちを経て、あの力を手に入れた。
「そうだろ? イフリート」
「はい。光殿」
獣人の国、ラヴァンにて紫炎が向かったと報告が入った、王都クレファンスにて『影ノ執行人』として、潜り込んだ。
僕は全てを超えなくてはならない。
『影ノ執行人』の頂点に立つあの男……手始めに、彼を凌駕する。
だが、今のままでは無理だ。
力が足りない。
だからこそ、僕は彼女を手に入れる。
精霊王、ユグを……
* * *
竜人の里から旅立った紫炎たちは、王都クレファンスに向け歩いていた。
「にしても、ラヴァンってのは広いな」
いたるところに村があり、獣人が住んでいる。が、その獣人は痩せこけ、貧富の差が歴然としている。
「クレンの村もあんなだったのか?」
たまたま視界に入った一つの村を指差し、問う。
「うん……だから、私たちにとって王都は憧れだったの……」
いつになく弱々しい。
昔のクレンを見ているみたいだ。
争いがある世界といっても、十一の少女が故郷を滅ぼされて、平気な訳が無い。
自分の友であるラエの死体がなく、生きているかもしれないが、『かも』であり、断定したとは言い難い。
すがれるのは紫炎たちだけだ。
しかし、いつまでも甘える訳にはいかないという心と葛藤し、この有様。
近くでユグとシルが寄り添い、なだめるが、その心は落ち着かない。
「ボクも竜人の里にいたから、王都は憧れだったよ」
サティが気を遣い、話を発展させるが効果は今ひとつ。
それを察してか、魔剣状態の『黒煉』が、マスターと敬愛する紫炎に言う。
『マスター。多分ですが、マスターの言葉しか……』
紫炎も察してはいた。
これは自分の役目だと……
しかし、それは本当にそうか? という疑問が渦巻く。
確かに、ここで自分が言葉をかければ、或いはかつてと同じように立ち直るかもしれない。が、それではクレンの精神的な成長がないことも理解している。
今まで、無理をしているのはわかった。
竜人の里でも、アクセサリーを手にしてすがるようにしていたことも、心配かけまいと平静を装っていた事も。
しかし、いざ王都へいくとなると、足がすくむ。
そんなクレンの気持ちはよくわかっていた。
それは、かつて己も経験したことだから。
テスタを助けるため、己が命をかけてまでサミリアにへと挑む際、紫炎は恐怖を覚えた。
いざ、戦うとなると足が震えた。
クレンが、今から向かうのは『真実』という名の敵。
自分の故郷が滅ぼされた真実、ラエの生死。
それへの恐怖心は、或いはサミリアに抱いた恐怖以上である。
だからこそ、迷う。
紫炎は黒煉がいたからこそ、折れずに立ち上がった。
クレンは、紫炎たちがいることはわかっている。しかし、それに頼らず、立ち上がろうと葛藤している。ならば、自分にできることは、それの背中を押すことではないのか?
「クレン」
紫炎が呼びかける。
ゆっくりとその顔が、紫炎の方にへと向けられる。
「俺は、いつか、自分の故郷に帰る」
それは必然的に訪れる別れ。
「これは、そのためのパーティに過ぎない」
その紫炎の言葉はクレン以外にも、ズキリと突き刺さった。
「俺は、王国で元の世界にへと帰らせてもらうという契約のもとに、魔王討伐を引き受け、しかし、己の未熟さから殺されかけた」
その時に感じた。
「敵は己以外の全てだと……」
人間も魔族も信用に値しない。
ならば──
「自分で帰還しようと、旅を始めた」
己の足で、神にへと出向き、地球へ帰る。
「そして、俺が帰った時、クレン。お前は孤独となる」
そう。
地球にへと紫炎が帰った時、このパーティは解散となる。
「だからこそ、お前には強くなって欲しい」
いつまでも、紫炎に頼れば、いつかの別れでクレンは生きれなくなる。
「俺と別れれば、お前には自由が約束される。その時、お前の人生はお前のものとなるんだ」
このまま奴隷の道を行けば、自由はない。
だが、主である紫炎が帰れば、自由が手に入る。
「いつか好きな奴が出来て、お前は幸せをつかむ。そんな幸せを手に入れる為の第一歩だ」
荒々しく、しかし優しさのある手つきでクレンの頭を撫でる。
「前を向け、後ろを振り返るな。後ろにあるのはお前が歩んだ道だ。それを信じろ。信じて進め……未来に、そうすれば、くそったれな神もお前を認めるだろうよ」
──いつかの俺のようにな。
これで背中を押せたのだろうか。
一六しか生きてないガキの中身のない言葉だが、それがクレンの心に残ることを信じて、紫炎は歩み始めた。
王都クレファンスにへと。




