60話 クロリアの危惧
「まさか小僧が勝つとはな·····」
酷く暗い顔でクロリアが言う。
サティ争奪戦の夜。
紫炎たちが用意させたホテルで寝てる頃、クロリアは自室で一人難しい表情で座っていた。
瞼を閉じれば思い出すあの戦。
己の仲間が一人、また一人と蹂躙されるのを自分は黙って見るしか無かった。
それは己の力の弱さが故に。
そんな思いを敬愛する魔王の弟子にさせるのは心苦しい。
クロリアは普段の言葉遣い故に紫炎を毛嫌いしているように思われるが、その心にはいつも心配の念が浮かんでいた。
クロリアがこの世に生を受けて三百を超える。
対して紫炎は十六。
若さは時に破滅を呼ぶ。
無知が足枷となり、仲間を殺していく。
それは若きクロリアが通った道。
魔王であるシルファーは何を思ったのか紫炎を弟子にした。
その心中はクロリアには分からない。
だが、己の主の弟子を無駄死にさせる訳には行かないのだ。
「はぁ、小僧の力は恐らく私やシルファー様を超えるか·····」
今日の戦いで見せたあの力が全てではないが、それでも竜人の里の先鋭を倒した。
シロアのシールドを破った時点でその力は世界に通用する。
それに加えて紫炎のパーティはクロリアからみても化け物じみている。
精霊王だけでも驚愕の対象にも関わらず、奴隷であるクレンに、『終焉の迷宮』のボスであるサミリア。
そしてこの場にはいないが、魔王の娘で魔王の職業についたルファー。『終焉』の時代に活躍した冒険者であるテスタ。
なぜか紫炎の周りには惹き付けられるように強者が集まる。
それは『終焉』の時代のセツのように。
「小僧がこの世の裏で暗躍する『影ノ執行人』を知れば、世界と相対する存在になりうるだろう」
かつてクロリアを誘った組織である『影の執行人』は、これも運命なのか紫炎に近い存在である精霊王などを手に入れようと着々と味方を増やしている。
そしてその存在を知れば、紫炎は己の仲間を守るために牙をむくだろう。
それは世界を敵に回すのに等しい。
『影の執行人』の頂点に立つ男はクロリアの目からみても化け物、いやそれすら超えた『ナニカ』である。
決して楽に勝てる存在ではない。
そんな危険が潜む、王都クレファンスに紫炎を行かせるのかという葛藤がクロリアの中でおこっていた。
「はぁ」
ため息一つ。
その時自室の扉が開く。
「サティ?」
開けたのはサティ。
「お父さん。私ね、自分の力は世界に通用すると思ってたの」
脈絡のない唐突な言葉だ。
「でも違った。上には上がいるのだと思い知った。それはシエンがいてくれたから」
サティは実を言うと最初からクロリアの部屋の前にいた。
それは、渋るであろう父を説得するために。
しかし、扉から漏れた声は紫炎を心配した声であった。
その内容は分からないが、その心配を取り除くことはできる。
「私ね、聞いたんだ。何でそんなに強いんだって·····」
あの三日間の修行の際、何回も聞いた質問。
だけど、答えてくれたのは一回だけだった。
「そしたらねシエンは――」
『――前を向いたから·····』
ただ一言。
ポツリと呟いたこの言葉に全ての思いがのせられていた。
その真意までは分からない。
だけど――
「シエンは今までずっと苦労してきたんだと思う。人間って言うのは苦労を重ねると折れる。全てを投げ出す。だけど、シエンは違った。確かにシエンも人間だから何回も折れてしまいそうになったんだと思うけど、シエンは折れずに仲間と一緒に歩いてる。それこそが本当の強さなんだって感じたんだ」
全てを投げ出すこともできる。それは簡単だ。
でも、投げ出さずに前を向いて歩き続けることは難しい。故に成し遂げられない者も多い。
だが、紫炎は投げ出さなかった。
それは黒煉の言葉があってこそであった。
「だからシエンは心配いらないよ。あの人は誰かと共に歩き続ける強さを持っているから、そしてその力があればシエンは間違えることは無い。だから·····お父さんが思っていることにはならないよ」
「サティ·····」
クロリアは自分の娘がこうも話す紫炎のことを知らなさすぎた。
だが、その力の一端を見れた気がした。
「本当に惚れてるのですね·····」
「あ、当たり前だよ!」
なら信じてみることにしよう。
それはただ紫炎を信じるのではない。
自分の娘が信じた紫炎を信じるのだ。
彼ならば行けるのだろうか。シルファーや自分が成し遂げれらなかったその先にへと。




