59話 サティ争奪戦 後半
リングの上には男が二人立つ。
片方は屈強な男、もう片方は見た目こそ劣るが、纏う雰囲気や圧は屈強な男よりも強い。
紫炎とシロアである。
会場やリングからは息を呑む音と二人の息遣いしか聞こえてこない。
すると、シロアが仕掛けた。
しかし、拳を振り上げるだけで魔法を使う素振りは見せない。
「はぁぁ!!」
掛け声と共に右ストレートが紫炎を襲う。
が、もちろんそんなものは通じない、とおもえば――
「なんだぁ?」
右ストレートを避けた紫炎の頬からは血が伝う。
種明かしは簡単だった。それはパワーとスピードだった。魔法を使わなくとも紫炎の頬を切るには事足りるが、倒すまでとは行かない。
「並の男ならこれで倒れるが、やはり魔法を使わんと倒せんか」
「舐めてるのか?」
「いや、ちょっとした小手調べさ」
そして、彼は魔法を発動する。
これが、彼が最も得意とする魔法。
「防御魔法だと?」
「ただの防御魔法だと侮るなかれ」
シロアはニィと笑みを浮かべる。
それが気に食わないと紫炎が仕掛ける。
「『黒煉』!」
素早い動きで瞬く間に懐にへと潜り込む。
そして目にも止まらぬスピードで切り裂いたが、しかし――
「俺に跳ね返ってきてんな」
一突きすれば、紫炎の頬を風がかける。
横薙ぎすれば、横腹に痛みが襲う。
「普通の防御魔法じゃないのは間違いじゃないな」
「当たり前よ。これは防御魔法・派生、<反射>だ」
紫炎には耳に覚えがない。
それも当たり前。これは竜人でも、いや世界でも彼しか使えないであろう防御魔法の秘技である。
物理や魔法も全て跳ね返す鉄壁の守り。
「面倒な壁だな」
「フフフッ、貴様にこれが越えられるか?」
「当たり前だ」
そして紫炎は不敵な笑みを浮かべる。
「跳ね返すなら、お前の反射を超えるスピードでパワーでゴリ押しするだけだ!!」
観客にいる竜人たちはそろって笑い出す。
それほど紫炎が言ったことは、彼らにはおかしいことなのだ。
しかし、それは今までがそうだったからかもしれない。
誰も越えられない壁としてシロアの防御魔法は語られてきた。それをゴリ押しで突破できると豪語した紫炎をそろってバカにするが、ただ彼女たちは黙って見続けた。
紫炎の言葉を信じて·····
「ならやってみろ」
全神経を集中させる。
「ゼィヤッ!」
雄々しい声と共に神速とも言えるスピードで『黒煉』を振り続ける。
(ただ振り続けろ)
眼前には己が越すべき壁がある。
それは恐ろしくも強大だが、しかし決して破れぬ壁ではない。
(息や鼓動すら置き去りにしろ)
求めるはパワーとスピード。
跳ね返ってくる傷なんてしらない。
(思考すら捨てろ)
頬が擦れようが、横腹に痛みがこようが、頭から血がでようが関係ない。
ただただ切り続ける。
「むっ!?」
シロアの顔が崩れた。
観客席に座る竜人たちもあまりの凄まじさにおのずと笑いは収まる。
ピキっ
反射にヒビが入る。
(もう少し)
「ウォォォオオオオ!!」
最後の一突き。
反射は砕ける。
「しまっ――」
「ゼィッ!!」
そして金的。
しかし、これでシロアは倒れない。
「<闇>」
だが、紫炎もここでおわれない。ようやく見えた突破口。
無駄にする訳にもいかない。
イメージするはガントレット。
腕に闇を纏い、右ストレートをシロアの顔にぶつける。
『黒煉』は鞘におさめる。ここからの勝負に刀はいらない。
「ほぉ、なら俺も乗ってやろう」
シロアも紫炎の行動の意味を察した。
つまりは、ここからは男の勝負。
「オォオラ!」
「ゼイッ!」
顔面を殴る。
シロアは防御魔法をガントレットと見立てて己の拳にまとわせる。
「そこだァ!」
「甘いわ!」
紫炎は空中を舞う。
「空中戦は得手じゃないな」
シロアはそう呟くと己の魔力を高める。
拳に魔力を込める。
「オォラ!」
紫炎のかかと落としがシロアの脳天に炸裂した。
「ふんっ!」
シロアは紫炎の足を掴むとそのまま引きずり下ろし、顔面に向かって魔力を溜めた拳を放つ。
「ぶへっ!」
勢いよく吹き飛ぶ。
しかし、踏み止まる。
リングの外へは落ちない。
「·····――制御装置解除」
紫炎が呟く。
瞬間、恐ろしいほどの力が具現化し、シロアに襲いかかる。
「こ、これは!?」
「お前が強いから、俺はお前に最大限の敬意として全力でぶつかる。お前は最高の技で受け止めてみろ」
「ふ、フフっ! いいだろう」
シロアは己ができる最高の技を発動する。
「防御魔法・派生<五重構造・絶壁>」
「じゃあ俺のとっておきを喰らってみろ!」
人外級のパワーとスピードをシロアにぶつける。
「<闇・ガントレット>!」
闇を纏う。
濃密な闇が紫炎の腕に絡まる。
「砕けちれぇ!!」
··········バリンっ
「フフっ面白いガキだな」
そして倒れるシロアを尻目に、紫炎は右拳を空に掲げる。
「勝者、小ぞ――シエン」




