5話 魔王の弟子
説明回です。
あれから三ヶ月。シルファーの弟子を宣言した紫炎は今、瀕死であった。
ビクビクと体を痙攣させながら、ぶっ倒れている。その目は死んだ魚のように生気が失われかけていた。
当然シルファーの修行のせいでこうなった訳で、そんなシルファーの修行とは至極簡単でシンプルなものだ。
まず実践、次に実践。更に実践というものである·····。
何故ならば、それは基本的な型を覚えた所で、それが本番つまり実戦で活かされるか? と言ったら答えは否だからだ。
実戦では、様々な感情が交差する。恐怖、焦り、緊張。それらが複雑に交差し、手元を狂わす。だからこその〝否〟である。
確かにそれは一理ある。基本的な型を覚えるよりも、より本番に近い実戦を行う事で、その状況に慣れ、合理的な動きを学ぶ事が大切なのだという事は。
その場において、最適な手を、有効な手を、そして最前の手を。自分で考え、模索する。最終的に、自分だけの戦闘スタイルを考え磨くことの事の大切さは重要であることは理解出来る。
「本番で出来るようになる為に練習し、基礎を学べ」と言う人がいる。実際それは間違いでは無い。だが誰にも得手不得手があるように、できる出来ないもあるのだ。
だからこそ、そんな無責任な事は言わない。そして、練習して出来るなどと思ってはならない。練習して完成するのはそれの模造品でしかない。ならばと必死こいて、模索し、完成させた自分自身の〝技〟が最大の武器となる。
これは、シルファーが考える教育理念であり、紫炎に求めるものである。
曰く、他人が考えた戦法では無く、自分自身の戦法で。他人の見よう見まねで無く、自分だけの型で。
〝己の技を磨き、作り出せ〟
──と言うものだ。それは分かる。分かるのだ。
だが、実践で、しかも戦闘経験ゼロの初心者に音速を超えてるであろう拳を誰が止められるであろうか。否、止められないであろう。
最初の頃の紫炎は内臓が破裂し吐血した。更には、腹に風穴が空いた。終いには顔が吹き飛んだ。
筋肉の崩壊なんて序の口。それ程までの修行をさせられたのだ。当然シルファーの手によって回復されるが、常人では絶対に耐えられない。
だが、紫炎は一切泣き言を言わないのだ。
(こやつ、本当に人間か? いや、本当にアイツなら、これは当然か·····)
これには、さすがのシルファーですら、泣き言を言わない紫炎に対して、驚愕している。
まぁ、嫌だと言って泣き叫んでも、やらせるつもりなのだが·····
とりあえず、この実戦の修行に加えて、この世界の知識、常識というのをある程度学んだ。
まず、ルファーという存在だ。紫炎がこの世界に来ることになったきっかけであり、魔王の名前である。
しかし、シルファーという魔王がここにいる。ドラ○エなどのRPGゲームでは、魔王は一人だと相場が決まっているのだが、現状魔王が二人いる。それについて不思議に思っていた紫炎が、シルファーに問いかけたのだ。
シルファーの返答は称号によって、その名を冠するという事だった。
それは、勇者も同じで。勇者とは、勇者という職業でもあり、称号でもある。光の場合は前者である。
職業は、またの名を天職という。それは、神が決めた職業で、光は、神が決めた勇者という事になる。
では、称号での勇者、魔王とは何か。それは、神が認めた存在である。この二つの違いは、至極簡単であり、決めたか、認めたかの違いだけだ。
神によって決められたのが天職であり職業だ。神が認めたのが、称号である。
砕いて説明すれば〝こいつに決めよ〟と〝こいつがいいな〟という事だ。
必然的に、職業での勇者や魔王より、称号での勇者、魔王の方がより本物という事である。
そして、ルファーの事だが。ルファーはシルファーの娘で、称号によりなった魔王である。
当然、称号により増える魔王だ。実際この世に複数人、魔王が存在している。それぞれ好き勝手なことをしているらしい。
さて、一通りの知識を学び、修行を繰り返した結果。紫炎は驚くべき変化を見せた。
「行くぞ、クソ師匠ッ!」
それは演技ではなく、本音。度重なるストレスによって、口調は荒く、髪はボサボサと不衛生である。
そんな髪色もストレスにより色素が抜け、真っ白な白髪になっている。加えて、狂犬ように鋭い眼光。
修行前までは何とか原型を維持していた制服はボロボロに、もはや治す手立てはない程になっている。
紫炎を回復させたシルファーは挑発し、紫炎に先手を譲った。実践の修行である。
「お主が、成長するのは口だけか? ったく、ほらかかってこい」
それを合図に、猛スピードでシルファーに迫る紫炎。
紫炎から放たれる右ストレートを、シルファーは易々と避け、突き出された腕を掴み、投げの体勢をとる。だが、それを分かっていたかのように、紫炎が投げられる寸前に足をシルファーの首元に巻き付け、軋む腕の痛みを我慢しながら、空いている左手で拳を腹部に放った。
こんな常識外れな修行を可能にしているのは、ひとえにこのステータスの変化のせいである。
黒井 紫炎 16歳
職業 勇者?
称号 転移者 絶望シタ者 理不尽ヲ恨メシ者
魔王ノ弟子
レベル1
攻撃 7500
防御 5000
抵抗 150
魔攻力 150
魔力量 150
能力 絶望 魔王(未継承)
このステータスのお陰で今シルファーとの修行を可能にしているのだ。
順番に説明すると、まずこの『魔王ノ弟子』という称号だが──
『魔王ノ弟子』魔王にその才を認められ、弟子になった者に送られる称号、魔王の力を継承する権利を得る。
この魔王の力だが、魔王の称号による効果である。複数の能力に加え、ステータス補正がかかるという代物だ。
次に、このおかしなステータスの変化だが、これは、純粋に筋トレを繰り返したお陰である。
だが、当然三ヶ月では到底身につかないステータスで、これは約一年をかけ、筋トレをした結果なのだが、それはまた別の話である。
最後に、レベルが何故変化していないのかと言うと、実に単純明解で、魔物を殺していないからである。
レベルが上がる仕組みは、魔素を取り込む事だ。
魔素と言うのは、大気中に含まれる物質の事で、この世界特有の物である。
大気中にある魔素をそのまま、体に取り込めば良いと思うだろうが、そうはいかないのだ。普通に取り込めばそれは、魔力に変換されるからである。
魔素という物質は、全ての生き物に作用する、毒のような物だ。そんな毒を、生き物は耐えられるように進化していったのである。
ならば何故紫炎は、この魔素に耐えられるのか? という疑問は称号『転移者』という答えで収まる。
さて、話を戻すが。つまり、大気中に含まれる魔素に耐えるために、進化して得たのが魔力というものとステータスというものだ。
体内に留めることも出来るし、その魔力をイメージ通りに体外に生み出すことも出来る。それが『魔法』と言われるもので、留めることが出来るのは魔力量というステータスのお陰である。魔法についての説明は割愛させて頂く。
そしてレベルという概念だが、これは、生き物が進化して得た、もう一つの力だ。
魔素には、魔力として体外にイメージ通り何か生み出す事が出来る。それが『魔法』だと前述したが、そんな夢のような事が出来るという良い話には、当然悪い話もあるものだ。それは、魔素の塊である全く新しい生物が生まれたという話。
無から何かを生み出すことが出来るという事は、無から新しい、器官、臓器、皮膚、眼球等が生成し、それで新しい生物を創り出すことも出来るという事だ。
こんな事をしたのは、大昔のある男性だった。天涯孤独の彼は、話相手が欲しかった。だから、魔素で生物を創作したのだ。それが始まりの魔物である。
そして、成功したのに味をしめた彼は、どんどん新しく創作していく、どんどん増えていく魔物だが、最初の内はまだ良かった。
理性が同時に造られたからだ。だが、集中力をかいたが故に生じる事態。そう、知性や理性を持たない獣と化した魔物の誕生だ。
その魔物は、欲望のままに動き、殺人を犯し、そして繁殖していった。こうしてこの世界に魔物という悪が誕生したのだ。
それに対抗する為、生き物は進化を繰り返した。そんな悪に立ち向かう為の進化を──それがレベルである。魔素を取り込む事で、魔素で体を強化し魔物を狩る。
そして、魔物を倒す事で、更なる魔素を手に入れレベルという強化をする。
ここで、何故、直接魔素を取り込まないで、魔物を通して魔素を得ないとレベルが上がらないのかという説明が出来る。それはひとえに深層心理の問題である。
魔物を倒すが為に、進化をした生き物の共通する深層心理。すなわち──
〝魔物を倒す為にレベルを上げる〟
──という事だ。
もちろん魔素を取り込む事でレベルは上がるが、その可能性はないと思い込んでいる。魔物を倒すが為に、レベルという物を進化をして得た生き物の共通する深層心理であるが故に。
それは称号でステイシアの住人と同じ体質になった紫炎にも適用され、だからこそレベルが変化しなかったのである。
どうやら、修行がひと段落したようだ。大の字で倒れている紫炎を見て、シルファーは頃合だと感じたのか、また唐突な提案をした。
「ふむ、ここまで強くなったなら、『終焉ノ迷宮』というダンジョンを攻略してこい」
また、と言うのはこれが紫炎にとって初めてでは無いからだ。もちろん弟子の時もそうだったが、他にも·····
確か、前回は、一週間、魔物に見つからずのサバイバル生活だ。
気配を消し、魔物と相対せずにサバイバル生活をしなければならなかった。
当然、今回のダンジョン攻略は、前回のサバイバル生活よりも、更に過酷である。
前回のサバイバル生活では、魔物に見つかるまいと逃げる事が中心であったが、ダンジョンでは、そう上手くはいかないのだ。
絶対的に魔物と戦わなくてはならない。対人では、色々な感情が交差するが、魔物が相手だと、相手は食欲という欲望のまま攻撃をしてくる。
当然、危険が伴う。
それなのに、シルファーはおどけた様子で、
「·····そう言えば、剣の扱い教えてなかった。すまないが、良い剣貸すから許せ·····」
などと言ってくるのだ。これにはさすがに紫炎も黙ってはいない。
「そんな軽く済ますなよ、おいっ! それじゃあ、俺が死ぬじゃねぇかッ!」
紫炎の叫びをまぁまぁと落ち着かせ、小屋から一本の刀を持ち出し、紫炎に手渡す。
「落ち着け、ほらこれやるから」
(おいっ、これ剣じゃねぇ刀だぞ? こいつ刃があれば全部剣だとおもってないか? しかし、この刀·····)
文句を心の中で呟きながら、渡された刀を見てみると、全体は黒で統一されており、抜くと刃まで黒い。そして中心には赤黒い線が通っている。
俗に言う黒刀である。
なかなか厨二心をくすぐる刀だ。
そんな刀をニヤニヤしながら見つめていると、ボロボロの制服を見て何かを思い出したのかシルファーは言う。
「さすがにその服装だと死ぬな、ちょっと待ってろ」
そして小屋から取り出してきたのは──
「これは、ケルベロスの毛皮から作ったコートだ。そこら辺の鎧より防御力はあるから安心しろ」
試しに羽織ってみるとなかなかに似合っていた。しかし、地球人から見ると厨二病だと言われそうではあるが。
「ふむ。なかなかいい感じに決まっているじゃないか·····あと言っておくが、その刀の名前は『黒煉』だ、間違えるなよ。怒られるからな」
「は? 怒られるって、誰にだよ?」
「『黒煉』に決まっているだろう。作られて長い年月をたった上位の武器、魔剣は自我をもつと教えただろう」
(そう言えば、そんな事を言ってたな)
武器は長い年月をかけ、その身に自我を宿す。これも無から生成出来る魔素だからこその現象である。
『あなたが、今代のマスターですか?』
「ん? 今なんか女の子の声が聞こえて来た気が·····」
『はい、私の声ですね』
紫炎の頭に直接、可愛らしい声が響く。
「確か『黒煉』だったか? 俺は紫炎だ、よろしくな」
『はい、よろしくお願いしますマスター』
「今回のダンジョン攻略に『黒煉』を渡す。もうこれで『黒煉』は、お前の物だ。戻ってきたら、名もやるから、頑張って攻略して来い」
名とは、一種の呪いだ。込める意味、由来、思いで、その者にステータス補正をかける。これには大量の魔素を使用する為、そうそう出来る技ではない。魔法の一つだ。
尚、生き物がそれぞれにある名とは、このような呪いもあるが、識別の為につける名もある。それが人間の名前なのだ。
そんな識別ではない呪いの名をくれるのなら、有難く貰った方が良いと紫炎は、気張って走り出す。
ダンジョン『終焉ノ迷宮』へ──
オリジナリティを出すために、色々と設定を考えたのですが、上手く伝わったでしょうか。伝わったのなら嬉しいです。