42話 S級試験 前編
1話で終わんなかったぜ。前編と後編で分けました。
「さぁ、皆さん。運命のS級試験が始まりますッ! おいっ貴様ら準備は良いかァー!」
「「「「「「ウォォォォー」」」」」」
S級試験をやるべく、どこかコロッセオの闘技場を彷彿とさせるギルドの闘技場まで出場した紫炎とクレン。
そんな2人を迎えたのは、熱血なバニーガールの服装をした女性実況者さんと、これまた熱血な歓声であった。
「あれ? こんな熱血な感じなの?」
「そうだよ。いつもS級試験はこんな感じ」
紫炎にとっては、思いもしなかった熱血な歓声に若干気遅れてるが、クレンにとっては常識らしく、差ほど動じてない。なんでも、このような熱血騒ぎは古今東西、大陸が違えど、どこも同じのようでラヴァンでも同じ感じであったという。
「では、我らが国の騎士団長であるムート様の出場だァーッ!」
「「「「「「ウォォォォー。待ってました〜」」」」」」
そうしてリングに上がるムートと、弟子らしき少年。その少年は虚ろな目でじっとリングを見ており、その肌は褐色である。髪はボサボサでまとまっておらず、着ている服は布切れ1枚という、対決ではまず見ない服装だ。
「そして、それに対抗するのはッ! 新参者だが、その実力は未知数。A級冒険者シツの登場だァーッ!」
「「「「「「ウォォォォー」」」」」」
そして、紫炎とクレンがリングへと向かう。そしてリングに登った瞬間伝わってくる尋常なる気。そう少年の殺気だ。紫炎の本気と何処か似た禍々しい力が具現化してるような濃密な殺意。
(なるほどね。確かにこのぐらいの殺気を放てる10歳児なんて居るわけないな)
ここに来て、紫炎が昨日ムートが言った才能の本質を見抜く。
実践の対人戦で最も必要な才能それは、勝負に物怖じしない才能だ。
そしてリングに上がった瞬間に分かった。少年は緊張も恐れも感じていない。ただ単に勝つ事しか考えていないのだ。そう、殺してでも勝つという事しか。
それが濃密な殺意となってこのリングを埋め尽くす。それがダイレクトに紫炎へと伝わったのだ。
(そりゃあ、クレンが負けると思うわな)
だが、紫炎のその目は諦めていない。それはクレンも同じく、その目にはまだ光が残っている。
「なぁ、クレン。あいつが恐ろしいと思うか?」
「いや、思わない。だってシエン様がいるだもん」
紫炎と同じぐらいの気を放つソレを、クレンは間近で見て、受け止め更に前へ踏み出そうとしている。
そんな自慢の弟子を見て、紫炎は思う。
(こいつは、俺よりもずっと強いな。そしてアイツよりも)
それはお世辞なんて一切ない紫炎の褒め言葉。クレンならサミリア戦で紫炎や梓人みたいに絶望せず、希望を持ち続けたまま勝利を掴み取ったかもしれないと今この場で紫炎は確信したのだ。
紫炎はサミリアとの戦いで前を向く本当の意味を知った。それは”誰かと共に歩むという事”だ。
紫炎が、最初ずっと目標にしていた大臣への復讐では神は認めなかった。何故ならそれは、私利私欲であるからだ。それは真に前を向いたことにはならない。誰かと共に生きていく事が真の前を向くという事なのだ。
そんな力を強く持っている自慢の弟子に最大のエールを送る。
「クレン安心しろ。何度も言うがお前は強い。しっかりと俺に見せてくれよ」
が、それにクレンが返事をする暇もなく、突然、バニーガールさんが慌てふためいた様子でマイクから声を発する。
「あ、あぁー、えーと。今回の試合のみ。タッグバトルで行います。実行委員会が決めたルールですので異議は認めません。もう一度繰り返します·····」
曰く、今回の参加者はたったの2名。弟子含め4名なので、イベントとしてどうなのか? という審議が起こり、このような対処をとったのだと言う。
そんな中紫炎にサミリアから<通信>が届く。
『御主人様、どうやら大臣の仕業らしく、まだ御主人様が弱いと思っているようです』
見れば1番上、闘技場を良く見渡せる所に、国王であるグレスを含め、テレス、シリス。そして大臣が観戦に来ている。グレスやテレスは驚いた様な表情で紫炎を見つめ、シリスは無表情で紫炎を見ている。どことなく目線から謝意が伝わってくる。大臣は相変わらず下卑た笑みを浮かべている。そんな彼らを一瞥し、紫炎はサミリアに返信する。
『サミリア。取り敢えず俺の影に移動しててくれ、何かあった時の対処を頼みたい』
『分かりました』
こうして、色々と想定外なS級試験が、バニーガールさんの一言で幕を開ける。
「では、急遽タッグ戦となりましたが、野郎共ぉーッ! 試験を開始するぞぉー!」
「「「「「「ウォォォォー」」」」」」
「準備は良いかァー!」
「「「「「「ウォォォォー」」」」」」
「では、試験〜開始ッ!」
「「「「「「ウォォォォー!!!」」」」」」
熱血な歓声で闘技場は震え、ルファー含めた光達勇者組も負けじと紫炎やクレンを応援している。
「しょうがない。クレンやるぞ」
「了解。シエン様」
こうして両者いっせいに動き出したのである。まず最初に攻撃をしたのは意外であったが、少年であった。今この場までムートと共に声1つ上げてこなかった少年が初めて声を漏らす。
「君たちは何処まで耐えられる?」
無邪気な年相応の笑みと共にイカれた蹴りが紫炎を襲う。
「ガキが調子に乗るなよッ!」
少年の蹴りを拳で受け止め、受け流し左拳で腹を殴る。この間僅か2秒の攻防である。
「王国剣術 飛び突き」
おかしな技名と共にムートが紫炎の後ろに回り、突きを放つ。だが、それは当然ただの突きでは無く、技名の通り飛ぶ突きである。原理は『魔斬』と同じだ。魔力を飛ばす技。だが、難しさは『魔斬』程ではないが相当な鍛錬が必要である。
「そんなもん『魔斬』に比べたらチョロいんだよ」
もちろん本物の『魔斬』を見たことがある紫炎にとっては下位互換である『飛び突き』なんてへでもない。
そんなムートの後ろで小さい人影が動く。
「やぁ」
そんな可愛い声をあげてムートの左腕を斬ったのはクレンだ。
「クッ、くそ背後をッ!」
そう。紫炎目掛けてムートが移動してたのは知っていたクレンは、誰にも知られず最高のスピードでムートの背後を回り、技を放った後に生じる体の硬直化を見極めその腕を切断したのだ。
技の後の硬直化それは、魔力を使った技の後に起こる現象である。少なからず体の中に存在する魔力量から消費して使用する技には僅かな脱力感と共に硬直化が起こるのだ。だが、それはコンマ1秒にも満たない僅かな時間。それを、クレンは見きったのだ。
「ムートの腕を切るなんて·····。そこの女の子強いね」
「よそ見をするなよッ!」
そんな戦いを見て賞賛の声をあげる少年に紫炎は高速で向かい、<闇>を纏った拳で殴りつける。イメージしたのは小手。その攻撃力は紫炎のステータスも相まって甚大だ。
「お兄さんも、中々に強い。これじゃあムートは殺されちゃうかな」
冷静に紫炎の戦闘力とクレンの戦闘力を見切る少年は、ただ冷酷にムートの未来を決定づける。
そんな目にも止まらぬ攻防を見ている観客達はルファー、ユグとシル。テスタ、そしてシリスを除き全員が驚きと圧倒的な熱気で歓声をあげている。
ルファー達にとってはこれは驚くべき事ではなく必然で、シリスにとっては熱血な歓声を上げるのではなくただ勝負の行く末を見守っている。
だが、ルファー達の様に当然のように観戦する訳でもなく、シリスの様にただ静かに勝負の行く末を見守る訳でもない、慌ただしく、だが、怒りを滲ませ、その額にはほんのりと汗を滲ませる人物がいる。大臣である。
「クソッ! あのムート奴全然役立たずでは無いかッ! どうする? どうするッ!」
グレス達の目を盗み、観客席から脱した大臣は1人廊下で焦っている。爪を噛み、足踏みを激しくし、怒りを表すその姿は非常に醜い。
「そう、そうだ。まだあやつが負けた訳では無い。いやだが、あの野郎見違える程では無いかクソ、いつの時代でも忌々しいヤツめが」
そんな大臣を見るものは誰もいないのであった。あるいはここで誰かが見ていればこの後に起こる王国最大の悲劇を止められたかもしれない·····。
叫び方を「ウォォォォー」以外知らずワンパターンになってしまいました。代案があればアイデアをくださると嬉しいです。
誤字脱字、日本語の不自然な部分があればご報告下さい。




