40話 S級試験 前夜
すみません。まだ試験じゃないです。
ムートが部屋を出ていく。その後ろ姿を見ながら先程のやり取りを黙って聞いていたクレンが小声で囁く。
「本当に勝てるか不安になってきちゃった」
それは不安気な声、あの馬車の時に聞いた声と重なる程の。だが、気持ちは分かる。あそこまで断言されたら普通は不安になるのだ。如何にステータスが馬鹿げているとはいえ、紫炎だってシリスの魔力量には適わなかった。上には上がいるもんである。
だからこそ、クレンは不安になってしまった。俯き暗い顔をしている。さすがの様子にユグ達も黙って紫炎を見ている。どうやら紫炎の言葉を待っているようだ。
それを感じたのか、紫炎が髪を荒々しくかき、ポンっとクレンの頭に手を置く。そして優しく、だが、力強い声ではっきりと言う。
「大丈夫。クレンが勝つよ。さっきも言ったろ? 俺の自慢の弟子だ。あいつが言ってたのなんて関係ない。お前らしい戦いをしろ」
確かに先程もムートに向かい紫炎は言った。
『俺の弟子をナメるなよ?』
だが、実際クレンにとってそれだけでは不安だったのだ。それはムートに言ったのであって、クレンには言ってないのだから。
だから今の紫炎の言葉は嬉しかった。本気で言ってくれているのだとダイレクトに伝わった。そして満開の笑顔と共に今日イチの大きな声で、
「はいッ!」
と言うのであった。
その夜。皆が寝静まった時に、ある人影が動く。その正体は紫炎だ。
あれから何事も無く1日が過ぎ。明日の試験の為にと寝ているクレン達を起こさずそろーりとベットから抜け出す。
と言うのも、サミリアからの報告を聞く為である。
部屋の中で小さく、サミリアを呼び、その影からサミリアが姿を現す。
「お呼びですか? 御主人様」
「あぁ、報告を聞きたい」
「もしかしなくても大臣の事ですよね?」
「そうだ」
それから全ての報告をサミリアはした。包み隠さず忠愛たる主の為に。
「そうか、冒険者ギルドをバックにつけること悟られていたか」
そして報告にはもちろん大臣の行動も含まれている。そして紫炎が言った通り、冒険者ギルドを味方につけることを悟られていたのだ。
今まで紫炎が頑なに大臣よりもS級試験を優先しようとしているのかは知っての通り冒険者ギルドを味方につけるためだ。
S級冒険者とは国の宝と言っても過言ではない。その力は絶大で、それはもう色んなサービスが受けられたり、今の紫炎達の生活よりも凄い支援を受けれるのだ。
そして、そのような人物となれば当然大臣にとって紫炎は消せない存在になる。何故なら冒険者ギルドからの国への信頼が無くなったり国民からの信頼が無くなるからだ。
シリスから聞いた全ての大臣の言動を正当化してまう事だって、国民やギルドにとっては関係ない話である。だからこそ先にS級冒険者になりたかったのだが、
今朝のあの1件。そしてギルド嬢の言葉。つまり、大臣がギルドまでをも手中に収めようとしているかもしれないと言う不安。
指導力としてズバ抜けている騎士団長。そして人材は大臣が選ぶ、十中八九何かしらの事をしてくるに違いない。だからサミリアを呼び大臣の行動を聞いたのだが、思ったより、いや結構なクソ野郎であった。
曰く、大臣は念の為にと紫炎が生きていた場合も考え、そしてそれが自分の驚異になると時の保険として、前もってムートに渡す人材を確保していたようだ。人体実験の成功者として·····。
人体実験それは地球でも、そしてステイシアでも禁忌と言える実験であろう。サミリアが言うにはクレンと差ほど変わらない少年らしく、今回の実験で成功したのは彼ただ1人だと言う。
そして大臣が行った人体実験とは、魔物の遺伝子と結合だそうだ。魔物は魔素で作られている。当然臓器が1から作られている魔物にはDNAがある。
その遺伝子を人体に結合するなんて鬼畜の所業である。覚えているだろうか? 魔素は元々人間いや生物全般にとって毒素であることを。
そんな魔素の塊で作られている遺伝子を人間と結合すると言うのは、それはもはや人間では無い存在なのだ。
そう、結合した完成体は人間ではなく、魔人なのだから。
そんな新しい生命体を一体なんの為に創作したのかは分からないが、大臣には殺意しか湧かない。このようなクソ野郎はどこの世界にも共通として存在するものだ。
「分かった。これからも引き続きよろしく頼む」
「分かりました」
そして、再び影に同化し消えたサミリアを見つめ紫炎は大臣に対して1層怒りと殺意が増したのであった。
これでようやく明日から試験でございます。
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