4話 初エンカウントしたモンスターは·····
扉から現れたその中年男性の姿は普通ではなかった。ラフな格好に身を包んだ銀色の髪に髭を生やした偉丈夫。
そして一番目を引くのはこの額から生えた立派な角だろう。歪に曲がった角はRPGで言うところの魔王であった。
(えっ!? 何この威圧。ちょっと待って·····何その角。The魔族感が凄い。にしてもその格好よッ! 何とかならなかったのか)
紫炎はその姿に心の中でツッコミを入れるが、男はそんな紫炎の心など知る由もなく、ハスキーボイスで紫炎に問いかけた。
「何故、ここに来れたのだ?」
余程、ここに人間が来るのが珍しいのか、男は警戒心を強めていた。見ると拳には力が篭っており、発言次第では紫炎の命は無い。
(こちとら転移されただけだからなぁ、でもここで全てを話すのはダメか)
紫炎は考え、無難な返答に落ち着かせた。
「すみません、道に迷ったとさっき言ったのですが·····」
「道に迷うだけでここまで来れるはずがなかろう」
やはり、ここは危険な森らしい。ここまでモンスターが出てこなかったのが奇跡に等しいだろう。
それを理解した上で、冷静に考えた。
(どうやらこいつにとって、人間という存在は珍しく、人間は立ち寄らない危険な場所と考える方が妥当だな)
紫炎は決して、ここまで冷静に頭を働かせるほど冷静沈着ではない。むしろ、こうなってしまったという表現の方が正しいだろう。
この世界に来て、理解も浅いまま追放を受けた。それに対しての憎しみと怒りが紫炎の脳を、体を極限まで最大に動かしている。全ては大臣を殺し、元の世界へと手がかりを手に入れるために。
故に冷静に考え出した言葉を紡いだ。
「もしかしてここって危険なところなのですか?」
知らないふりだ。無知なふりをすれば必然と情報が手に入る。そう紫炎の見込み通りに男は話し出したが、その答えは紫炎の予想の斜め上だった。
「危険も何もここは終焉の森。魔王である我の土地だ」
魔王、魔王? 魔王!? 衝撃が大きすぎる言葉に紫炎は冷静な考えが吹き飛び、思わず男に迫った。
「ちょっと待てや、なんて言った今ッ!」
そんな紫炎の言葉に男は眉をピクリと動かし、もう一度現実を伝えた。
「聞こえなかったのか? 我は魔王。魔王シルファー。この終焉の森の所有者だ」
(聞き間違えじゃない。本当に魔王だと·····魔族でさえヤバかったのに余計に生存確率が下がるじゃねぇか。クソッ! こういう時って序盤スライムとかだろが!)
初エンカウントしたモンスターは魔王様でしと素直には認められない現実に紫炎は焦りと緊張で汗を吹き出している。
そんな紫炎を見つめるシルファーの瞳が怪しく輝く。それは何処と無く大臣の色と似ていた。
ひとしきり見終わったのか、輝きが失せるとシルファーは途端に笑いだした。
「お主、面白い称号を所有しておるな? ほう、能力『絶望』か」
途端に笑いだしたシルファーを訝しげに見ていた紫炎の目が見開く。
(あいつは今なんて言った? 『絶望』だと? 何で、何で──)
「なんで俺のステータスを知ってるんだ?」
思わず出た言葉に紫炎は急いで口を塞いだが、もう遅い。しっかりと紫炎の言葉を聞いたシルファーは意外と素直に答えた。
「我は能力『鑑定』を持っておる。当然お主のステータスが見えるのだ·····にしてもお主、能力の割にステータスが酷いな。魔力量なんて補正抜いたら100ではないか」
シルファーの馬鹿にした言葉に紫炎は恥ずかしさを覚える。しかし、シルファーの興味はそこでは終わらない。
「それに転移者とは珍しいな、という事は異世界人という事だな。それにこやつ·····」
そこで初めてシルファーは言葉に詰まった。一分という時間が経ち、シルファーは呟きにも似た声で言った。
「どうだ? お主、我の弟子にならんか?」
「はっ!?」
すっとんだ声をあげ、驚きを隠せない紫炎に苦笑を混じえたシルファーが、聞こえなかったのかともう一度繰り返す。
「だから、我が弟子にならんか? と聞いているのだ」
聞き間違えじゃないことを理解した紫炎はゆっくりと冷静さを取り戻し、考える。
(ここは、素直になった方が良いか? いやなった方が良いな。もしかしたら·····って言うこともあるかもしれないが、この状態でいるよりマシだろう。それに飯も確保出来るし、どんな理由であれ強くなれるのなら·····アイツを殺せる)
大臣を殺せるなら、どんな犠牲を払っても力を得る。その為に、紫炎は言った。
「俺を弟子にしてくださいッ!」