1-1 すまん、私にラブコメは無理そうだ。
この国では30年ほど前から、職に就かないことが罪とされるようになった。
人口減少とかがその理由らしい。仕事ができる年齢の人間がどんどん減っているぶん、その世代の人間は総動員させるんだって。
小さい頃から親戚のおばちゃんには、「警護は将来何になるんだろうねぇ〜」なんて言われてきたが、俺のこの名前からして、将来の仕事はきっと母ちゃんの腹にいるときから決まっていた。
幸いというべきかなんというか、俺には小さい頃からなりたいものなんかが無くて、両親の望み通り警察官になる道を選んだ。
酒井警護、15歳。晴れてこの春から職業学校デビューである。
ジョブスクールは、この国の人間が義務教育を卒業したら必ず入らなければいけない学校である。(「必ず」だから、これもある意味義務教育なのかな...?)
自分が一生連れ添う職業をひとつ決めて、その分野だけを専門に学ぶことのできる教育機関。若者たちは成人するまでここでその仕事について学び、そのかわりに卒業後は選んだ職業への就職が約束されているのだ。
「勇護学園」。公務員を養成する名門校に、俺は晴れて入学することができた。
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入学してからはや1週間。楽しい楽しいジョブスクールライフ♡
...は案外足早に過ぎ去って、ぼーっとしている間に2週目へ突入。
入学式で一目惚れされた女の子に告白され、クラスの連中よりひと足早くリア充デビュー...とか、想像してみたりしたけれど、やっぱりそれは部屋の本棚の中身だけの話だったよう。
授業が始まってみれば課題に追われ、毎日の訓練、教官からのパワハラに耐える日々。
わかってはいたけれど、思っていたよりもずっと俺のジョブスクールライフは「薔薇色」ならぬ「グレースケール」だ。
しかし、そんな毎日に一筋の光がさしたのは、案外早い2週目の初日のこと。
「酒井警護くんいますか」
教室と廊下とを隔てる扉の傍に、美少女が立っていた!
黒髪のロングストレートの髪の毛が、漫画のメインキャラの登場シーンの如く、風によってさらさらと揺れている。
少しつり目気味だがぱっちりした瞳に、瞬きをするたびにばさばさと音を立てそうなほど、長いまつ毛。
薄い唇の色は、ただ今校庭にて絶賛咲き誇り中の桜の花びらを彷彿とさせた。
なんだなんだ、思わせぶりな神様め!リア充展開あるんじゃないか、捨てたもんじゃねぇな人生も!俺は無意識のうちに表情筋が緩み、たぶん効果音をつけるとしたら「ヘラァ」って感じの顔になっていた。
よかったな、美少女さん!酒井のココ、まだ空いてますよ!
俺は心持ちスキップをしながら、扉へ急いだ。
「はい、俺ですけど」
俺が返事をすると、美少女は微笑んだ。
「あ、あなたですよね、酒井くん。私、堺教香。隣の教育学科の1年」
勇護学園だけでなく、多くのジョブスクールは学園内に様々な学科を置いている。
俺の警察官科は文字通り警察官を育成する学科だが、彼女の所属する教育学科は、ジョブスクールに入る前の子供たちが通う義務教育学校の教師になるための学科だ。確か、隣のクラスだったと思う。
「君、入学式で新入生代表挨拶を読んでた子だよね?苗字同じだったから覚えてるんだぁ」
堺さんの表情が、まるで一瞬にして花が咲き誇るように綻んだ。
その笑顔にドキッとして、おもわずドキマギしてしまう。
「あ、う、うん...。そういえば苗字、同じだな」
「そうなの!って言っても、多分漢字は違うでしょ。私の「さかい」は、土へんに世界の界だから」
堺さんは、その凛とした見た目からは想像できないほどよく喋る。黙って聞いていたらどんどん話題があちこちに飛び火して、何を言っているのかよくわからない。俺は話題を元に戻すように誘導した。
「...それで堺さん」
「ああ、教香でいいよ。タメなんだし」
「...きょ、教香はさ、ここに何しに来たの?俺になにか伝えに来たんだろ?」
教香は目を丸くして「あ!」と声をあげた。どうやら本来の目的を本当に忘れていたようだ。
「そうだそうだ〜、ごめんごめん。忘れてたよ。それでね」
教香は続けた。
「酒井くん、入学式で新入生代表の挨拶してたでしょう。ってことは、今年入学した1年の中でもかなり頭のいい人だってことだよね、違う?」
教香は詰め寄る。
確かにそうだ。俺はもともと勉強がそこまで苦手ではない。義務教育学校時代もほどほどに勉強して毎回良い成績を出していたので、きっとそれが学園側の目に止まり、挨拶を依頼されたのだろう。
「だからさぁ、そんな頭のいい酒井くんに、折り入って頼みがあるんだぁ。今日の放課後もし空いてたら、教室に残っておいてくれないかなぁ。来て欲しい場所があるの」
教香は両手の平を合わせ、「お願い♡」のポーズをする。
美少女にこんなにまでして頼まれれば、俺の中にNOという選択肢はなくなる。美少女免疫がない俺にとって、今ならコイツに借金の連帯保証人になってくれと言われても勢いで頷いてしまいそうだ。
俺は、「おう、も、もちろん」と頷く。
その瞬間、教香の顔がぱぁっと明るくなって、
「本当に!?ふふっ、うれしい!じゃあ、放課後迎えに来るからね!ここで待っててね〜!」
教香は一方的にまくし立て、足早に隣の教室へと去っていった。
放課後、か...。
女の子に「放課後話したいことがあるの、教室で待ってて♡」なんて言われたことがないわけだし、異様に期待してしまう。
「頼み」だと言ってたくらいだから告白とかじゃないにしろ、ラブの予感をひしひしと感じる。
いいじゃないか!この『小説もどき』がSFカテゴリからラブコメになったって!俺、大歓迎だぞ!
希望にドキをムネムネさせながら、約束通り俺は、授業を全て終えたあとも教室に残っていた。
しかし、「放課後迎えに来るからね!」と言っていた割には来るのが遅く、授業が終わって約30分が経過。そこでやっと教香が姿を現した。
「ごめんねぇ、酒井くん!ちょっと色々立て込んでて...」
「いや、大丈夫。それで、話ってなに?」
緊張してるのを悟られるのが嫌で少し素っ気なく返したが、実は内心ドッキドキである。今にも心臓が爆発して、四方八方に飛び散りそう。
しかし教香はそんな俺の気持ちを察したようで、
「...酒井くん、なんか緊張してる?」
図星である。
驚いて何も答えられずにいると、教香は静かに微笑んだ。
「大丈夫。なにも怖いこととか、脅しとか、金銭の要求とかそういうのはないから。さっ、行こ」
教香はさらっと怖いことを口走って、俺の手首を掴んだ。
そしてそのまま走り出す。俺は訳の分からないまま、強引に連行されていく。
「ど、どこ行くんだよ!」
教香は振り向くこともせず、さらりと答えた。
「ブシツ」
ブシツ?『物質』...?
言葉の意味がわからないまま、1分も経たずに教香は立ち止まる。
そしてやっと俺の顔を見た。
「酒井くんに来てほしかったの、ここに。さ、入って」
教香が立ち止まったのはある部屋の前だ。
冷たく佇む扉の上には、控えめに「電脳戦闘部」と看板が掲げられている。
教香は扉を開き、俺に入室を促した。お言葉に甘え、部屋に入る。
部屋はこじんまりとしていた。俺たちが普段生活している教室の3分の2くらいの大きさで、中央に大きい机、パイプ椅子、そして壁を沿うように本棚が並べられている。
「あ、会長いないんだ」
教香は部屋を見渡す。
この部屋にはいつも「会長」と呼ばれる人がいるのか。
何気なく、素朴な疑問を頭に浮かべた、その時だった。
ガラッ!
俺たちから見て正面の壁に取り付けられた窓が、勢いよく音を立てる。
窓からは1人の男がこちらを覗いていた。
「あっ、会長!」
教香の声に、男はニカッと笑む。
「教香〜!お前は優秀だなぁ、部長の俺より先に来るとは!...おっ、その男は...」
男は俺の方を見る。
「なんだなんだぁ、教香!入学早々早速ボーイフレンドかぁ?部室に男を連れ込むのは上級生になってからにしなさい!」
「違いますよ、例の部員候補です!インテリ担当として!」
教香は激しく抗議する。
男はそれを聞き、そうかそうかぁ!と頷きながら、勢いをつけて部屋に入ってきた。
「あと会長、ロッククライミングの練習とか言って壁から部室に入ってくるのはやめてください!心臓に悪いです!」
教香の言葉に、俺は大事なことを思い出した。
そうだ。そういえばここは2階じゃないか!
コイツもしかして、2階の教室に外から、しかも壁を伝って入ってきたのか...?
「教香、これはしょうがないんだ。ただ階段を登ってここに来ただけでは一部の筋肉しか鍛えられない。しかしどうだ、壁なら!指の先からつま先まで、ありとあらゆる筋肉が同時に鍛えられる!一石何鳥にもなるんだ!ムキムキマッチョも夢じゃないぞぅ!」
男は力こぶを作ってみせるが、言葉とは裏腹に、かなり貧弱な白い腕を覗くことしかできない。
男は警戒しまくっている俺を気にもとめず、手を差し出す。
「俺は消防士科6年の綾小路炎児!そしてこの電脳戦闘部の部長、またこの学園の生徒会長を務めている!話には聞いているよ、宜しく、酒井警護くん!」
綾小路会長は握手を躊躇う俺の手を無理やり取り、上下に激しく揺らした。
先程から筋肉筋肉と言っている割に、会長の腕は細く、肌は白い。壁を登ってきた力は一体どこにあるんだろう...。
「さて、それでは部活動についてだが...」
「ん?...ちょ、ちょっと待ってください」俺は会長の話を遮る。
「さっきから部活部活って言ってますけど、一体なんの話ですか。俺、何も聞いてないです...」
俺の言葉に、会長はじろりと教香をにらむ。
「ダメじゃないか教香...。いくら部員を集めたいからって、何も話さずに連れてくるなんて」
「ううっ、しょうがないじゃないですかぁ!だってこのままじゃ、電脳戦闘部は同好会になっちゃいます!私、この部の為にこの学校入ったのにぃ!」
教香は涙目で言い訳をする。
...よくわからないが、教香たちは俺をこの部に入れようとしてるのか...?
どうして、なんのために。大体、ここが何をする部かもわからないのに。
頭の中に大きな疑問を抱えた俺を見て、会長はため息をついた。
「確かに、部員が増えないとこの部活の存続の危機だ。警護くん、話だけでも聞いていってくれないか」
会長の真剣な表情に、俺は思わず頷いてしまった。
《つづく》