1分程度で読める、掌編小説集です。「こちら」から、他の掌編小説を読みにいけます。
サンマ、生まれ変わる
完全なおふざけです。
荒ぶる波に揉まれながら、俺は今日も一尾海を泳いでいた。
魚群からはぐれてしまったが、関係無い。
北太平洋の宝刀を自称していた俺に、敵う敵なんていなかった。
北から南へと旅をしていたある時、俺は少し先を浮遊しているプランクトンに目がいった。
よし、今日の獲物はあいつにしよう。
そう心に決めたならば、後は行動するだけだ。
極寒の海で磨かれた刀身に全神経を集中させ、渾身の一太刀でプランクトンとの距離を詰める。
俺の太刀筋から逃れたやつなんていやしねぇ。必殺の辻斬りを食らいやがれ……!
俺は今日も戦いに勝利する、
はずだった。
俺はプランクトンにばかり集中していて、横から迫り来るアザラシに気が付かなかった。
抵抗しようとも時既に遅し。完全にアザラシの射程圏内に入っていた俺は、抗う間も無く捕食された。
ーーーーーー
「突然ですが秋刀魚さん、あなたには転生してもらいます」
暗闇の中で、唐突に誰かが声をかけてきた。
「至急、オホーツク界へと向かってもらいます。そこで、世海を苦しめているネズミザメを倒してもらいたいのです」
……もう一度、俺は魚生をやり直せるってのか。
「はい。どんな魚に生まれ変わりたいですか?」
俺は、自分の弱さを知っちまった。
だからまずは、この弱さを受け入れるところから始めたい。
「分かりました。では、あなたを鰯に転生させます」
あぁ、ありがてぇ。
「それでは頑張ってきてください」
ーーーーーー
謎の声はそこで途切れた。
それと同時に、俺は知らない海で目が覚めた。
……くくく。なるほど、これが鰯の身体か。確かに弱っちそうだ。
以前のような力は感じないが、それでいい。俺はここから鍛えていくんだ。
新たな魚生を得た彼は、新たな心持ちと共にヒレを動かした。