31話 くず魔石
店の奥につづく扉が開いて、上機嫌のルカが姿をあらわした。
「は~、すごいよ。すごいよスライム」
ルカの感想は簡潔で、実感がこもっていた。
なんとなく自分も褒められた気がして、マルコ、内心ガッツポーズ。
オキアも、うんうんと、
「おっ、いいじゃん」
ジュリアスも同意を示すように、無言でうなずく。
男性陣の素直な賞賛に、ルカはうれしそうに胸をそらした。
彼女の肌は、玉のように磨きあげられていた。
もともと整った顔立ちと、香油を塗りこんだ長く艶やかな黒髪とがあいまって、まるで良家のお嬢様のようだ。
「いかがでしょうか」
店主、フレーチェは、にこやかな笑みを浮かべて言った。
その笑顔には、己の仕事に対する自負がにじんでいる。
「お見事。さすが聖都で店を経営するだけのことはある」
マルコは声に万感の思いを込めた。
スライム使いは、ただゴミ処理をするだけが能ではない。
フレーチェは、スライム使いの可能性を切り開いたのだ。
そう思ったとたん、なぜだか目頭が熱くなって、視界がぼやけてきた。
マルコはあわてて、目元を手で押さえる。
「それで、あなたの目的はいったい何なんですぅ?」
フレーチェは笑顔をおさめて、真剣な口調で訊ねた。
――魔大陸でスライム使いの道を極めたマルコは、弟子を探し求めていた。
そして、聖都で興味深いスライム使いの噂を耳にした。
それがフレーチェだったのだ――
マルコがそう説明すると、フレーチェはいぶかしむような表情を浮かべた。
「スライム使いの弟子、ですかぁ?」
妙な表情を浮かべているのはフレーチェだけではない。
まるで、弟子を求めてイスガルド大陸にやってきたかのような物言いに、同行者たちも少しあきれたような顔をしていた。
フレーチェは首をかしげて、
「いきなり、そんなことを言われても……」
湯飲みを手にする。
ひとくち飲んで、カッと目を丸くした。
「う、美味いですぅ! これがスライム……」
湯飲みの中身は、マルコが召喚したスライムをお湯で溶かしたスライム茶である。
ちょっとした肝試し気分だが、色も味も、ちゃんとお茶している。
「こ、これが、スーパースライムクリエイターの力……」
「……それは忘れてください、お願いします」
マルコは、ばつが悪くなって目をそらした。
なぜあんな名刺を出してしまったのか、とため息をつく。
失敗を引きずってもしょうがない。今は弟子の獲得に全力を尽くさねば。
「いきなりの話に面食らうのも当然だと思う。でも、俺は本気だ。
スライム使いが日陰者なのは、弱いと思われているからだろ?
なら、強くなってしまえばいい」
これに感じ入るものがあったのか、フレーチェは表情を引きしめた。
関心はあるようだ。
マルコは、スライム使いの強化方法を語りだした。
しばらくして、大まかな概要を理解すると、フレーチェが眉間にしわを寄せた。
「つまり、スライム使いの極意は、エレメンタルスライムの召喚とマテリアルスライムへの変質にあり、ということですか」
「その通り」
「でも、魔大陸まで足を伸ばすのはちょっと無理ですぅ」
フレーチェの表情が、かげる。
エレメンタルスライムやマテリアルスライムといったスライムの上位種に会うには、魔大陸に渡らねばならない。
マルコが召喚することもできるが、それはあくまでマルコのスライムである。
フレーチェにスライム使いの才能があるとはいえ、マルコの召喚したスライムを倒したところで、自分の従魔にできるわけではない。
もちろん、より高度な召喚なんて真似も、とうてい不可能である。
「問題はない。それはあくまでも到達点だ。この場所でも、出来ることはたくさんある」
話を聞いたところによると、フレーチェは生まれたてのスライムを捕まえ、エサを限定して育ててきたそうだ。
その結果、彼女のスライムはただの汚い溶解液ではなく、それぞれに特徴を持った能力を身につけるに至った。
炎の魔石ばかり食したスラファニー。
氷の魔石だけを吸収したスラザベス。
そして、薬草のみを与えられたスラスタシア。
やたら金がかかりそうな育成方法だが、実家が金持ちなのだろうか。
マルコはそう思ったが、彼女なりにいろいろ工夫はしていたようだ。
炎や氷の魔石を買い与えていたのでは、とてもではないが財布がもたない。
そこで彼女は、くず魔石を利用したそうだ。
魔物からとれる魔石にもピンからキリまである。
国宝扱いすらされる大きく質のよいものから、実用に耐えない、打ち捨てられるようなものまで。
フレーチェは捨て値同然のくず魔石を買い集めては、自分で魔法を込めてスライムの餌としてきた。
そう、マルコとちがい、彼女にはわずかとはいえ、魔法の才能があったのである。
「火属性の適性がほんの少しだけ、ですけどね」
フレーチェは自嘲気味に言うが、氷の魔法も込めたと聞いて、オキアが目を剥いた。
「火属性で氷って、マジか。それができるなら……」
魔法使いとしてやっていけたんじゃ、とオキアは言いたそうだ。
たしかに。
氷魔法とは、火属性であれ複合魔法であれ、いわゆる一流と呼ばれる魔法使いが使うものだ。
フレーチェがその水準に達しているのなら、魔法使いと名乗っていてもおかしくない、とマルコも思った。
「火属性といっても個人差がありますからね。
私の魔導回路が、熱量を操るのに適していただけですぅ」
そう言うと、フレーチェはカウンターの引出しから、半透明の小さな石を取りだす。
くず魔石だ。
「技術を磨くことはできる。
魔法の改善も、総魔力量を増やすこともできる。
でも、魔導回路そのものは変えることができない。
属性の適性も、魔力の変換効率も、最大出力も鍛えることはできないんですぅ」
濁った小石は、彼女の手の上で青白く染まっていき、すぐに乾いた音をたてて、砕け散った。
フレーチェが込めた氷魔法の魔力量はとても小さなものだったが、それでも、くず魔石の許容量を超えてしまったのだろう。
「私の魔導回路は、このくず魔石と同じですぅ」
使いものにならないから、くずと呼ばれる。
性質が違うわけではない。
ただ、必要最低限とされる水準に届かないから、価値が無いとみなされる。
フレーチェはくず魔石の残骸をゴミ箱に捨てると、唇を噛みしめた。
少しの逡巡のあと、
「……本当にスライム使いでも、強くなれるんですね?」
そういったフレーチェの声は、はかなげな容姿に似つかわしくない、力強いものだった。