30話 三度目
「……いらっしゃいませえ~」
やる気のなさそうなフレーチェの声が、四名の来訪者をむかえいれた。
マルコが『スリードロップス』を訪れること三度目、ついに店主の猫なで声は品切れとなったようだ。
「おっ」
フレーチェを見るなり、その美貌に感銘を受けたのか、オキアが感嘆の声をもらした。
「あまり失礼なことはしでかしてくれるなよ」
渋い顔をしたジュリアスが小声で注意する。
オキアは、「お前の口のほうが、よっぽど危なっかしいだろうが」、と言いたそうな顔をした。
彼らもヘルミナと同様、宿の中で暇をもてあましていた。
ルカがマルコと外出すると聞いて、これ幸いとついてきたのだ。
物見遊山気分である。
依頼をこなすための戦力にはならない。
マルコが頼みとする援軍は、あくまでもルカだ。
そのルカは、おどおどした様子で、視線をさまよわせていた。
見たこともない形の美容器具と、ちょっと気取った瓶詰めのオイルが小さな商品棚にならんでいる。
カウンターには人形のような店主が座っていて、奥には施術室へとつづくらしい扉があった。
商品が少ないからか、店内は狭いのにゆとりすら感じられる。
掃除は隅々まで行き届いていて、ちりひとつ見つからないほどだった。
そして、店主、フレーチェの手もとには、料金表。
その金額をみて、ルカの視線が凍りついた。
この店は、貴族や裕福な商家の婦人を客層としているらしく、値段のほうもそれ相応のものであった。
マルコは、ルカを落ち着かせるように平然と言う。
「大丈夫。問題ない」
財布には余裕がある。どんとこい。
フレーチェは、そんなマルコたちの様子をじっと見ていた。
原石を見定める、宝石鑑定士のようなまなざしでルカの全身を眺めていた。
得心がいったのか、フレーチェの甘い声が復活する。
「そちらの女性がお客様ですね」
「よ、よろしくお願いします……」
ルカが頭をさげると、普段は青いターバンに押し込んでいる黒髪が揺れた。
意外と長い。
エステに行くということで、ルカは従魔を宿においてきた。
ガウルの入っているかばんも、チュリオの乗っているターバンもない。
それだけで、いつもとはずいぶん印象が変わって見える。
そりゃそうか、とマルコは思った。
頭の上に小鳥が乗っていたら、それだけで印象なんて全部もってかれるに決まっている。
気を取りなおして、マルコは料金表の一番高いコースを指さした。
「全身の毛穴洗浄・絹肌コースでお願いします」
「かしこまりましたぁ」
フレーチェは素晴らしく可憐な営業スマイルを返して、
「当店では、三種類のスライムを使って施術しております。
薬草のみを食し、お肌の痛みを修復するにいたったスラスタシア。
温感療法により新陳代謝をうながす、デトックス担当のスラファニー。
冷感療法によるお肌の引き締めをスラザベスが担当しております。
ささっ、どうぞこちらへ」
「は、はい」
「お客様はお若いからまだ気にしていないかもしれませんが、今からケアしておかないと後で大変ですからねぇ。せっかく恵まれた容姿をしているのだから……」
揉み手でもしそうな調子で、フレーチェはルカを店の奥へと案内した。
すぐに奥から丸いすを三脚はこんでくると、笑みを浮かべながら言う。
「施術は二時間ほどかかります。
お連れの方はのちほど迎えに来ていただくか、こちらにおかけになってお待ちくださいませ」
約二時間後、外をぶらついてきたマルコたちは、丸いすに腰かけて雑談をしていた。
「つまり、騎士団より冒険者ギルドのほうが、魔法も使える戦士の評価は上がりやすい、ということか」
そういって、騎士志望の魔法剣士、ジュリアスが眉を寄せた。
ジュリアスは難しい顔をしているが、そもそも騎士と冒険者では元の立場が違いすぎる。
そんなことを考えながら、マルコは騎士と冒険者の違いを指摘しているところだ。
「まあ、魔法が使えるほうが便利なのは騎士も同じだと思うよ。
ただ、騎士団で出世するには、騎士団内での試合でいい結果を出すのが一番なんだってさ」
帝國騎士のロロから聞いたことだから、間違いない。
どの組織でも、評価の基本は実力と実績である。
騎士団の場合、実力を測るのに、主に試合が用いられるらしい。
間合いが近い試合形式である以上、魔法の優位性は薄れる。
それも、手の内を知っている同僚が相手となるのだから、なおさらである。
ステータスの総和=レベル。
これを踏まえると、同レベルなら、魔法の使えない純粋な戦士タイプのほうが上に行きやすい。
「実績面でみても、任務を割りふるのは、部下の力を把握している上司だろ。
魔法が必要なら、ちゃんとした魔法使いを同行させるだろうし。
これが冒険者だと、魔法を使えるだけで請け負える仕事の幅が広がる。
そのぶん依頼の数も稼ぎやすいし、冒険者ランクも上げやすい」
マルコの言葉に、新人冒険者のオキアが続ける。
「冒険者の力関係は基本、冒険者ランクで決まるからな。
そこに加えて、どんな魔物を倒してきたか、ってところか」
魔法が使えると、魔物討伐はぐっと楽になる。
たとえば、火魔法の使い手オキアの場合、最初に魔法を使っておく。
すると、それで仕留めることができなくとも、魔法を警戒して魔物の動きがにぶるのである。
ジュリアスは、腕組みをしてうなずいた。
「なるほど。街中で火魔法を使って、市民を巻き込みでもしたら責任問題になるしね。
騎士のほうが手加減が必要な仕事が多い。
魔法は加減が難しい、ということもあるのか」
どうして、エステ店で、騎士と冒険者の違いを話題にしているのかというと、さきほど食い逃げ犯の捕り物劇を目撃したばかりなのだ。
衛兵ふたり組に追われる犯人を、素手であざやかに取り押さえたのは、聖華隊の騎士であった。
……市民を巻き添えにするのもそうだけど、食い逃げていどで犯人を火だるまにしたら、それはそれで問題になるんだろうな。
そう思ったマルコが、
「スライムなら加減できるのに」
ぼそっとつぶやいたとき、店の奥の扉が開いた。