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27話 黒幕2


 晩春の朝はまだ肌寒い。

 そろそろ日が昇りきり、街も目覚めようかという頃あい。

 まだほとんど人影のない、四方に道がのびる噴水広場を、夜勤明けの衛兵ふたり組が歩いていた。


「なあ」

「うん?」

「あれ、貴族じゃね」


 でっぷり太った男が、冷たそうな水しぶきをあげる噴水に近づいていた。

 いかにも貴族らしい風貌の男。

 その足元は、酔っ払いのようにおぼつかない。


「朝っぱらから千鳥足(ちどりあし)とは、いい身分な――」

「やめとけ。あれ、カズライール伯爵だ」


 舌打ちでもしそうな同僚を、衛兵は小声でたしなめた。


 神殿に難癖をつけるカズライール伯爵。


 伯爵の名は、聖都の住民に悪い意味で知られていた。

 関わりあいになっても、ろくなことはないだろう。


「あれがか。嫌われてる自覚もないのかよ。

 護衛を連れていないどころか、剣すら帯びていないじゃないか。

 よくもまあ、丸腰で歩けるもんだ」


 護衛くらいしっかりつけていてほしい、と彼らは顔をしかめた。

 もし伯爵が市民に襲われたら、彼らはあの伯爵を守らねばならないのだ。

 心情的には市民といっしょに襲いかかりたいくらいだが、それが彼らの仕事なのである。


「なあ、……なんか、おかしくないか?」

「ああ、ちょっと変だな」


 彼らが様子をうかがっていると、伯爵は噴水の前で立ち止まった。

 平衡を欠いていた身体(からだ)が、ぴたりと止まる。


 次の瞬間、伯爵は服を破り捨て、脱ぎだした。


「「はっ?」」


 衛兵は目を疑った。


 嫌がらせで有名なカズライール伯爵が、新たな境地を開拓しようとしているのだろうか。


 脂ぎった肉体から変な汁をしたたらせて、伯爵は次々と服を破り捨てていく。


「おいおい……」

「なにやってんだよ……」


 まるまると太った白い裸身が、朝日を浴びてテカり輝く。

 もはや丸腰どころではなかった。


「「丸出しだっ!!」」


 酔客に慣れている衛兵はその程度ですんだが、通りがかった人々はそうはいかない。


「きゃあぁぁぁぁぁっ!」


 若い女性の甲高い悲鳴が、さわやかな朝に響きわたった。


「こ、この聖都で、聖女様のお膝元でなんてことを……」


 わなわなと身を震わせている男は、緋色の一枚布を着た下級神官だ。


 衛兵は顔を見交わして、しかたなさそうにうなずき合う。


 貴族相手だからといって、遠慮している場合じゃない。

 さわりたくもないが、躊躇していられる状況でもない。


 渋々ながら、彼らは駆けだした。

 聖都の美観と彼らの給料を守るため。

 この変態騒ぎは、さっさと終わらせなければならない。


「た、逮捕だっ!」

「抵抗はおやめください!」


 ぬるっとした贅肉の感触に吐きそうな顔をしながらも、衛兵は職務をまっとうしようとする。


 意外なことに、伯爵は無抵抗だった。

 衛兵が安堵の息をつこうとした矢先、

 この日、二度目の衝撃が彼らを襲った。


 ズルリ。


 取り押さえられたはずみで、カズライール伯爵の頭が分離したのである。


「えっ」「あっ」


 息をのむ彼らの、まさに目と鼻の先を、着脱可能な伯爵の金髪が落ちていく。


 噴水に着水。


 豪奢な金髪が、いったん沈んで浮かびあがった。


 沈黙が場を支配した。

 騒ぎだすかと思われた伯爵は、無言だった。

 脱ぎ疲れたのか、気を失っていたのである。

 金髪よりも輝かしいその頭部を見ながら、衛兵は呆然とつぶやく。


「そこまで脱いじゃ駄目だろうが……」

「いや、服を脱いでる時点で普通に犯罪だからな」


 伯爵の体から、脂汗が嘘のように引いていく。

 公然わいせつの現行犯を拘束したまま、衛兵たちは器用に肩をすくめた。






 カズライール伯爵の逮捕劇を、マルコが説明した。


「――という感じで、シルフィ誘拐未遂の黒幕は、ついさっき聖都の牢屋に収容された」


 マルコは地下牢のなかから黒幕である伯爵をつきとめて、マリオネットのように操っていたのだった。


「牢屋に入ってるあいだは、悪さもできないだろうよ」


 鉄格子のなかで、マルコは口の端をつり上げて笑った。

 早朝からひと仕事終えて、どことなく満足げな顔をしている。


 たとえ牢屋から解放されたところで、これだけ恥をかいた後だ。

 カズライール伯爵はもう、今までと同等の影響力は維持できないだろう。


「……ええと。どうやったんです?」


 問いながら、シルフィは思った。


 ――これ、マルコが自白してなかったら完全犯罪ですよね――


 伯爵の脂汗の正体がスライムだった、と気づけるのは、マルコのスライムを知っている人物だけであろう。

 

「体の表面にスライムを這わせて、相手の自由を奪えるのは知ってるだろ?」

「ええ」

「気絶させてから、全身をスライムで覆って体を動かしただけだよ。

 まあ、あの伯爵のレベルが十一しかなかったからできた芸当だけど」


 簡単そうに言うが、実際はマルコにとってもかなり難しい作業だった。

 遠く離れた場所から伯爵を気絶させて、体を操る。

 相手のレベルが低かったとはいえ、これだけでも大変だ。

 そこから、伯爵邸の人間に発見されないように広場まで移動させるのに、どれほど神経を使ったか。


 唖然としていたグラータとハイデマリーが、当惑を隠せないまま、顔を見合わせた。

 先ほどとびこんできて、聖女グラータを笑い転げさせた衝撃の急報。


『カズライール伯爵の頭さらして尻隠さず事件』


 驚愕の真相であった。




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新作はじめました。よければこちらもよろしくお願いします。
じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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