25話 地下牢2
「こんな待遇になって申し訳ない。
きみのおかげでシルフィネーゼが無事ですんだ。礼を言う」
次いで、聖華隊の隊長であるハイデマリーが深々と頭をさげた。
次期聖女の誘拐未遂、愚行におよんだのは彼女の部下なのだ。
「いえ、なんの不自由もないので……」
権力者のわりに偉ぶろうとしないんだな。
そう思うと、マルコは強く出る気にはなれなかった。
かわりに気になっていることを訊ねる。
「それより、牢屋がこんな立派な環境でいいんですか?」
「これにはわけがあるのよ」
難しい話題なのよ、といいたげに、グラータは眉を寄せた。
ハイデマリーが淡々と説明する。
この聖宮殿には女性用と男性用、牢屋がふたつある。
ところが、ここはもとより男子禁制の場所である。
男性用の牢屋は長いこと使用されていなかった。
平坦な声でそういって、ハイデマリーは顔をしかめた。
すると、
「でも、牢屋とはいえ歴史ある建築物だし、活かさないともったいないでしょ」
グラータがにっこり笑って言った。
眉間にしわを寄せて、ハイデマリーは後をつづける。
改装したばかりのこの地下牢は、グラータの要望で宿屋にする予定なのだ。
そもそも聖宮殿が男子禁制の場なのは、それが伝統だから、という面が大きい。
男性も足を踏み入れることが許されてきたここならば、聖宮殿の見学を希望する男性を受け入れることができる、と。
感情を極力排したハイデマリーの説明が終わると、グラータは美しいかんばせに憂いの表情を浮かべて、もっともらしく言う。
「『男性だけ聖宮殿を見学できないなんて差別だ!』という声も根強いのよね」
ハイデマリーの頬がピクリとひきつった。
強靭な精神力をもって、ため息をつきたくなるのをこらえる。
彼女の胸中には葛藤が渦巻いていた。
この地下牢は、男性専用、完全予約制の高級宿になる。
男性の経済力と身元をチェックするのにうってつけな。
わずかでもいい、男性との出会いの可能性を高めたい。
そんなグラータの浅慮遠謀を知っているのは、ハイデマリーだけである。
いっそのこと周囲に洗いざらいぶちまけて、計画を頓挫させるべきではないか、と考えたこともあった。
だが、それだけはできない。
こんな計画がばれたら、聖女の尊厳は暴落必至である。
胸に秘するしかなかった。
麗しい女騎士が顔をゆがめるのを見たマルコは、彼女とは似ても似つかぬ人物を思い出していた。
三面六臂の大男、胃に穴が開くことに定評がある魔王軍の宰相である。
きっと、この人も上司に悩まされているんだろうな、と思いながら、
「襲ってきたやつらは?」
「すでに全員、女性用の牢屋の中だ」
ハイデマリーは、ついにこらえきれず、ため息をついた。
彼女にとって頭の痛い話題ばかりである。
「聖華隊の五人に、カロッツァ様に帝國神殿の話を聞いて足止めしていた神官。
入浴中のメアリーの着替えを持ち去った侍女。
裏庭から遠いところでぼや騒ぎを起こしていた侍女見習い。
合わせて八人、全員牢屋の中だ。
それに、行方をくらました侍女がひとりいる」
悔恨の表情を浮かべたハイデマリーは首を振ってから、天を仰いだ。
「まさか、このような実力行使にでるとはな……」
実のところグラータとハイデマリーは、聖国の息がかかっているであろう怪しい人物を把握していた。
なんといっても聖女グラータには『読心』スキルがある。
だが、疑惑だけで捕まえるわけにもいかず、後手に回ってしまったのだ。
聖国の騎士階級の娘が聖華隊に入るのも、貴族の娘が侍女になるのも、珍しいことではない。
神殿に仕える身となったところで、実家との縁は残りつづけるのだから、聖国との関係を疑いだしたらきりがないのだ。
「問題はこれからどうするかよ」
グラータは苦々しくつぶやいた。
「私だって聖宮殿を土足で踏み荒らされて、黙っているわけにはいかないもの」
「ああ。逃げた侍女の行方も気になる。
仮にシルフィネーゼの誘拐に成功していたとしても、そのまま聖都を抜けだして首都オレンまで行けるはずがない。
協力者がいるはずだ。
このタイミングでとなると、剣聖が協力している可能性すらありえる」
ハイデマリーは唇をかんでうなずいた。
「そこらへんも、しっかり調べないとねえ」
口を引き結んでいるグラータの顔色は、明らかに悪くなっていた。
重責を担ってきた身といえども、紛争になれているわけではない。
それでも、彼女は大陸中の神殿を庇護する聖女である。
相手が剣聖であろうと女王であろうと、逃げ出すわけにはいかなかった。
肩を落とす聖女様を心配そうに見ていたシルフィは、マルコがなにか言いたげな顔をしたのに気がついた。
「マルコ、なにか気になることでも?」
囚人服風の寝間着を着た少年は、視線を泳がせてから、少し得意げにこう言った。
「シルフィの誘拐を命じたやつなら、さっき捕まったけど……」