24話 地下牢
ここにきて、ようやく聖宮殿が騒ぎ出していた。
人の気配が慌ただしく動き出して、灯りがこの裏庭に集まってくる。
すると、その先頭に立つ金褐色の髪の少女が、こちらを指さした。
彼女がなにを言おうとしているのかに気がついて、シルフィの表情が強ばった。
その少女は足の震えを抑えるように毅然と立ち、大声で言い放つ。
「し、侵入者です! つ、捕まえてくださいっ!!」
その指は、はっきりとマルコをさしていた。
ここは男子禁制の地、聖宮殿である。
「えっ? ちょ、ちょっと待ってください!」
「く、空中! 空中だからセーフ!」
地面に足をつけていないからセーフ。
そんなマルコの主張は、当然のことながら棄却された。
こうしてマルコは、世の多くの男性が憧れる、美人ぞろいと評判の聖宮殿(の牢屋)に宿泊することになった。
キャビネットの上に置かれた時計の秒針が、コツ、コツ、と規則正しく音を立てる。
「んー……。寝れん」
マルコはしかたなく目を開いた。
中途半端に二度寝しようとしたせいか、頭がはっきりしない。
横を向いて時計を見ると、もう午前八時を過ぎている。
不機嫌そうにベッドから身を起こす。
マルコの影が、灰色の石壁にうつしだされて、かすかに揺れている。
いっしょに格子状の影が揺れているのは、鉄格子を挟んだ通路側の壁にランタンがかけられているからである。
鉄格子、そう、ここは聖宮殿の地下牢であった。
「まさか犯罪者になるとは……」
マルコは不満げにため息をつくと、新品同様のスリッパに足をつっこんだ。
聖宮殿が男子禁制だということは知っていた。
だが、空中二メートルがアウトというのなら、百メートルはどうなるのか。
はるか上空を飛んでいたならセーフだったはず。
どこからそれがアウトになるというのだろうか。
普通、人は空を飛ばない、ということをマルコは失念している。
基準は、聖宮殿に侵入したと見なされるかどうかなのだ。
寝起きの体に活を入れるように、大きく伸びをしてから立ち上がる。
牢屋というが、掃除は行き届いていて、かび臭い匂いはいっさい感じられない。
ただよってくるのは、胸がすくような草の匂い。
ランタンのオイルに、植物から抽出した精油を混ぜてあるそうだ。
冷たそうな灰色の壁の前に立ち、壁のくぼみに手を入れる。
手前に引くと、見た目とは裏腹な軽い感触で、石壁に偽装した扉が開いた。
暗がりのなか、壁のスイッチにふれて魔道具の灯りをつける。
そこはゆったりしたつくりの洗面所になっていた。
大きな鏡には、ねずみ色の髪の少年が映っている。
白黒ストライプの囚人服が意外とよく似合っていて、マルコはぶすっとふてくされた。
この、一見、粗末に見える囚人服は、あろうことか上質の絹で織られていた。
洗面所には扉がふたつあって、トイレとバスルームになっている。
「ここは牢屋……牢屋か?」
思い描いていた牢屋とはだいぶ様子がちがう。
蛇口をひねると、出てくる水は井戸水のように冷たい。
水温を調節してから顔を洗う。
花のような匂いのする石鹸は、泡立ちがよかった。
きっと高級品なのだろう。
清潔なタオルで顔をふいてから、あらためて鏡に問いかける。
「ここは……牢屋、のはず。宿泊料でもとる気なんだろうか……」
幸いなことに、マルコの懐具合は万全である。
だが、宿泊料金を気にしてしまうほどの好待遇に、マルコは牢屋の存在意義を見失っていた。
洗面所を出ると、今度は部屋全体の照明をつける。
部屋、いや、牢屋は陰鬱な空気を微塵も感じさせぬほど明るくなった。
隅にはベッド、壁際にキャビネット、中央にはテーブルセットが置かれている。
当たり前のことだが、牢屋は狭い。
しかし、場所と狭さに反して、調度品はどれも高価そうだ。
照明が魔道具というのが、なによりの証左である。
わけがわからないなりに考えたマルコは、ある可能性に思い至った。
王侯貴族用の地下牢。
だとすると、納得もできる。
マルコがうなずいていると、小さな足音が近づいてくる。
足音は三つ。
シルフィと聖女グラータ、その護衛のハイデマリーだった。
「おはようございます、マルコ」
囚人服姿のマルコを見て、シルフィが目を丸くした。
グラータは申し訳なさそうに両手を合わせて言う。
「ごめんなさいね。
閉じ込めるようなことになってしまって。
聖宮殿は男子禁制の地だから、あなたになんの罰も与えないわけにはいかなかったの」
閉じ込められていた、といっていいのだろうか。
マルコは横目でちらりと、テーブルを見た。
そこには牢屋の鍵が無造作に置かれていた。




