23話 聖宮殿の夜2
「なっ!?」
驚愕の声をあげたのは、シルフィに追いすがっていた襲撃者だ。
魔法の水球が当たったのはシルフィだったが、被害をうけたのはむしろ襲撃者のほうだった。
いつの間にか、シルフィの白い華奢な左手が、わずかではあったが黄金の闘気に包まれていた。
彼女は平手で強引に、それも敵に向けて、水球をはたき落としたのだった。
攻撃魔法というには威力の低い、『ウォーターボール』である。
直撃さえさければ問題はないだろう。
その判断は報われた。
ふいに水浸しにされた敵は呆然としている。
けれど、シルフィは顔をしかめる。
魔法への対処で足を止めざるをえなかったのだ。
なすすべなく襲撃者たちに取り囲まれて、シルフィは奥歯をかんだ。
そのようすを見て、襲撃者のリーダーであろう、金髪の女があきれかえった。
「大人しくしていたほうが身のためですよ」
そういって、金髪の女は剣を抜いた。
月光を反射し冷たく輝く剣を、威嚇するようにシルフィへと向ける。
ようやく剣を抜いた相手を見て、あくまで誘拐が目的なのでしょうけれど、とシルフィはつばを飲みこんだ。
そのとき、風になにかが紛れた。
シルフィがその気配に気づいたときには、もう手遅れだった。
死角から、投網が夜空に広がっていた。
金髪の女が剣を抜いてみせたのも、合図だったのか。
そう思いながらも、シルフィは打開の手を見出そうとする。
しかし、自力で解決する方法は、どこにもない。
網は、あっさりシルフィの身動きを封じた。
頭から網をかぶさったシルフィが憮然とする。
金髪の女はほっとしたように剣を鞘におさめた。
「少し肝を冷やしましたよ。
見た目に似合わず、暴れ馬のようなかたですね」
耳慣れない評価だった。
本物の暴れ馬はこんなものじゃない、とシルフィは思う。
脳裏に浮かんだのは、マルコとロロの姿。
マルコなら、一瞬で相手を行動不能にするだろう。
ロロなら剣を振りまわして当たるを幸い、なぎ倒していくはずだ。
その光景を想像して、シルフィは思わず苦笑した。
シルフィの態度を不審に思ったのか、金髪の女が視線を向けてきた。
目が合ったので、シルフィは質問をしてみる。
黙っているのも、負けを認めたみたいでしゃくだったのだ。
「あなたたちに聞きたいことがあります」
「誰に命令されたか、ですか? 聞くだけ無駄ですよ」
「それを聞いてもどうせ答えてくれないでしょう。私が聞きたいのは別の事です」
と、シルフィは余裕を崩すことなく、かわいらしく小首をかしげた。
襲撃者のあいだに困惑が広がった。
捕えられたわりに、シルフィはいやに平然としていた。
「なんで私は、助けを呼ばなかったと思いますか?」
微笑すら浮かべた問いかけ。
状況を理解していないような笑顔だった。
金髪の女は、なぜだか寒気を感じて身震いした。
シルフィは彼女の目をしっかり見据えて、
「大声で助けを求めたほうが良かったと思いませんか?
聖宮殿で襲撃されたのだから、助けを求めても無駄かもしれない?
いえ、ここで働いている人、全員が敵だとは思えません。
だから、こんな人気のない裏庭で襲ったのでしょう。
では、なぜ私は助けを呼ばなかったのでしょうか?」
声だけではない。
どこで光ったのか判別しづらい『閃光』で敵の目をくらませるよりも、『光球』で居場所を知らせたほうが、救援は見込めたはずだ。
一拍おいて、シルフィの微笑は、申し訳なさそうな微苦笑に変わった。
「答えは……、すでに一番頼りになる人を呼んだ後だから、です」
立場の逆転を確信している声だった。
透きとおるその声に合わせたかのように、夜空に巨大な蜘蛛の巣が広がった。
否、それは蜘蛛の巣ではない。投網でもない。
綿毛のようにゆっくりおりてくるのは、スライムでできた網である。
スライムの網がシルフィの頭上にかかって、雪のように溶けていった。
だが、襲撃者たちのほうは勝手がちがった。
「なっ!?」
「ああっ!?」
金髪の女が、網を振り払おうとした。
大きく手を振る。
その手に、白い網がべったりはりつき、からみついていく。
もがけばもがくほど、白い糸を巻き取る糸巻きのごとく、襲撃者たちは膨らんでいく。
彼女たちが身動きをとれなくなるまで、さして時間はかからなかった。
大きな芋虫が五つ、地面に転がった。
シルフィは投網を払いのけると、神官服のそでに仕込んでいた、小さな緑色のスライムを手にとった。
見た目は親指サイズのメロンゼリー。
不審者の気配を察知したとき、シルフィは神官服のそでに指を這わせていた。
この風のスライムを使って、マルコと連絡をとっていたのだ。
「便利ですよね。離れていても話せるって」
『風魔法でも魔道具でも、同じようなのはあるんだけどな』
アエロースライムからマルコの声がした。
会話はマルコに筒抜けで、しかも居場所まで伝わっている。
もとから、シルフィの誘拐に成功する可能性などなかったのである。
シルフィが夜空を見あげると、上から小さな雲が近づいてくる。
手をのばせば届くくらいの高さに、雲スライムがおりてきた。
その上にあぐらをかいているマルコが、ぽつりと言う。
「ひとり逃げた」
「えっ、これで全員では……」
「離れて様子見していたやつをそのまま逃がした。
ここで捕まえるより、役に立ってくれるんじゃないか」
マルコは皮肉っぽく口元をゆがめた。
どことなく楽しそうだ。
なにかを企てている、そんな顔をしていた。




