21話 依頼の意味
午後になってから、マルコたちが宿泊する部屋では、テーブルを囲んで反省会が開かれていた。
なんの反省会かといえば、もちろんマルコの名刺、『スーパースライムクリエイター』なる、奇天烈な名刺に関してである。
なお、昼食の時点でシルフィ、カロッツァ、メアリーの三人は別行動をとっている。
お偉いさんとの会食が入ってしまったのである。
その後も予定が詰まっていて、そのまま聖宮殿に泊まり込むことになるそうだ。
旅の疲れが残っているのか、気だるげな顔をしてヘルミナは言った。
「スライム使いが白い目をむけられるのは、聖国でも同じですわよ」
自分の言葉通りに、帝國の皇女様は冷ややかな視線をマルコに送る。
「こんなジョークグッズにしか見えない名刺では、馬鹿にされたと受けとるに決まっているでしょう」
言って、ヘルミナの人差し指がピシッと名刺をはじいた。
名刺は絶妙な力加減でテーブルの上をすべり、マルコの前でピタッと止まる。
「これは魔王の悪辣な罠なんだ……」
肩をすぼめて小さくなりながらも、憤まんやるかたない、といった調子でマルコは釈明した。
この名刺をマルコに渡したのは、魔王ドラエモフだったのである。
マルコがパラティウム帝立学園に入学すると決めたときに、餞別として送られた物だったのだ。
「あっちの大陸では、社会的立場が重要になるそうだからな。
これが必要になるときもあるはずだ」
よくよく思い出してみると、口ではそういいながらも、魔王はほくそ笑んでいたような気がする。
もてあそばれたのだ。
マルコはうかつな己と魔王を呪って、首を振った。
「魔王様って、おもしろい人なんだねえ……」
ひかえめな感想を口にして、ルカが苦笑する。
マルコを騙した魔王だったが、その言葉はまったくの嘘というわけでもない。
大陸北東の都市連合あたりでは、名刺交換は一般的な風習である。
ただし、都市連合は小国だ。その版図は大陸全土の一割にも満たない。
イスガルド大陸の風習と呼ぶには、いささか規模が足りなかった。
「商人国家の都市連合か。
ふん、帝國や聖国の常識に合わせなければ、稼ぎようもないだろうに」
ジュリアスは鼻を鳴らして、物珍しそうに名刺を眺めた。
「それでどうするんだよ、その依頼。
あきらめる……つもりはなさそうだな」
とオキアが、まるで答えでも見たかのように肩をすくめる。
マルコは口角を上げて、
「もちろん。同業者を鍛えるチャンスなんだ。
あきらめるつもりなんてこれっぽっちもない」
それも聖女様からの依頼という、大義名分つきである。
――同じ業を背負う者として、かならず鍛えあげてみせる。
マルコの瞳はいつになく燃えていた。
この依頼には、マルコ自身の願いもこめられていたのだ。
底辺職と呼ばれるだけあって、スライム使いの社会的な立場は低い。
魔大陸に渡る前の、冒険者未満だったころの自分のように。
だが、優秀なスライム使いが増えれば、それも払拭されるはずだ、と。
「俺が魔大陸で編み出したスライム魔闘術。
きっちり教え込んでみせる」
脳裏をかすめた過去は、いびつなシャボン玉のように一瞬で消え去っていた。
今のマルコには、それをはねのける力がある。
しかし、その力はあくまでマルコ個人の力だ。
スライム使い全般に当てはめるには、ちょっと特殊すぎる。
やはり、普通のスライム使いの境遇を改善するためには、普通のスライム使いの価値を高めるべきなのだ。
マルコが決意を新たにしていると、
「なあ、おかしくねーか。
なんで聖女様は、そのフレーチェってやつを鍛えたいんだ?」
ロロの不思議そうな声がかかった。
ソファーで寝っ転がっていたロロが、背もたれから顔をのぞかせていた。
彼女はひとりだけテーブルについていなかった。
依頼そのものにまったく興味がなかったのである。
ただ、話し声が耳を通り過ぎていくうちに、なんとなしに疑問が生じていた。
「強いスライム使いが珍しいから依頼した、ってのはわかるけどよ。
そもそもの話、なんで聖女様が一介のスライム使いを気にかけてるんだよ」
ロロに指摘されて、明確な答えを持たないマルコは首をひねった。
「それは……なんでだ?」
「うふふ」
それまで退屈に渇いていたヘルミナの唇が、艶やかな弧を描いた。
隣国の不穏を嗅ぎとるや、彼女は赤い瞳を細める。
「聖女様が自ら足をはこんでまで依頼するくらいですもの。
なにかあるのでしょうね」




