20話 フレーチェ
「おめえらが文句を言うのは私じゃなくて、この店を利用する姉ちゃん母ちゃんですぅ!」
「そ、それができるならここには来ていない! すべてこんな店があるから問題になるんだ!」
「知ってるか! 首都オレンじゃ『聖都は堕落してる』って噂が広まってるんだぞ。こんな店があるからだ!」
威勢のいい少女の声に、いささか情けない声が応戦している。
そちらは男性の声がふたつ。
「ハッ、なにを言ってやがるですか。
こんな店のひとつやふたつで、そんな噂が流れるわけないですぅ!
ここを潰したところで、あの女王様が聖女様を目のかたきにするのは変わらねえし、おめえらがちゃんとしねえかぎり、侮られつづけるだけですよ!」
甲高い声が、矢つぎばやにたたみかける。
もめごとが起きているであろう扉を前に、マルコとシルフィは顔を見合わせた。
「お取り込み中みたいだけど、どうする?」
「どうする、といわれましても。放っておくのもまずいでしょう」
はあ、とため息をついて、マルコはおそるおそる扉を開けていく。
「私はおめえら半人前とちがって忙しいんですよ!
ほら、お客さんの邪魔邪魔。
おめえらは一人前になってから出直してきやがれですぅ!」
店主の声に、口論していた男性ふたりが入口を振り返った。
制服姿の男子学生だった。
マルコより、ひとつかふたつ年上だろう。
彼らは、「邪魔者が来てしまった」といわんばかりに、苦々しい表情を浮かべた。
悪態をつきながら、マルコの脇をすり抜けて退散していく。
塩でもまきそうな表情で、ふんと鼻を鳴らしていた店主は、客と見るや、
「いらっしゃいませですぅ、初めてですかぁ?」
うってかわって、舌の上で砂糖菓子を転がすような、甘い声をだした。
同一人物とは思えない豹変ぶり。
受付カウンターで、小柄な少女がにこやかな笑みを浮かべていた。
その姿は人間というよりも、お姫様の人形のように見えた。
透き通るような白い肌。
ふわりとやわらかそうな長い髪は紫。
瞳の色もアメジストを思わせる紫だった。
ライトグリーンのエプロンドレスがよく似合っていて、シルフィの目を瞠らせた。
彼女の名はフレーチェ。
聖女グラータの依頼は、このフレーチェを一流のスライム使いにすることである。
それも、できれば聖女様の依頼だとは知られないほうが都合がいい、とのことだ。
どうやって話を切り出そうか。
そう考えながら、シルフィがかわいらしい店主に目を惹かれていると、マルコが動いた。
店内は狭く、奥行きはさらにない。
数歩歩けばカウンターだ。
カウンターの前に立つと、マルコはなにやら凜々しい顔をして、手のひらサイズの紙を両手で差しだした。
「きみも、スライム魔闘術を身につけてみないか?」
フレーチェも両手で受け取って、怪訝な表情を浮かべた。
名刺。
視線を名刺に落とすと、彼女の可憐な顔がみるみる憤怒に染まっていく。
「スーパー……スライムクリエイター?」
そのつぶやきは、激情の導火線だった。
「おめえもスライム使いを馬鹿にするですか!? とっとと帰りやがれですぅ!」
名刺をぺしっと床にたたきつけると、フレーチェはカウンターに置いてあった桶に手を突っ込んだ。
青いどろどろした物体をつかみ出して、投げつける。
それはスライムだった。
水をぶちまけるように、青いスライムが飛ぶ。
透明感のあるスライムだ。
――おそらく餌を厳選して育て上げたにちがいない。
そう分析してから、マルコは口をすぼめて、氷の息をはいた。
青白い息はスライムを直撃した。
またたく間に凍りついたスライムが、勢いをうしなって、床に落ちる。
フレーチェは、凍りついたスライムを呆然と見ていた。
しばしあって、なにが起きたのかを理解して、叫ぶ。
「ス、スラザベス!? スラザベスぅぅぅっ!?」
「ひとまず退散だ!」
フレーチェが慌てふためいているあいだに、マルコたちは戦略的撤退を選んだ。
転がるように店の外に出て、走りながらシルフィが問い詰める。
「なんですか、今のは!?」
「スライムブレスだ」
ミストスライムとアイススライムを混ぜ合わせて、口から吹き出したのだ。
気をつけないと唇がしもやけになる、熟練の技術が要求される繊細な技である。
「そっちじゃありません!
いえ、そっちも後で聞きますが。
なんですか、その、スーパー、なんですか!?」
変装して身を隠しているというのに、気がついたらシルフィは往来で声を張り上げていた。
「偉そうな肩書きで第一印象を有利にする、はずだったんだよ」
こちらも走りながら、マルコは不満げに唇をとがらせた。
「あんなうさんくさい肩書きじゃ、怒るのも無理ないですよ!」
「くっ、こんな怪しい格好してるやつに、うさんくさいと言われるとは……」
マルコは悔しそうに奥歯をかんだ。
小走りしながら言いあうふたりに、すれちがう人々が奇異の視線をむけていた。




