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19話 もう一人のスライム使い


「あるスライム使いを鍛えてほしい」


 聖女様から、そんな依頼を受けた翌日。

 午前中に、マルコとシルフィはそのスライム使いを訪ねることにした。


 聖都テテウの街並みは、どの建物も外壁を白い石灰で塗りこまれていた。

 宗教的な理由ではなく、消毒や殺菌のために、毎年塗りかえているそうだ。

 遠目には、目を疑うほどに美しい街であったが、


「近くで見ると、意外とそこそこ汚れているような……」


 そこは清掃のプロたるスライム使い。

 マルコの汚れを見る目は、なかなかにきびしかった。


「夏にむけていっせいに塗りかえるそうですよ。

 今が一年で一番汚れているのでしょうね」

「ふーん。シル、……は聖都にくわしいのか?」

「ここの学校に通うことも考えましたから」


 そういうシルフィは変装をしていた。

 翠銀の髪を隠すようにターバンを巻いて、マスクですっかり鼻まで覆っている。

 その上に旅行用の、茶色い外套(がいとう)をすっぽり頭までかぶっていた。


「その格好、むしろ目立ってるよな……」


 いかにも怪しげなその姿に、マルコがうさんくさそうに目をすがめた。


「目立つだけなら、ましなんですよ……」


 シルフィは疲れたように、マスクの下で大きく息を吐いた。

 虚ろな目つきになって、三年前に聖都を訪れたときのことを思い出す。


 真夏だった。

 聖都に到着するなり歓迎式典が開かれて、次の聖女をひとめ見ようと、ぎゅうぎゅう詰めになるほど見物客が殺到した。


 炎天下で誰だかのスピーチがつづく。 

 ようやく終わったと思ったら、次の人が壇上に上がる。

 その間、汗だくになりながら、乾いた笑顔を浮かべつづける裏で、シルフィは思ったものだ。


 歓迎されている次期聖女なる人物は、いったいどこにいるのだろう。


 熱中症患者を量産した式典が幕を閉じると、シルフィはさらに手厚く歓待された。

 終わりなき面会が、手ぐすねを引いて待ちかまえていたのだ。


 それを思えば、とシルフィはマスクの下で小さく笑う。

 少し怪しいくらい、どうということはない。


「ほ、ほら。目立っているのは、私だけではありませんよ」


 言われて、マルコも行き交う人々を眺める。

 さまざまな服が歩いているが、なるほど、最も目を引くのは、赤い一枚布だ。


「あの一枚布の服、トガを着ているのは下級神官ですね」

「あれも神官なのか」


 マルコは不思議そうにつぶやいた。

 帝都では神官服は見かけても、あの一枚布の服装は見かけたことがない。


「聖都でなら下級神官にも敬意を払ってもらえますから。

 帝都で暮らすぶんには普通の服装のほうが過ごしやすいのでしょう」

「下級神官のほうが派手なんだな」


 マルコの感想を聞いて、シルフィは無言で苦笑だけを返した。


 派手なのは、下級神官の緋色のトガだけではない。

 外壁こそ白一色ながら、通りに並ぶ店はどこもかしこも(いろど)り豊かに着飾っていた。

 目の覚めるような、鮮やかな(なが)のれんを軒先から垂らして、地面に固定している。

 緑に染めあげられたのれんのそばを通ると、花と草がすがすがしく香っていた。

 その匂いは数歩すぎると、黄色いのれんからただよってくる、パンの焼ける香ばしい匂いにかき消される。


 これから会いにいくスライム使いは、十七歳の女性で、この通りで店を開いているという。


「聖都に店を持つスライム使いか……。かなりのやり手とみた」


 スライム使いだってやればできるんだ、と期待に瞳を輝かすマルコ。

 それを見て、シルフィは気遣わしげな表情を浮かべる。


「どんなお店なんでしょうか? スライム使いだからといって、スライム絡みとはかぎりませんけれど」


 魔法使いが騎士の道を選ぶことはない。

 しかし、ヨーグルト作りに(たずさ)わることはあるのだ。

 その人物が、スライム使いとして店を経営しているとはかぎらない。


 もしスライムの影も形も見えない店だったら、マルコは落胆するだろう。

 そう考えて、シルフィは眉を曇らせた。


「ここか」

「ですね」


 目的の店は、商店街のはずれにあった。

 ほかの店となにも変わらない、白い建物に鮮やかなのれん。

 のれんは赤青緑の三色にきれいに染めわけられている。


 このように複数の色で染めわけられたのれんは、街のいたるところで見かけられた。

 一階が店舗で、二階が住居。

 これもよくある造りだ。


 それでもなぜか、この店だけ通りの喧騒から一歩、距離を置いているように見える。


 その原因は、扉の上に貼り付けられた木製のプレートにあった。

 看板というには自己主張の足りない、ひかえめな大きさ。

 そこに書かれているのは店名だろう。


『スライムエステ・スリードロップス』


 シルフィは不思議そうに、小さく首をかしげた。

 マスク越しに率直な感想がもれる。


「怪しいですね」

「……うん」


 ため息をこらえるように口を結んで、マルコはしぶしぶ肯定した。


 第三者の立場になってみると、あらためて思い知らされる。

 店名にスライムが入っているだけで、なんとなくいかがわしい。


 眉間にしわを寄せて、口惜しそうに店名プレートをにらんでいたマルコの耳を、


「だから、何度も言ってるように、この店はちゃんと営業許可を取っているんですぅ!」


 激しくもかわいらしい声が突き抜けた。


 店内からの声だった。




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