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18話 聖女の依頼


 窓から射し込む西日が、テーブルに手をのばしてきた。

 それを振り払うように、ハイデマリーは律動的な足取りでカーテンを閉めて、何事もなかったようにグラータの背後に戻った。


 対面のソファーにはシルフィ、カロッツァ、ヘルミナが座り、その背後にはいかにも従者といった様子で、メアリーとロロが立っている。


「剣聖がふたりいたとは、はじめて耳にしたのですが……」


 戸惑いの表情を浮かべて、カロッツァが訊いた。


「カロッツァ様。それを知っているのは、聖国でも聖騎士と一部の貴族のみなのです」


 ハイデマリーは言いづらそうに声をひそめた。


 彼女が双子の剣聖の存在を知っているのは、聖国神殿の諜報のたまものである。

 彼女たち聖国神殿の上層部は、剣聖がふたりいることを知っていた。

 知ってはいたが、帝國神殿にわざわざ伝えるような情報でもなかったのだ。

 同じ神殿ではあるが、それぞれの立場、国とのしがらみというものがある。


「彼らは先代の剣聖の子なのよ」


 そういって、グラータは剣聖の裏話を暴露する。


「双子が生まれたからって、『表向きひとりだけど、実は双子の剣聖って便利そうだろ』ってノリで、先代剣聖がこっそり育てあげちゃった結果があれよ」


 グラータはあきれはてていた。

 不機嫌そうな声だった。


 結果、神出鬼没の剣聖シャルムートができあがった。

 なるほど、たしかに便利ではある。

 が、代償として、彼らはふたりでひとりの剣聖を演じつづけなければならなくなったのだ。


 シャルシエルという人間は記録上、存在しない。


「本当に、よく切り抜けたものだ」


 ハイデマリーは感嘆の息を吐いて、こっそりロロを観察する。


 腕は立つのだろう。

 しかし、彼女だけで表裏の剣聖を相手にしのげるとは思えない。


 首をひねるハイデマリーを見て、シルフィがはにかむように笑った。


「こちらにも、最強のスライム使いがおりましたので」

「「……スライム使い?」」


 思いがけない言葉を聞いて、グラータとハイデマリーは顔を見合わせる。

 グラータの瞳に興味が宿る。好奇心が口をついてでた。


「その話、くわしく聞かせてもらえないかしら」






 夕刻の聖都は赤く染まり、それはそれは美しい。と、観光ガイドに書いてあった。

 世界有数の観光地だそうで、期待していた。

 ところが、その期待に反してマルコは宿のなかにいる。

 食事に利用している半個室。

 夕食時でもないのに、本日三度目のテーブルについていた。


「と、いうわけで。会いに来ちゃったのよ」

「はぁ……」


 青髪の女性に、マルコは曖昧(あいまい)な返事をした。

 となりに座るシルフィも、はっきりしない表情だった。

 ひとり立ったまま控える、藍色の髪の女性ハイデマリーは無表情だ。


「ふふふ。あなたが最強のスライム使いね。

 はじめまして。

 私がメセ・ルクト聖教の聖女をしているグラータよ」


 聖女様がやってきた。マルコに用があるそうだ。


「パラティウム帝立学園一年、スライム使いのマルコです」


 名乗るや、マルコとグラータはなぜか見つめあった。

 居心地の悪そうな表情を浮かべていたマルコが、急にまじめな顔になる。

 見つめあう、不自然なほど長く。

 となりで、シルフィがいぶかしむように目を細めた。


「なるほど。……あなたは、ただものではないわね」


 そういうグラータの唇からは、血の気が引いているようにも見えた。


「はぁ」


 気が抜けた声で、しかし慎重に、マルコは返事をした。


「あなたは、スライム使いとして強いのよね? ……なら、ひとつ頼まれてくれない?」


 なにかを諦めたように、肩から力を抜いて、グラータは言う。


「あるスライム使いを鍛えてほしいの」


 その言葉に意表をつかれて、マルコとシルフィは目を丸くした。


 詳細を話して用件を手短かにすませると、グラータは決闘を終えた戦士のような表情を浮かべた。

 見送りを押しとどめ、軽く手を振って、彼女たちは去っていった。


「マルコ。……グラータ様がどうかしたんですか?」


 シルフィがどことなく不機嫌そうに、冷ややかなまなざしをマルコに向ける。


「ん、ああ」


 マルコは煮え切らない様子で、首をかしげた。


「んー、あまり人のステータスをばらすべきじゃない、とは思うんだけど……。

 これは言っといたほうがいいか。対処法もちょっとコツがいるし」


 ねずみ色の頭をかいて言う。


「こっちの大陸で、特殊スキル持ちに会ったのははじめてだ」






 マルコが、聖女グラータのもつ特殊スキルに言及していたころ。

 聖宮殿に帰る馬車のなかでは、グラータが青い頭を抱えていた。


 さきほどまでは気を張っていたというのに、人目がなくなったらこの有様である。


 夕焼けに染まる街を、ゆっくりと馬車は進んでいる。

 ときを忘れさせるような、郷愁(きょうしゅう)を誘うのどかな光景だった。


「 行きは『強いスライム使いに会いにいく!』と、いきおい込んでいたというのに……」


 ハイデマリーは、あきれたように嘆息(たんそく)した。


「あ、あのね」


 グラータは弱々しくつぶやく。


「……ばれた。ばれちゃった」

「なにがだ」

「私、『読心』で心を読もうとしたのよ」

「それは、初対面の実力者が相手だからな。当然だろう」

「いきなり読めなくなったのよ。最初は読めたんだけど……」


 ハイデマリーが息をのんで、目をしばたたかせた。

 衝撃をわかちあったような気がして、グラータは少しばかり立ち直った。


「ねえ、偶然でふせげると思う?」

「……いや。そんな生半可なものではないだろう」


 実は、グラータは『読心』という特別なスキルを、生まれつき有している。

 彼女は幼いころから、このスキルを使って、相手の心を読むことができた。


 なにを考えているのか読まれないように、ふせぐ方法はある。

 頭部を気で(おお)い隠せばいい。

 だが、それには相当な気力と集中力を必要とする。


『読心』スキルの対処法と、グラータがその所有者であることを知らずに、偶然おこなうようなことではなかった。


「見つめあっていたのは、それが原因か」


 ハイデマリーは眉根を寄せて、うめいた。


「どこかからもれるような情報じゃない。その場で見抜かれたんだろうな」


 彼女たちが深刻な顔をするのも当然で、『読心』スキルをグラータが所有していることは、聖国神殿の最重要機密である。


 聖国が切り札として隠す双子の剣聖よりも、その機密性ははるかに高い。


「あの子、私と似たような特殊スキルがあるのかしら? ど、どうしようマリりん」

「どうしようと言われてもなあ」


 ハイデマリーは腕組みをして、窓から外を見やった。

 沈もうとする夕日に、諦観(ていかん)とともにひとりごちる。


 ――敵じゃなくてよかった。そう思えばいいんじゃないかな。




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