14話 復活
いきなりの物音にびくりと振り返ったルカは、マルコの姿を見て安堵の息を吐いた。
「マルコ君、追手は?」
「聖騎士なら全員ノビてるよ。剣聖は半分気絶中」
「半分気絶って、どういう状態なんだよ?」
とオキアが疑問をはさむ。
いくら剣聖といえども、そんな器用なまねはできないだろう。
「俺と戦ってたほうは気絶。ロロと戦ってたほうは逃げだした、ってところかな。どっちも追いかけてこられる状態じゃないから、しばらくは大丈夫だろ」
「ああ、なるほど。半分ってそういうことか」
たしかに二分の一ではある。オキアは納得した。
ていどの差はあれど、剣聖はふたりとも不幸な目にあったようだ。
しかし、同時に首をひねる。
マルコと戦ったほうはともかく、ロロと戦っていたほうも逃げたのか、と。
「そうか……両方、君がやったんだな?」
ジュリアスに探るような視線を向けられて、マルコは無言で小さく笑った。
いかにも仕事をなしとげてきたよーな雰囲気をかもし出している。
この姿を見て、「聖騎士をノーパンにして戦意喪失作戦」の存在に気づく者など誰もいまい。
地味で、孤独で、人生について自問自答を強いられる、空しい作業であった。
できすぎる男マルコが、一周まわって、できる男を演出しているのをよそに、シルフィは着々と息づいてくる。
灰色の髪が艶やかな翠銀となり、光の輪をつくりだす。
布地に戻った白い神官服の裾が、思い出したかのように風に揺れた。
およそ一週間、時を止めていた少女は、形のよい眉を苦しげに動かしてから、そっとまぶたを開く。
「ああ……」
感極まったのか、カロッツァは両手で顔をおおった。
「シルフィ!」
膝立ちしているヘルミナが両手を広げた。抱きつく一秒前である。
それより早く、シルフィは跳ねるように立ち上がっていた。
その瑠璃紺の瞳には、たったひとりで一億の魔物に立ち向かったはずの少年がうつっていた。
距離は四歩ほど。
「マルコ!」
「えっ!?」
まるで予期していなかったシルフィの行動に、名指しされたマルコは固まった。
あるいはこの瞬間、シルフィの空間認識能力は、マルコをも上回っていたかもしれない。
「無事だったんですね」と言うまえに。
最初の二歩で、状況を把握する。
肩すかしをくらって、つんのめるヘルミナ。
シルフィの唐突な行動に、目を丸くするジュリアスとオキア。
同じように目を丸くしながらも、なにかを期待するようにギュッと拳を握るルカ。
メアリーはくわっと目を見開いて、見たことのない表情をしている。
手で顔をおおって泣いていたカロッツァは、指の隙間から娘を凝視していた。
最後の二歩で、混乱する。
おかしい。大聖堂にいたはずなのに、ここはどこだろう?
そんな疑問よりなにより、急に止まれないことのほうが大問題だった。
つまるところ。
「ごふっ!」
シルフィの頭突きが、マルコのあごにクリーンヒットした。
マルコはたまらず尻餅をつく。
それほど痛いものではなかったが、それでもなかなかの衝撃だった。
本当に石化が解けたのかと、疑いたくなるほどだ。
マルコは目を白黒させ、シルフィを見あげて、
「な、なんで?」
シルフィは耳まで真っ赤になっていた。
なにかをこらえるようにぷるぷる震えながら、拳を天に突きあげて、うわずった調子で言う。
「……い、一撃! 一撃入れましたよ!?」
その言葉は、森のなかへと投げられていた。
そこにいたのは最後の合流者。
ロロが億劫そうにのそのそと歩いていた。
ようやく追いついたロロは「なんだこれ、わけがわからねえ」という顔でマルコを見下ろした。
ついで、「マルコに一撃入れたら、魔大陸に連れてってやるよ」と、シルフィに口約束したことを思い出して、してやったりと薄ら笑いを浮かべる。
マルコのこんな姿はめったにお目にかかれない。
ロロはマルコを指さして、大口を開けて、
「ギャッハッハ!」
疲れが吹き飛ぶほど腹の底から笑った。
しばし憮然としてから、マルコの喉元にもくつくつと笑いがこみ上げてくる。
帝都が危機を脱してから、シルフィが石になってから一週間。
とりあえずシルフィは、ずっと石だったことが信じられないくらい元気そうだ。
血色も逆に心配になるくらい、ものすごくいい。
なんだかおろおろしていて、ちょっと挙動不審だが。
深く暗い森のなか。
世界樹の周辺だけは別世界のように、暖かくて明るくて、にぎやかな笑い声に包まれていた。




