10話 裏の理不尽
「気を乱すな! 足元に集中して放出するんだ!」
シャルシエルの喝ともとれる叱責に、聖騎士たちは即座に行動で応えようとした。
超一流の戦士ともなると、足に気を集中し、波うねる海面をも悠然と闊歩するという。
彼らとて、誉れ高き聖騎士である。
沼の上を歩くなど、造作もないことだ。
「だ、駄目だっ! 気が……吸われるっ!?」
だが、悪夢は聖騎士を捕らえて離さなかった。
足元から放出しているはずの気が、放出するそばからどんどんスライムに吸い取られていく。
「そのスライムは、アクアスライムとドレインスライムを混ぜたものだ。魔大陸に生息するドレインスライムは気を吸収して成長するぞ」
絶望を告げるマルコの姿は、まさに聖騎士を蹂躙するジャアクなスライム使いそのものである。
その酷薄な笑みは、ずっと片足立ちしているという真実を、みじんも感じさせない。
エクスカリバーンを足蹴にして視線をくぎづけにしたはいいが、切れ味がよすぎて、ちょっとでも体重をかけるとズブズブ埋まっていきそうなのだ。
マルコがひそかに重力と戦っているあいだにも、聖騎士は次々と沼に呑まれ、気を吸い取られ、力尽きてゆく。
聖剣を手放し、宙をかいていた手が、力を失っていく。
シャルシエルですら完全に逃れることはできなかった。
黄金の神気をまとい、沼の上に立つシャルシエル。
その神気はスライムに吸われ、ほころびはじめていた。
体内に満ちていた気が急速に枯渇し、意識が薄れていく。
このままでは全滅する。
そう判断したシャルシエルは、焦げ茶色のマントを外し、足元に投げ捨てた。
沼の上に広がったマントを足場に、ぐんと力強く踏みしめる。
姿がぶれるほどの加速。
「なめた真似はここまでだ!」
ツバメのごとく大地を飛翔する。
ひたすらに磨き抜かれた神速の斬撃、頂の一閃。
剣を極めたはずのシャルシエルが、必殺の一撃を繰り出しながら、迷った。
マルコの体勢では避けることも受けることもできないはず。
しかし、マルコに動じる気配がなかったのだ。
ただ、マルコは足を動かした。
ガッ、と硬い音がして、肩口を狙った剣聖の横薙ぎは、マルコの頭上を通過していた。
「!?」
伝説の聖剣を足蹴にしていたブーツが、剣聖の渾身の一撃を受け流していた。
マルコはその場から一歩も動いていない。腕も組んだままだ。
片足で立つマルコは、地に根を生やしたように、びくともしなかった。
卓越した技量……ではない。
無造作に、力業で受け流されていた。
切っ先を返すより早く、シャルシエルの体にスライムがまとわりつく。
「あっ……がっ!」
動きが一瞬、鈍った隙に、顎を蹴られ衝撃が突き抜けた。
届かない。
彼が半生を捧げ、のぼりつめたはずの剣の道は、純然たる力に手も足も出なかったのだ。
敗北と挫折が剣聖の心を黒く塗りつぶす。
この道をどれだけ歩もうと、眼前の敵に届くとは思えなかった。
最後まで聖剣を握りしめたまま、気を吸い取られ、シャルシエルの意識は暗転した。
「ふう……終わった、か」
ひとり残った剣聖が崩れ落ち、全員の意識を奪ったとみて、マルコは腕組みを解いた。
「なんだかんだいって、剣聖っていわれるだけのことはあるんだろうけどな」
剣聖の渾身の一撃を、ブーツで受け止める。
実は、マルコの戦士としての力量だけでは、そんなことはできない。
地獣ベヘムト製のブーツ。
服の下でこっそりおこなっていたオーバースライムによる身体能力の強化。
スライムを地中深くまで染みこませ、軸足をしっかり固定していたりと、準備をととのえていたからこそできた芸当である。
「……冷静に見えて、けっこうエクスカリバーンが効いてたのか」
足元に刺さっている伝説の剣を傷つけないようにだろう。マルコの予測どおり、上半身に斬りつけてきた。
無意識だったのかもしれないが、甘いといわざるをえない。
武器を取ることもなかったマルコが思うことではないが。
力の差を見せつけ、圧倒する。
それが今後の衝突を回避するコツというものだ。
「さて……と」
マルコはエクスカリバーンを地面から抜き、鞘を拾う。
土汚れを丁寧に取り除き、きれいになったか入念に確かめながら、思案に暮れる。
マルコのもとにたどり着いた剣聖と異なり、聖騎士たちは胸まで沼に埋まって、気を失っていた。
しっかり戦意を奪って、後顧の憂いを絶つべきである。
仕上げをしなければならないのだが、
「どうすりゃいいんだろうか……」
聖剣を取り上げる? それはかわいそうだし、なにより問題になるだろう。
怪我をさせるつもりもない。
とりあえずシャルシエルの顎を治療して、聖騎士を沼から引っ張り出さなければならない。
泥まみれの服も洗っておいてあげよう。
なに、清掃はスライム使いの得意技であるから問題はなかった。
「うん?」
考え込んでいたマルコは、表沙汰にならず、彼らの戦意を奪えるかもしれない方法に思い至ってしまった。
服をキレイにするついでに、パンツを溶かしてしまおう。
そして泥沼だった地面を均し、メッセージをきざんでおくのだ。
親愛なる性騎士へ。
次に敵対したら全裸だぞ。
「……これで、いけるか?」
立場がある人物ほど、外聞を気にするに違いなかった。




