09話 聖騎士の悪夢
十英雄より古い時代の人物からエクスカリバーンを譲り受けた。
だからといって、マルコが二百年以上生きている、なんてことはむろんない。
マルコは見た目どおりの十五才である。
退魔の騎士アゼルは、キルキスの勇士隊の一員として、魔大陸の『災果てのダンジョン』に挑み、そこで消息を絶った。
マルコが『災果てのダンジョン』で遭遇し、討ち果たしたのは、彼らのアンデッドであった。
過去の英雄たちは、最期に人の心を取り戻し、所有していたアイテムをマルコに託して逝ったのだ。
昇天した相手の持ち物をちょろまかした、といってはならない。
ちゃんと、本人たちも了承済みなのだ。
失われたはずの聖剣。
伝説の光の剣が、意思もないくせに場を支配していた。
マルコは得意げに気を込めてみる。
すると、その輝きはさらに増す。
まぶしいほどだ。
「おおっ」
聖騎士がどよめき、マルコの目がくらむ。まぶしい。
なんて使えない聖剣なんだ、とマルコはこっそり肩を落とした。
これだけ聖属性の付加効果が強ければ、魔物相手には絶大な切れ味を誇ったことだろう。
が、聖剣に頼る必要のないマルコにとっては、ただまぶしいだけの剣である。
さっさと誰かに譲ったほうがいいかもしれない、ロロ以外に。
そんなことを思いながら、
「さあ、俺を倒して、この本物のエクスカリバーンを手に入れるのは誰かな?」
マルコはあからさまに挑発する。
それに乗るような聖騎士はいない。
しかし、彼らも伝説の剣を前に、色めきたつのは抑えきれなかった。
目の色が変わっている。
じりじりとマルコに向かい、足が動く。
――少し、包囲がズレたかな。
そう見てとり、マルコは剣を下に向け、手放した。
鋭い剣先が、重みだけで地面をつらぬいた。
剣身のなかばまで、吸い込まれるように大地に埋まる。
マルコはその柄頭を、あろうことか足蹴にしてみせた。
「「なっ!?」」
あまりにも不遜なその態度に、聖騎士たちが絶句した。
かまわず、マルコは腕を組んでさらに偉そうに、
「全員まとめてかかってこい! スライムチェーン!」
マルコの周囲に何本ものスライム製の鎖が召喚された。
元来、スライムとは動くヘドロのような魔物のはずだが、スライムマスターの手にかかれば形なんておかまいなしである。
メタリックシルバーでどこかねっちょりした鎖は、自由自在に木々の間をぬい、あるいはからみつき、聖騎士たちを逆包囲する。
「今だ!」
マルコの声で、ヘルミナたちは聖域をめざし、走りだした。
そうはさせじと聖騎士たちも反応する。
邪魔をするスライムチェーンに剣を振り下ろし、あっさりと切り裂いた。
次の瞬間、悲鳴にも似た叫び声があがる。
「っ、なんだこれはッ!?」
切られた鎖が何事もなかったかのように復元していく。
ついでとばかりに、カリバーンをからめとっていく。
「く、くそっ!」
スライムと聖剣の引っ張り合いをする聖騎士。
ひかえめに言っても、目を覆いたくなるほど滑稽だった。
同僚の醜態を見て、手近な鎖に斬りつけようとしていた聖騎士が、スッと愛剣を引っ込めた。
「落ち着け、敵はひとりだ!」
剣聖シャルシエルのひとことで、聖騎士たちの乱れていた呼気が静まった。
そのあいだも、シャルシエルはマルコから視線を外すことはない。
「ぬっ、抜けない!」
剣を取られまいと、まだスライムと力比べをしていた聖騎士が、
「うおおおおぉぉぉぉ!」
気合いの雄叫びをあげる。
カリバーンが金色に輝き、すぽっ、と抜けてもんどり打った。
両腕が回らないほどの立派な木に、後頭部をしたたかにぶつけてうめいている。
その様子を見て、マルコは痛ましそうに目を伏せる。
敵とはいえ、さすがに同情してしまった。
腕組みしてエクスカリバーンを足蹴にしたままだが。
なんとなく申し訳なくなってしまい、スライムチェーンを消してあげる。
もう必要ないだろう。
マルコが全員倒せばそれでおしまいなのだから。
行く手をはばんでいた鎖が、こつぜんと消え失せた。
聖騎士たちは事態にとまどいながらも、名乗りをあげるように前へでる。
「シャルシエル様、私にやらせてください!」
「いや、ここは私が!」
血気にはやる聖騎士が、我先にとマルコとの戦いを志願する。
その姿はどこか平衡感覚を欠いていた。
たったひとりの少年に足止めされている、という奇妙な状況を受け止めきれていないのだ。
シャルシエルは顔をしかめる。
「うろたえるな。侮るな。功を焦るな! 挑発とわかっていて乗ってどうする。全員であたれ!」
シャルシエルの険しい表情を前に、聖騎士たちは「子供を相手に集団で」との反論を飲み込んだ。
地に足が着いていない聖騎士たちとは違う。
剣聖はマルコの力を見極めようと目を凝らしていた。
この少年がスライム使いだというのは、自己申告にすぎない。
空からおりてきたということは、一流の風魔法の使い手であろう。
あのスライムチェーンと自称する魔法は、土属性に水属性を付加した複合魔法とみた。
つまり、複数の属性を一流の域で使いこなす魔法剣士。
ともあれ、力の底が見えない以上、油断ならない相手には違いない。
剣聖シャルシエルは、そう考えていた。
最後の一点以外は外れている。
シャルシエルは慎重に、一歩、前へ踏みだす。
苔がずるりとはげた。
湿り気をおびたやわらかな森の地面が、ぬかるんでいた。
「これは……なにが起きている?」
動揺を抑えることに成功したのは、シャルシエルだけだった。
その耳に、驚愕の声が次々と飛び込んでくる。
「うおっ? 足元が!?」
「くっ、なんだこの泥、ねばっこいぞっ!?」
苔むしていた地面は、いつのまにか茶褐色の泥土となり、泥沼に変わろうとしていた。
足をあげ、前へ進もうとするも、どんどん沈んでいく。
ひとり安全な足場の上で、マルコは高らかに言った。
「これがスライムの力だ!」
「こんなスライム、いてたまるかッ!!」
涙目で叫んだ聖騎士は、前へ進もうと一番頑張ってしまったがために、すでに腰まで沼にはまっていた。




