07話 聖騎士
ガルマイン帝國において最強の戦闘集団が帝國騎士団ならば、アウレリヌス聖導国で同じ立場にあるのが聖騎士隊である。
聖騎士は叙任されると同時に、国から聖剣カリバーンを授かるそうだ。
それを知ったとき、剣収集家のロロは明らかに気分を害したが、一時間後には一転して上機嫌になっていた。
帝國騎士と聖騎士の給与明細を比較して溜飲を下げたのであった。
ともあれ、聖騎士はカリバーンを持ち、そのトップはエクスカリバーンを持つ。これは聖国の伝統である。
たとえ今のエクスカリバーンが「かつて存在した、伝説の聖剣を模して造られたものにすぎない」といわれることがあろうと、極上の聖剣であることには違いない。
普段のロロなら、聖剣を前に舌なめずりするところだが、今回ばかりはそうもいかなかった。
なにしろ対峙するのは、帝國騎士団団長サーラターナと並び称される、大陸最強の剣士、聖国の剣聖である。
「ちっ、簡単にやれると思うなよ!」
ロロは技量の差から生じていた緊張を、邪魔するなとばかりに、力尽くで消し飛ばした。
全身から黄金の蒸気が立ちのぼる。ふう、ふう、と獣のように牙をむく。
「腕に自信があるのはわかる。その年でそこまで練り上げたのは大したものだ。自分より上の相手になど、そうそう出会うことはなかっただろう」
若い芽を摘まぬよう、シャルムートも慎重に剣を構えた。
剣聖の体も、ゆらりと黄金の気に包まれる。
「私に傷を付けたら、聖騎士に取り立ててあげよう」
二人が身にまとうのは、超一流の戦士の証明、神気。
見る者がいれば、同じ神気でありながら、両者はこうまで違うのか、と驚愕したことだろう。
儚いほどに燃えさかる炎と、絶えることのない静かな水面。
森のなかに吹く湿った風が、対照的な二人の闘気を揺らし、ロロは一気呵成に踏み込んだ。
「おいっ、ひとりで剣聖を相手にするって大丈夫なのかっ!?」
走りながら怒鳴るオキアに、ジュリアスが吐き捨てる。
「大丈夫なわけないだろうっ!」
いくらロロが帝國騎士の序列一桁といえど、勝てるはずがない。
しかし、彼らの力では、助力すらできないのだ。
世界樹をめざす足が、戦いから逃げ出す足に思えてならなかった。
なんのために鍛練を積んできたのか。
歯を食いしばるふたりを、ルカが気づかう。
「……今は、ロロさんを信じるしかないよ」
無力を嘆くのは、後回しにすべきであった。
樹脂の香りに包まれた深い森を、折り重なるように邪魔する樹木をかいくぐる。
森のなかを走った経験などないであろう、皇女や大神官が懸命に足を動かし、聖域まであと少し、というところで、
「そこまでだ」
一行をあざ笑うように、ふたたび追手が立ちはだかった。
その男を見て、ヘルミナが叫ぶ。
「そんな……、ロロは一体どうしたのです!」
ロロが足止めしているはずの、灰色の上下に焦げ茶色のマントをまとった男だった。
「私がここにいることが答えだ」
剣聖はつまらなそうに返すと、部下を動かした。
追手は剣聖だけではなかった。
白い鎧をまとった聖騎士たちが、洗練された動きを見せつけるように、行く手をふさぐ。
聖騎士の数は十人ほど。
木や藪、障害物だらけの場を苦にすることもなく、一分の隙もなく、一行を取り囲む。
「取り押さえろ。丁重にな」
「「はっ!」」
剣聖の命令で、儀礼のように一斉に、カリバーンが抜剣された。
その姿はジュリアスが憧れる、一流の騎士そのものだった。
一流そのもの、当たり前だ。なにしろ天下の聖騎士なのだから。
聖騎士の力量はA級冒険者を上回り、S級にすら匹敵するといわれている。
ひとりひとりが、オキアが「いつか自分も」と心に期す、一流冒険者の高みを超えているのである。
少年たちが乗り越えるには、あまりにも高く険しい敵であった。
それでも、ふたりは剣を抜いた。
「もう少しなんだ。ここまで来て、あきらめるわけには……」
「なんとか時間だけでも稼がねえとっ!」
「剣を降ろしなさい!!」
戦闘になる前に、ヘルミナが鋭い制止の声を発した。
ロロでも足止めできなかったのだ。
ここで争ったところで、逃げ切れる可能性はなかった。
無駄な抵抗はなにひとつ、事態の打開に寄与しないであろう。
「……ごめんなさい、シルフィ」
ヘルミナは悔恨の表情を浮かべる。
シルフィを治療し、帝都に連れて帰る。
すでに、その道は閉ざされていた。
仲間に止められ、ジュリアスとオキアが硬直した。
その隙をつき、聖騎士たちははかったように動いていた。
すべるようにふたりの背後に回り込み、剣を持つ手をひねりあげ、地面に押し倒す。
「くぅ!」
「ぐえっ!」
抵抗する間もなく、後ろ手に、乱暴に倒された。
口にまで草が、土が入りこんでくる。
ルカがギュッと目を閉じ、メアリーは表情を変えずにヘルミナを見やる。
そのメアリーが背負う大きな箱に、そっと手をそえていたカロッツァが、喉から声を絞り出した。
「ヘルミナ様……」
「まだです。まだ、望みがなくなったわけではありませんわ……」
ヘルミナが争いを避けたのは、臆病風に吹かれたからではない。
すべてをあきらめたわけでもなかった。
あきらめたのは、シルフィを帝都へ連れ帰ることだけである。
治療だけは、どんな手を使っても、なしとげなければならない。
聖域への侵入が失敗に終わった今。彼女たちに残されたカードは、皇女、大神官、次代の聖女という立場だけだ。
この三枚のカードを使い、なんとか剣聖を説得して、シルフィの治療を見逃してもらうしかない。
治療に成功しても、シルフィは女王に捕らわれるだろう。
しかし、生きてさえいれば、取り返す機会はゼロではないはずだ。
機会というのは、予想もつかないところから舞い降りるのだから。
バリバリバリと枝葉を折りながら、空から降ってきた少年が、ジュリアスとオキアを押さえつけていた聖騎士を蹴飛ばしたように。




