表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/171

06話 追手


 真っ暗な樹海を夜通し歩きつづけた。

 とうに陽は昇り、朝露(あさつゆ)が木々の葉を飾っている。


 石像の重みを背に感じながら、メアリーが声をひそめた。


「……うまく周囲の目をごまかせたのでしょうか。聖都に入っていないぶん、監視の目は手薄なはずですが……」


 世界樹を、聖域を目指す以上、何の監視もないとは考えられない。

 目的地に近づくほど、監視の網に引っかかる可能性はあがっていく。


 それに答えるわけでもないが、やわらかな(こけ)を踏みつぶし、先頭を歩くロロが確かめる。


「方角はこっちであってんだよな?」


 カロッツァは、手にした方位磁針に目を落とし、返事をする。


「ええ。世界樹の正確な場所は把握しています。このまま進めば――」


 その声が途中で途切れた。


 ロロが足を止めたのだ。


「誰だっ!」


 ロロの誰何(すいか)


 ひんやりとした風が葉を揺らした。

 木の陰から、ひとりの騎士が姿をあらわす。

 揺れる葉にまぎれるような、自然な動きだった。


「……ほう。気がついたか。いい勘をしている」


  鎧は身につけていない。灰色の上下に焦げ茶色のマント。腰に帯びた剣は麦色の布が巻いてある。


 軽装だ。姿だけ見たら、猟師といったほうが近いだろう。

 それでも、その男は騎士に見えた。

 抜き身の剣を思わせる鋭い印象が、そうさせていた。


 男はヘーゼルブラウンの瞳で、悠然とロロたちを観察し、マントと同じ焦げ茶色の口髭を動かした。


「誰だ、……か。剣聖シャルムートと名乗ればわかるかな」

「っ!?」


 ロロが闘気をはなって威嚇した。


 噛みつくような気を向けられても、男の涼しい顔は変わらない。

 剣聖の名乗りがはったりではないと悟り、帝國騎士の少女は顔をしかめた。


「なんで剣聖なんてご大層な存在が、こんな森のなかに……」


 帝國筆頭騎士の仕事が皇帝の護衛であるように、聖国の筆頭騎士たる剣聖は、女王の護衛についているはずだ。


 聖都からはるか西、聖国の首都オレンにいるはずの剣聖が、なぜこんな場所にいるのか。


 そんな疑問はどうでもよかった。

 現実として、目の前には大きな壁が立ちはだかっている。


「旅人が行方不明になった、と報告を受けてね。聖都の近くでなにかあったら一大事。いや、無事に保護できそうでなによりだ」

「……そのわりに、すぐ声をかけなかったみたいじゃねーか」


 こんな朝早くから森のなかを探しまわるとは、なんと勤勉な剣聖であろうか。


 ――少しは帝國騎士団(うち)の団長にも見習ってほしいもんだ。

 そう思うロロの手は、すでに剣に掛けられている。


「なに、ちょっと自分の目を疑っていたところだ。まさか、帝國神殿のカロッツァ大神官がおられるとは。……なにか事情がおありのようだ。私が丁重に聞くとしよう」


 シャルムートの視線は、戦闘態勢に入らんとするロロを素通りして、大神官に向けられる。


「……私を捕らえると?」

「ええ。怪しい人物は捕らえるように、と女王陛下から命ぜられています」


 行方不明の旅人を探していた、というのはただの名目にすぎなかった。

 剣聖がそんな些事(さじ)で動くはずがない。


 シャルムートに課せられた真の任務は、神殿の(あら)を探ること。

 そこへ、不審な動きを見せた大神官が飛びこんできた。


「女王……陛下が」


 女王の命令。

 その言葉は、カロッツァの顔色を奪うには充分であった。


 本来、この聖地周辺の警備は、神殿に所属する聖華隊が取りまとめている。

 たとえ監視の網に引っかかり捕まったとしても、神殿側ならば、まだ申し開きもできる。

 時間は厳しくなるが、次のチャンスも残されるであろう。

 あるいは事情を知れば、禁を犯すのもいとわず、協力してくれる人すらいるかもしれない。


 だが、ここにいる剣聖は神殿ではなく、聖国の人間だ。


 このままシルフィが女王の手に落ちたら、どのように扱われるか。

 神殿の権勢をうとましく思うヴィスコンテ女王にとって、次代の聖女の身柄は切り札とすらなりえる。

 仮にシルフィを治療できたとしても、彼女が帝都に戻ることは二度とないであろう。

 女王のもと、一生を幽閉されて過ごすか、それに近い状況に陥るはずだ。


 青ざめるカロッツァの前に、小柄な背中が立った。

 最年少の帝國騎士、黒髪の少女が剣を抜いていた。


「ここはオレがヤる。先に行っとけ」

「ロロ様っ!? ひとりで剣聖を相手に――」

「おまえらがいても役に立たねえよ! 足手まといなだけだ」


 ジュリアスの言葉を一蹴して、ロロは切っ先を剣聖シャルムートに向ける。


 ヘルミナは即断した。迷っている暇はない。


「……行きますわよ」


 ロロがシャルムートを足止めをしているあいだに、聖域にたどりつく。

 剣聖であれ、無断で聖域に足を踏み入れることは許されない。

 それを守るとはかぎらないが、剣聖が名誉と規律を重んじる可能性に賭けるしかなかった。


 逃げるヘルミナたちを、剣聖はなにもせずに見送った。

 剣を構えたまま、ロロは尋ねる。


「いいのか?」


 言外に「逃げる一行を攻撃できただろう?」との意味が込められていた。


 剣聖は口をほころばせた。


 そのひとことで、ロロが彼我の力量差をわかっていて、決死の覚悟で剣を構えていることが伝わったのだ。


「見逃すつもりはない。方角から察するに、向かう先は世界樹なのだろう。なにを企てているかは知らぬが、君を倒してから追えばいい」


 目的、あの箱の中身に関係があるのだろうな、と目星をつけ、剣聖シャルムートは己の剣に手をのばした。


 鞘に巻きついた布が、朝露で光る草に落ちる。

 華美な装飾の白い鞘があらわになるより早く、陽炎(かげろう)のごとく、騎士剣が抜かれていた。


 薄暗い森のなか、剣聖の代名詞ともいえる聖剣エクスカリバーンが、木漏れ日を集めたかのように清浄な光をはなった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました。よければこちらもよろしくお願いします。
じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
上のタイトルクリックで飛べます。
>cont_access.php?citi_cont_id=6250628&sizツギクルバナー
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ