表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/171

04話 聖地をめざせ


 首飾りに目をうばわれていた照れ隠しか、隊長はしきりに髭をなでまわして、


「これなら陛下もお喜びになるでしょう。いや失礼。お恥ずかしいことに、こちらの国では少々派閥争いがありましてな」


 いささか重い話を口にした。


 三年ほど前、ヴィスコンテ女王が即位してから、聖国では女王派と呼ばれる勢力が台頭していた。

 女王派はほかの派閥に露骨に圧力をかけており、その対象は神殿にまでおよんでいる。

 聖国とその国教でもあるメセ・ルクト聖教、神殿との蜜月にも、異変が生じているのだ。


「存じております。私どもも、みだりに聖都を乱すようなことは望みません。お忍びの目的もありますので……」


 カロッツァは、さりげない忠告に感謝するように微笑んだ。ちらりと、意味ありげな視線を同行者へと向ける。


「……なるほど」


 隊長も同じように若者たちを眺め、カロッツァの視線の意味は了解している、というふうにうなずいた。






 大神官を乗せた馬車が、西へと去っていく。


 馬車をあらためた部下が、隊長に訊いた。


「隊長、よかったんですか? あの子たちって、帝國の貴族でしょう?」


 大神官カロッツァに問題はない。

 だが彼女の連れた若者たちは、おそらく帝國貴族だろう。

 こんなに簡単に、聖国へ入れていいのだろうか。

 これでは、ほとんどノーチェックではないか。


 国境警備隊に配属されたばかりの部下には、馴染みがなかったが、そこには理由があった。


「大丈夫だ。お忍びの旅だといっておられただろう。身分を隠した帝國貴族の若者を連れ、神官が聖地(もう)でをするのは、たまにあることなんだ。……さすがに大神官様とは驚いたがな。

 まあ、女王陛下への貢ぎ物さえあれば、私たちが罪に問われることもないだろうよ」


 大国並び立たず。

 聖国と帝國はたがいに隙あらば、と常に機をうかがっている。


 それはなにも国境線にかぎったことではない。


 帝國貴族が神殿に帰依(きえ)する。

 帝國上層部に神殿の影響力が増すことは、聖国にとって願ってもないことなのだ。


 自分とは縁遠(えんどお)い、政治の話である。

 実感がわかず、部下は首を振った。


「メティスレイヒェ大聖堂の大神官さまかあ、とんだ大物でしたね」

「正直、肝を冷やしたな。もし聖女様側でなく、女王陛下側の大物に無礼をはたらきでもしたらと思うと……」

「勘弁してくださいよ」


 部下は思わず身震いした。


 政治に興味がなくとも、ヴィスコンテ女王がふたりの姉と母王を殺害し王位についた、という噂くらいは知っている。


 うらみがましい視線を隊長に向け、話題をさきほどの大神官様に戻す。


「それにしても、すごい美人でしたねぇ」

「おまえはカロッツァ様を知らないのか?」


 隊長はあきれたように言うが、部下からしてみれば心外だ。


「知りませんよ。だって大神官さまといっても帝國の人でしょう?」

「それはそうだが。あのかたは次の聖女様のご母堂だぞ」

「うへぇ!? ホントに大物じゃないですか」


 部下にとっては、大神官という立場よりも、聖女の母親という立場のほうが、よほど大きいもののようだ。


「……だから大物だといっているだろう」


 帝國神殿の大神官、という時点で相当な大物なんだがなあ。と、隊長はおおげさに嘆息した。

 部下が有能だと、追い越されてしまうのではないかと心配になるそうだが、どうやらその心配とは縁遠いようだった。






 馬車は道を跳ねていた。

 荒々しい音も、衝撃も、かまうことなく急ぎつづける。


 ――この帝國貴族の若者たちは、神殿の敬虔(けいけん)なる信徒となる道を選んだのだろう。大神官に導かれ、こっそり聖地参りをする道中なのだ――


 そう思われた一行は、監視の目がないことを確かめてから、緊張の糸を解いた。


 ヘルミナは、ほうっておくと巻が強くなる、黒い髪をのばしながら口を開く。


「なんとか、第一関門は突破しましたわね」

「ええ。少々の不審の目はこの際、致し方ありません。本当は聖女様と連絡が取れればよいのですが……」


 こたえるカロッツァは、娘を救う決意をあらわすかのように、唇を噛んでいる。


 石像となったシルフィを治療する方法。

 はるか東から、マルコが伝えてきたその治療法は、世界樹を必要としていた。


 なお、伝達方法は風の(アエロー)スライムを利用した遠距離通信だったが、その仕組みはマルコ以外、誰も理解できていない。そのアエロースライムも大陸間通信で力を使い果たしたのか、消滅してしまった。


 世界樹があるのは聖地の奥深く、聖域と呼ばれる立ち入り禁止区域である。

 聖域へ足を踏み入れるには、神殿の最高権力者、聖女グラータから許可を得なければならない。


 しかし、今、グラータは聖都にいない。

 聖女様は聖都を離れ、諸国行脚(あんぎゃ)の最中である。

 早急に聖都に戻るよう、帝國神殿から再三連絡を送っているが、戻るのがいつになるかはわからなかった。


 ならば、どうすればいい。

 おとなしく待てばいいのか。


 治療法を知ったそのとき、カロッツァは大神官という立場を捨て、


「なにをさしおいても、世界樹のもとへ急がなければなりません。無断で侵入するしかないでしょう」


 禁を犯すと決意した。


 その場にいあわせた皇女ヘルミナは、力強くうなずいた。


「もちろん、わたくしも同行させていただけますわね?」


 帝國の皇女が聖国の地を踏んでも、問題にしかならないだろう。

 逆に言えば。バレなければ、なにも問題はない、ということでもある。


「途中で軍馬を借りながら進めば、半分ほどの時間で着くはずですわ」


 普通なら、帝都から聖地まで、急いでも六日はかかる。


 だが、皇女であるヘルミナには急ぐ手があった。

 その道のりのほとんどは帝国領なのだ。


 皇族の特権で軍馬を調達しては乗りつぶし、昼夜を問わず進めば、時間は大幅に短縮できるはずだ。


 そうして馬車は国境を越え、聖地を見据え、走りつづける。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました。よければこちらもよろしくお願いします。
じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
上のタイトルクリックで飛べます。
>cont_access.php?citi_cont_id=6250628&sizツギクルバナー
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ