03話 国境
「それで、肝心のシルフィを治す方法は――」
「マルコ。貴様、もしかして『自分が魍魎バッタを殲滅しなければ、こうはならなかった』と思ってないか?」
「……」
図星をさされて、マルコは口ごもった。
「この、たわけが」
「馬鹿ねぇ」
顔に出やすいマルコの表情を読む。たやすいことであった。
ましてこのふたりにとって、マルコは教え子なのだ。
「たわけだな」
「馬鹿よねぇ」
「ぐっ……」
人生経験の差か、マルコは反論できなかった。
ドラエモフは、顔を歪めるように笑う。
なまじ顔がいいだけに、冷笑にしか見えなかったが、
「貴様がなにもしなければ、帝都は壊滅していただろうよ」
発言の中身は意外にも、子供をさとすような優しさが見え隠れしていた。
もっとも、ただ事実を指摘しただけではあったが。
「間違いないわね」
ルディアがくすくす笑い、口元をそっと手で隠した。
どれほど強くなろうと、ふたりにとって、マルコは教え子のままだ。
何度も化けた。誰よりもあがきつづけた。
教え子のなかで、最も才能に恵まれない少年だった。
しばらく見ないあいだに、また少し変わったようだ。
きっと、ひたすら強さを求めるしかない、魔大陸では得られなかった変化だろう。
魔王様は机に両足を乗せたまま、頭の後ろで手を組んだ。
「ふっふん。治療法はあるぞ」
これ以上ないほど偉そうな態度で、もったいぶってから、口笛でも吹くようにつづける。
「……どうしよっかなあ。教えちゃおっかなあ。でもなあ……」
「くっ、この……」
握りしめたマルコの拳は、ぷるぷる震えていた。
実力行使を我慢しながらも、マルコは決意していた。
――次はもっと焦がす。
◇ ◇ ◇
大きな道に敷き詰められた石畳は、ところどころ土が侵食していて、水たまりが日の光を反射していた。
道の左右には背の低い雑草が生えていて、これから迎える夏場に涼をとるためだろう、申しわけ程度に木が植えられている。
イスガルド大陸を東西に横断する大街道。
東はガルマイン帝国、西はアウレリヌス聖導国という国境を、一両の馬車が西に進んでいた。
漆塗りで海老茶色の箱馬車は、上品な細工が施されながらも、長旅に耐えられるしっかりとした造りをしている。
四頭引きの馬車が聖国の地を踏むとすぐ、小さな砦が行く手をさえぎった。
聖国の国境警備隊が、商人にしてはいささか高級で、貴族にしては実用的すぎる馬車を見とがめ、声を投げかける。
「待て、そこの馬車っ!」
小柄な御者が手綱を引きしぼった。
軍馬にも負けない立派な馬が足をゆるめ、馬車はゆっくりと止まった。
窓にかけられた布があがり、銀髪の婦人が顔をのぞかせる。
「私どもでございましょうか?」
その婦人は、呼びとめた国境警備隊の隊長がハッと息を呑むほど、神秘的で美しかった。
服装からして高位の神官だろう。
隊長は位負けせぬよう、呑んだ息をのみこんで、胸を張った。
「ああ! 全員、馬車をおりてそこに並べ。身分と越境の目的をのべよ!」
馬車の扉をあけ、ぞろぞろと人がおりてくる。
神官服の婦人とメイド服の女をのぞけば、ほかの四人はまだ少年少女といっていい年齢だった。
見目のよい少年少女ばかりなのは、おそらく貴族の子女だからだろう、と隊長は当たりをつける。
「帝國はメティスレイヒェ大聖堂の大神官、カロッツァと申します。このたびは聖地巡礼に参りました」
銀髪の婦人が身分を明かした。
帝國神殿の重鎮、大神官カロッツァ・ノーマッド。
思わぬ大物に出くわし、隊長は目をむくのをこらえ、襟を正した。
「……!? こ、これは失礼いたしました。しかし我々も職務は果たさなければなりませぬ」
最近はそうとも言いきれないが、聖国と神殿は友好関係にある。
帝國神殿といえど神殿の重鎮は、聖国にとっても無下にできるものではない。
「わかっております。お勤め、ご苦労さまです」
カロッツァは静かに頭を下げた。
隊長は安堵を隠し、部下に命じる。
「はっ! それでは失礼して。馬車の中をあらためろ!」
隊長がカロッツァに形式的な質問をいくつか浴びせているあいだ、部下が馬車の中を簡単にあらためていく。
「隊長! これは……」
隊長が馬車の中をのぞき込むと、部下の手は大きな箱に掛けられていた。
見るからに頑丈な箱だ。
内側には、やわらかそうな布が張られていて、クッションが詰められていた。
箱の中におさめられていたのは、神に祈りを捧げる少女像。
石像は傷がつかないよう、養生した板を当てて、丁寧に固定されている。
美しい石像はどこまでも緻密に、神官服の細部にいたるまで、一片の妥協も許すことなく仕上げられていた。
部下の手は、石像にのばされることなく、おそれるように止まっていた。
芸術に造詣のない彼から見ても、人工のわざとは思えないほどのすばらしい出来栄えだった。
「この石像は聖女様への献上品にございます」
「む、聖女様へか……」
馬車に上がり込んでいた隊長に、外からカロッツァが説明した。
隊長が渋い顔をみせ、顎髭をなでていると、
「もちろん、女王陛下への献上品は、より価値の高い物を用意してあります。サブリナ、これへ」
隊長の言いたいことを先回りするかのように、カロッツァが少女を手招きした。
「はい、大神官様」
ウェーブがかった黒髪の、きりっとした赤目の少女がしずしずと馬車に歩み寄る。
少女は、色鮮やかな陶器の宝石箱を手にしていた。
気品あるしぐさで箱をあける。
そこには大粒の宝石がちりばめられた、きらびやかな首飾りがおさまっていた。
「これはまた、見事な……」
「……すごい」
馬車の上から絶句する隊長。追従するように部下も目を丸くした。
おそらく、その宝石のわずか一粒ですら、彼らの生涯において手にすることはないであろう。
サブリナと呼ばれた少女。
自慢の赤髪を黒く染め、縦ロールにストレートパーマをかけた皇女ヘルミナは、食い入るように首飾りを見る彼らの様子を、無表情に見上げていた。
異国の陽射しをあびて、豪華な首飾りがキラキラとまばゆく輝いていた。




