02話 魔力変質症
「状態異常なら、エリクサーで治らないわけないのよねぇ」
胸元を強調するように腕を組んで、ルディアはさらっと断言した。
シルフィの症状を聞いて、すでに、その治療法を承知しているようだった。
「なら、いったいなにが起きたって――」
マルコが魔法の師に向かい、声を荒げた。
魔法の権威たるルディアは、魔王軍内部に多くの教え子をもつ。
魔法が使えないマルコも、せめて知識だけでもと、熱心に学んだひとりだった。
「慌てるな、マルコよ」
ドラエモフはマルコを制して、椅子にふんぞり返った。
長い足をこれ見よがしに、机の上に投げ出した。
制しておいて、自ら説明する気はまったくなさそうだ。
「魔力変質症、って覚えてるかしら?」
「ああ。たしか……」
ルディアが教師の顔になっていた。
マルコは、かつて彼女から受けた講義をなぞるように、記憶をたどる。
人は誰しも魔力を有しているが、誰もが魔法を使えるわけではない。
マルコがどれだけ努力しようと、魔法は使えない。
資質がない、魔導回路がないからだ。
この魔導回路、生まれつき得意な属性も決まっている。
魔法を構成することなく、ただ魔力を垂れながすと、その魔導回路に最も適した属性の魔力が放出される。
その魔力は六色、六属性に分類される。
赤なら火属性、緑なら風属性といった具合だ。
どれだけ訓練を積もうと、この色が変わることはない……のだが、まれにこの色が変わることがあった。
これを魔力変質症といい、おもに精霊の暴走に巻き込まれることが原因といわれている。
「でも、それで聖属性から闇属性に変わったとしても、回復できなくなるのはおかしいだろ? そりゃ、少しくらい効果の差があったっておかしくないけど……」
マルコは納得しかねて、口を尖らせた。
シルフィの魔力は聖属性の白だった。
それが黒い闇属性に変質したからといって、回復魔法が効かなくなるわけではない。
「マルちゃん。その子が変わったのは、ただの闇属性じゃなくて、闇属性のなかの石化属性なのよ」
「人の属性って、六属性だけじゃ――」
「たわけが。よく考えろ。本質的に石化の性質を持つ生命がいるだろう。土属性のなかの石ではないぞ、闇属性のなかの石化だ」
魔王の偉そうな物言いに、少しばかり懐かしさを、それに倍する反発を感じながら、マルコは頭の中で指折り数えていく。
「……バジリスク、コカトリス、ゴルゴン。――そうか! ゴルゴンみたいなもんか!」
よくできました、とルディアがうなずいて、答え合わせをはじめる。
「人は基本の六属性で分類しちゃってるけれど、魔物の場合、そこから細分化されてるのは珍しくないのよねぇ。
むこうの大陸じゃ魔物あつかいなんでしょうけど、ゴルゴンは人類種の一員よ。
その子の魔力は、ゴルゴンと同じような属性に変質してしまったの。
おそらく大量の石化魔法を大地に受け流そうとして、意識的に魔力を同調させたのよ。
もし、まともに受けてたら、石になった人数は百や千ではきかなかったでしょうねぇ」
「意識的に魔力の変質を受け入れるって、そんなことが――」
できるのか、という言葉をマルコは飲み込んでいた。
目の前に実例がいる。
「そう。わたしたちがやっているでしょう?」
ルディアの二つ名『発金』は、彼女が六属性に存在しない、黄金の魔法を使うことが由来だ。あとなんか雰囲気がエロいから。
ドラエモフとルディアは魔力を無属性化し、気と融合させた黄金の魔法を使いこなす。
それができるのは、魔王軍でもこのふたりだけだ。
魔法の術式に頼らず、魔力属性そのものを自由に変えているのだ。
そんな芸当ができるのはこのふたりだけにしても、似たようなことなら、決して不可能な話ではない。
なぜシルフィが石のままか、マルコにも見えてきた。
結界術は基本的に聖属性の魔法だが、そこに付加された石化効果は、術式で闇属性の魔力に変換されていた。
大量の死霊にむしばまれ、力を失う聖属性の結界。
反応すべき魔石が存在せず、空回りし膨れあがる闇属性の魔力。
崩れたバランスを維持できなくなり、魔法が逆流した。
ここまでは帝都で、神殿や宮廷魔導師がだした見解と同じだ。
だが、シルフィは石化魔法にかかったのではなかった。
自らの魔導回路を闇属性に同調させ、魔法を大地に受け流そうとしたのだ。
その試みは半分成功し、半分失敗した。
大量の石化魔法は大地に流され、無力化された。
しかし、シルフィは自身の魔力の変質を闇属性までに食い止めることができず、石化属性にまで変わってしまったのだ。
「……体が耐えきれなかった、ってことか」
マルコはうめくように言った。
「そういうことだ。あくまで体は人間のままだからな。魔導回路が魔力属性の変質に対応してみせたところで、肉体までゴルゴンと同じ体質になれるわけなかろう」
ドラエモフは、あきれ半分、気の毒半分といった調子で結論づけた。
状態異常ではない。
正常な状態が石なのだ。
あるべき姿が石となってしまった以上、回復魔法も魔法薬も効果はない。
「くそっ。無茶するなっていっておいて、自分が無茶するなよ……」
マルコは、苛立たしげに髪をかきむしる。
ドラエモフとルディアは、ネズミを見つけた猫のような目で、顔を見合わせた。
「マルコの口からでる言葉とは思えんな」
誰よりも無茶をしてきたマルコだ。
それも『魔王軍・無茶な人ランキング』があれば殿堂入りするレベルでだ。
誰かが無茶をしたところで、「その人が選んだことだから、しかたないだろ」で済ませる……はずだった。
「わたしとしては、意識的に魔力の奔流に同調しようとしただけで、その子を弟子にしたいくらいだけどねぇ」
ルディアは、マルコに影響を与えたかもしれない見知らぬ少女を、とりあえずフォローしておいた。




