六話 傷ついたプライド! 翼の折れた貴公子!
少年少女の声が響く、賑やかな教室内。
マルコ達新入生は騒々しくも平和な、パラティウム帝立学園での生活に馴染みつつあった。
授業のオリエンテーションを一通り済ませ、今の話題の中心は部活動、サークル活動に移っている。
「俺は冒険者活動支援会に入ったぜ。やっぱり実戦が一番力になるし、魔物退治でレベルアップも期待できるからな。あと金も稼ぎたい」
茶髪の少年、友達一号のオキアが腕に力こぶを作り、マルコに話しかける。
レベルとはステータスの総和を示す指標である。
鍛えてあるほど当然のように高いのだが、そのステータス=レベルは魔物を倒すと上がりやすいのだ。
ただ魔物を倒せばいいわけではない。
かつて、ある貴族が我が子のレベルを上げるために一流の冒険者を雇い、魔物を弱らせ、我が子に止めを刺させたことがあった。
しかし、それではレベルは上がらなかったそうだ。
魔物を倒すためにどう戦ったか。
魔物との戦闘そのものが血肉となる、というのが今では定説となっている。
「冒援会か……。俺も冒険者ではあるんだけど、うーん」
マルコは腕組みして唸る。
冒険者活動支援会とはその名の通り、冒険者として活動する学園生を支援する組織だ。
冒険者ギルドはあくまで依頼の受発注や報酬の受け渡しが主な業務で、冒険者同士のいざこざなど細かいところは放任している。
学園生が冒険者として活動する際に、その細かいトラブルを防止し、解決を手助けするのが冒険者活動支援会、略して冒援会なのだ。
冒険者のマルコが入ることは一見、理にかなっているようにも見える。しかし、マルコは帝都で冒険者として活動するのは最小限にとどめるつもりだ。
冒険者にはAからEまでの五つの級があり、その下にほぼ登録しただけのF級、上に特例としてS級がある。
マルコは一人前とされるC級、ちょうど真ん中だ。
形式的にはC級だが、実力だけ見るならS級どころかSSS級である。
今更、帝都周辺の弱い魔物を狩ったところでレベルは上がらない。
では冒険者としての級を上げるか。級が上がれば金と名声が手に入る。
金が欲しければ空間収納に大量にしまってある素材から、例えば古竜の鱗を一枚、冒険者ギルドに持ち込み換金すれば済む話だ。
名声? 変なのに付け狙われる可能性が増すだけである。
名を上げて『理不尽』だとか異名を付けられても、変なのにつきまとわれるだけなのだ。
思案するマルコに、黒髪に青いターバンを巻いた魔物使いの少女ルカが話しかける。
「あたしは魔物使いらしく魔物愛好会に入ったよ。マルコ君もどう? 可愛い魔物とお近づきになれるよ」
魔物使いという職は数が少ない。
同じ魔物使い同士で知己を増やすのに、魔物愛好会は最適だろう。
「スライム使いも魔物使いの一種だし、マルコ君のスライム可愛いから歓迎されるんじゃないかな」
「うーん、ほら、俺のスライムって召喚するだろ? 普段から傍にキープしとくことも、できるといえばできるんだけど……」
ルカが誘うもマルコの反応は鈍い。その視線の先はルカの頭の上。小さく可愛らしい鳥型の魔物、ローリングバードだ。
「ある魔物使いに言われたことがあるんだけどさ……」
マルコの脳裏に、どこか怠惰な女の姿が浮かんだ。
その女はマルコが出会った中で最強の魔物使い、魔王軍四天王の一人『遠勢』のレレイン。
使役する亀に背を預け、膝に白猫を乗せ、首に青大将を巻き付け、頭の上に赤い雀を乗せたレレインはマルコにある言葉を送った。
その言葉は、当時、スライム使いの戦い方を模索していたマルコにとっての至言となった。
「俺の戦い方は精霊使いに近いんだってさ」
「「ああっ! なるほど!」」
オキアとルカは得心がいったと同意する。
魔物使いは魔物と意思疎通し使役する者。
召喚なんて真似はできず、使役する魔物はひとたび死ねば生き返らない。
精霊使いは魔法使いの高等職。
召喚した精霊が消滅しても、次に召喚すれば元通りだ。
性質が精霊使いよりなスライム使いマルコは、魔物使いとしては異端なのだ。
レレインはこうも言った。
「かといって、精霊という格の高い存在を召喚する一流の魔法使いが、スライム使いを同業だと認めることはないだろうね」
スライムの上位種の中には精霊に近い存在もいる。例えばフレアスライム。フレアスライムは火の精霊に近い性質を持つ。
だが、スライムはあくまで魔物に過ぎない。フレアスライムもレッドスライムの上位種とされている。
不遇底辺職として一部では名高いスライム使いだが、マルコ流スライム使いは分類的にややこしい職種であった。
「というわけで、職種や適性が関係ない部活やサークルの方がいいかなあ、って考えてるんだ」
「へぇ、色々やっかいなんだな」
「魔物愛好会はスライムが可愛ければ問題ないと思うよ」
「……ありがとう」
マルコは苦笑いを浮かべ二人に感謝する。
ホント、どこに入ろうか、とクラスを見渡す。マルコのように決めかねている者はまだまだ多いようだ。
マルコはちらりとジュリアスの席を見やった。
そこに居丈高な金髪の少年の姿は無い。
マルコとの試合以来、貴族の少年は欠席を続けていた。
――俺のせいじゃないよな。
多分大体マルコのせいである。
もっとも、絡んできたのはジュリアスの方だ。
同情する必要はどこにもないが相手は貴族、それも帝國建国以来の名門と伝え聞く。
警戒も必要だろうか?
「少しお時間はありますか?」
顔を曇らせるマルコに、柔らかな声がかけられた。
翠銀の髪の少女シルフィネーゼ・ノーマッドが話しかけてきたのだ。
放課後、マルコは校舎の屋上から校庭を眺めていた。
何故屋上にいるか? 呼び出しをくったからだ。
綺麗な女の子に呼び出されれば普通はどぎまぎしそうなものだが、マルコに限ってそれはない。
基本、警戒である。
美人ほど警戒しなければならない、という冒険者先輩の教えが生きている。
魔大陸という激流で磨き上げられたマルコはストイックなのだ。
校庭で部活動に励む生徒達を見て悩むのは別のこと。
「料理倶楽部か、それともお菓子研究会か……」
ストイックなのだ。
「でも、どっちも男子生徒の数が少なそうなんだよなあ……」
最近料理に目覚めたマルコは、お菓子作りにもスライムの手を伸ばしていた。
「お待たせしましたか?」
心に入り込むような声に、マルコは戦々恐々と振り返った。
そこに立っていたのは、神殿にあまり敬意を抱かないマルコの目から見ても、際だって美しい翠銀の髪の少女。
きっと友達が少ないであろう、社交界で嫌がらせを受けているであろう少女、シルフィネーゼ・ノーマッド。
「ええと、シルフィネーゼ様?」
「シルフィとお呼びください。クラスメイトから様付けで呼ばれるのはなんだか居心地が悪いんですよ」
シルフィは悪戯っぽく微笑を浮かべた。
瑠璃紺の瞳と向き合い、とんでもないな、とマルコはあらためて感じた。
本人の美貌はもとより、皆と同じはずの制服すら、特別に見えるのはどういう手品なんだろう?
「わかった、シルフィ。何か用?」
マルコは目を離せなくなると同時に、心に強固な防衛陣を構築する。
権力者というのは、他人に厄介ごとを押しつけるのが性分なのだ。
シルフィの両親は大陸でほぼ唯一といっていい、どでかい宗教団体のお偉いさんである。
「少しお願いがあるのですが」
「?」
マルコは意外そうな反応を見せつつ、ほらね、と内心しっかり待ち構える。
「伝言を頼めませんか?」
「……?」
「ジュリアスにです」
本当に意外な申し出に、マルコは首をひねった。
「……何で俺に?」
「それが一番いいと思ったからです」
「試合をした相手が?」
「そう、試合をした相手だからですよ」
引きこもる原因を作った相手がねえ、とマルコは顎に手を当て思案中のポーズ。
「ジュリアスを気にかけるなら……。シルフィが励ますのが一番効果的な気もするけど?」
「そう思うならマルコに頼んでいません。ジュリアスは今の姿を私に見られたくないでしょう」
マルコの指摘に、わかっている、という風にシルフィは返した。
ジュリアスがシルフィに特別な感情を抱いているのは、誰の目にも明らかだ。
「なるほど」
格好悪い姿は見られたくないだろう、とマルコは納得した。
しかし、話を受けるかどうかとは別だ。
権力者に貸しを作るのは悪くない。
貸しを貸しと思うような相手ならば、だが。
――断って、神殿で特別扱いされている少女の機嫌を損なうのもまずい気がするんだよなあ。
神殿は一大権力だ。国境を越えて影響力を持っているという点では、帝國を相手取るより厄介かもしれない。
マルコは結構都合良く、長いものに巻かれたい主義である。
その割りに帝國や神殿と戦う選択肢も排除しないのが、実に魔大陸に染まっているが。
マルコが納得したとみて、シルフィは伝言の内容を伝えた。
「……お節介とか言われることないか?」
「……? 初めてですよ」
シルフィは小首をかしげる。その様も実に絵になった。
ふんわりしてるように見せて、計算尽くとしたら実に卑劣な少女である。
やはり冒険者先輩の言葉は正しかったのだ。
「上手くいくとは限らないけど……」
「何もしないより良いとは思いませんか?」
「確かにそうかもしれないけど……」
マルコは問題点を思いついた。別名お断りの口実ともいう。
「俺がデルバイネ伯爵家に行って、すんなりジュリアスに会えると思うか?」
「会えるようにしましょうか?」
「……いや、遠慮しとく」
会えるようにする、か。
その言葉を聞いて「ズレてるなあ」とマルコは思った。
――しかし、何で俺が? ジュリアスの友達に任せた方が……。
そこでマルコは、はっと気がついた。
あいつも友達いないのか!?
自分のズレっぷりは認識していなかった。