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六三話 たったひとりの犠牲!


 ノーマッド邸は、メティスレイヒェ大聖堂とほぼ同時期に建設された、由緒ある建築物だ。

 帝都ウーケンが現在の形として区画整理された頃からある、文化財ともいえる邸宅。

 年季の入った建物だが、人の手が掛けられ、古くささは感じられない。


 シルフィネーゼ・ノーマッドという少女の私室は、時代がかった木製の家具に囲まれていた。

 みずみずしく甘い匂いのする、白いフリージアが生けてあるのが唯一の少女らしさであろうか。

 ぽつんと寂しさを主張しているその花も、生けたのは侍女のメアリーであって、シルフィではない。


 シルフィの部屋にいるのは銀髪の美しい女性、大神官カロッツァ。シルフィの母だ。

 娘に受け継がれた瑠璃紺の瞳は、涙を枯らし、赤く腫れていた。


 もう少し、年頃の少女らしい、華やかな部屋にしていれば良かった。

 なぜ娘に、『聖女』などという適性が現れてしまったのか。


 部屋の主がいないだけで、殺風景な印象に変わってしまった。

 シルフィの部屋で、カロッツァは一人、悔やむ。


 遠慮がちなノックの音がした。


 カロッツァは顔にかかった銀色の髪を、手ぐしで取り繕う。

 中に入ってきたのは赤い髪の皇女、ヘルミナだった。


「カロッツァ様……」


 カロッツァの憔悴しきったさまに、皇女様の赤いドリルも、心なし艶がない。


「ヘルミナ様、お見舞い、ありがたく――」

「いいのです。私が好きで来ているのですから。……少しはお休みになりましたか……」


 カロッツァがそっと首を振ると、乱れた髪が顔にかかる。

 結界術で中心的役割を果たしたカロッツァは、ただでさえ疲れていた。

 彼女はそこから休むことなく、娘に寄り添っている。


 二人は部屋の中央を見る。


 シルフィは膝をつき、祈りを捧げる姿のまま石像と化していた。


 髪の一本一本、神官服の皺に至るまで、精緻な石像となったシルフィの身に、何が起きたか。

 カロッツァは思いかえす。


 帝都を覆う結界が消滅した、あの時。

 結界を破ろうと襲いかかったのは、赤い魍魎バッタではなく、黒い死霊の大群だった。

 無数の侵入者を相手に、帝都の結界は持ちこたえた。

 これは死霊が物理的な質量を伴わない存在であるため、結界への負担が少なかったからである。

 闇属性の死霊に対して、聖属性の結界術が特に効果的だった、というのもあるだろう。


 異変はその直後に起きた。

 白く輝く光の柱が、まるで死霊の意をくむかのように黒く染まったのだ。


「宮廷魔導師の分析でも、結界のフィードバックとしか考えられない、と」

「そう、ですか……」


 ヘルミナのもたらした言葉は、カロッツァ達、神殿関係者の見解と一致していた。


 帝都に張った結界は、魔物の侵入を防ぎ、触れた魔物を石化させる結界である。

 石化効果は魔石に反応して発揮される。マルコの煉獄君と同じ仕組みだ。


 魔物ではあるものの実体を持たぬ、魔石を持たぬ死霊相手ではどうなるか。

 空回りした石化魔法、それも尋常では考えられぬ量の魔法があふれ出し、逆流したのだろう。


 魔法による状態異常なら、回復魔法や魔法薬で治るはず。

 しかし、シルフィの石化は解けなかった。


 帝国と神殿は秘蔵の魔法薬も含め、あらゆる方法を試みた。

 厳重な警護をぬるぬる突破したマルコが、伝説の霊薬エリクサーやらエリクシールスライムやらをぶっかけていったが、それでもシルフィは石像と化したままだ。


「ヘルミナ様、帝都で治療法が見つからないとなると、残された可能性は、聖女グラータ様のおられる聖都テテウしか……」

「あまり時間はかけられませんものね……」


 カロッツァとヘルミナは焦燥感に駆られていた。

 物言わぬ石像となったシルフィを見て、マルコが気になることを言っていたのだ。


「シルフィの最大HPが減っている」


 マルコの言葉が本当だとすれば、あまり時間は残されていない。


 最古の大都市、聖都テテウ。

 神殿の総本山であり、回復魔法や結界術の研究が最も進んでいる都。

 帝都でも多くの人が治療法を探し回っているが、聖女グラータにも協力を仰ぐべきだろう。


 もっとも、聖都の属する聖国、アウレリヌス聖導国がどう判断するか。

 聖国は最近、きな臭い噂が流れている……。


 難しい顔をする二人に、ブブブブッ、と小さな振動音が届く。

 机の上に置かれた、小さな緑色の物体が震えていた。


『……か、…いて…。誰…聞いて…か』


 緑色のスライム、風の(アエロー)スライムが届けるのは、遠い地、海を渡った魔大陸にいるであろうマルコの声。

 スライム使いの少年は、シルフィの治療法を求め、魔王軍の力を借りるために旅立っていた。


 ヘルミナは、一縷の望みとばかりに、スライムに飛びついた。


「マルコ! マルコ! 聞こえますの!」


 スライム越しに、彼女たちが待ち望んだ言葉が聞こえてくる。


『……シルフィを治す、方法がわかった』



第一部 スライム使いと小聖女     完


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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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