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五六話 死霊使いヴィルマーン!


 ルカ達がギガントスパイダーと戦っていたのと同時刻。

 ところかわって帝都の西。


 尽きることなく押し寄せる魍魎(もうりょう)バッタの濁流に飲み込まれながらも、マルコは一人で戦い続けていた。


「……はっ! 煉獄(れんごく)スライム魔物黒焦(まものくろこ)げ君四号の霊圧が……消えた?」


 ずいぶんと物騒な名前である。


 ジュリアスに渡した改造フレアスライムが遠い地で消滅したのを、マルコは感知していた。


 あの赤いスライムは、マルコがフレアスライムを改造して生み出した生体兵器、いやスライム兵器である。

 煉獄君(略)は、普通に投げつけただけでは燃え上がったりはしない。

 しかし魔物にぶつければ、その体内、心臓にある魔石の魔力を求めて激しく燃え上がる。

 その炎は生きた炎となり、魔物を地獄の業火でむさぼり尽くすのだ。


「A級程度の魔物なら、あれだけで討伐できるはず……」


 煉獄君が使用されたということは、ジュリアス達の手には負えない相手と遭遇した、ということだろうか。


「だ、大丈夫。エリクシールスライムがまだ残っている……」


 オキアに渡した、金銀の光沢も艶やかなエリクシールスライムはまだ反応が残っている。

 命の危険があるようなら、エリクシールスライムも使っているはずだ。


「こんなことなら目玉スライムも渡しとけばよかったか……? いや、遠くから見てても、見てるだけじゃ意味ないし……」


 槍一本で一億の魍魎バッタに挑んでいるマルコ。

 口元に手を当てブツブツと人の心配をしている場合だろうか。


 ディアドラとシルフィがこのさまを知ったら、「一番心配を掛けているのは誰だ!」と叱りつけるだろう。

 マルコは度しがたいことに、自分が心配されていることを自覚していない。

 いや、多少は自覚している。

 自覚してても自分は大丈夫だと思っているため、深く考えていないのだ。

 魔大陸で研ぎ澄まされた修羅の精神はだいぶズレていた。


 もっとも、今のマルコに近づける魍魎バッタなど存在しない。


 マルコの周囲、七色に煌めくスライムが飛び交う、幻想的な風景の中に魍魎バッタの入り込む余地はない。

 近づく傍から、スライムにぐずりぐずりと溶かされ、跡形もなく消滅していく。


 魍魎バッタが大地を呑み込む赤い雲海ならば、マルコの無限(アンリミテッド)スライム地獄(ワールド)は、その先頭に立ちはだかる七色の繭だ。


 魍魎バッタが地上の全てを食らい尽くすのならば、無限スライム地獄は地中に伸びた草木の根ですら食らい尽くす。


「この技の欠点は、敵味方の区別がつかないことだからなあ」


 味方をも巻き込んでしまう無差別範囲攻撃。

 英雄や勇者といった存在からは遠くかけ離れた、恐怖の必殺技である。


 目で追えない、派手さの欠片もない問答無用のスラリウム光線(レイ)

 魔王暴食(グラトニー)の再来たる悪食スライム。


 もしも吟遊詩人がこんな主人公の物語を爪弾き出したら、野次を受けるのは必至だ。


 スライム使いはしょせん、ゴミ処理がお似合いな底辺職、格好良さなど似合わない。

 そんなスライム使いではあるが、実は目立たない長所があった。


「バッタごときが、スライム使いの燃費の良さを嘗めるなよ」


 精霊使いが低級の精霊を召喚するのに必要なMPを十とすれば、低級スライムはわずか一。

 しかも吸収・分裂といった手段も組み合わせれば、その差は十倍では済まない。

 そのうえ召喚するのにMP二十を消費するエリクシールスライムは、HP・MPを全回復させる効果がある。


 つまり、スライム使い(マスター)マルコは継戦能力が異常に高いのだ。


 燃費に優れたマルコであっても、奥義となるとMPはそれなりに消費するが、エリクシールスライムを使い全回復。


 エリクシールスライムの服用も、一日一度を越えると回復量は少しずつ落ちてはくる。

 逆に言うと、一日一度で済むように無限スライム地獄の展開範囲を調節し、MP消費量を抑えれば、エンドレスキラーマシーンの出来上がりだ。眠いけど。


 大量の魍魎バッタが相手ならば、それを餌とすればいい。

 だからマルコはたとえ一億の蝗害が相手でも、勝てると思っていた。

 今でも勝てると思っている。


 だが、そんなマルコにも誤算があった。


「先頭を抑え続ければ、進行方向を変えられなくても速度は落ちると思っていたんだけど、甘かったか……」


 蝗害の先頭を潰し続けたところで、その全てを抑えられるわけではない。

 魍魎バッタが東へ進む速度は、いっこうに衰えていなかった。


 丸一日以上戦い続け、奥義を使用しているのだ。

 マルコは倦怠感と頭痛を振り払うように、大きく頭を振る。


 どれほどの魍魎バッタを倒しただろうか。

 千万か、二千万か。それともまだ百万にも届かないのだろうか。


 長丁場になるだろう。


 そろそろ頃合いかと、マルコは空の小瓶を取り出した。

 その中にエリクシールスライムを召喚してグビリといく。


「あ~、やっぱ効くわこれ」






 帝都の南。


 南都カナルへと続く大街道は、避難民で埋め尽くされている。


 皇女ヘルミナが北への指揮を執ると同様、南への避難民はヘルミナの兄である皇太子が率いていた。


「皇太子殿下は、もう次の街に着かれた頃か……」


 殿を務める帝國騎士マクシミリアンは、避難民の進むはるか先を見て呟いた。


 鍛え上げられた鋼の肉体、積み上げた勲功による落ち着き。

 壮年のマクシミリアンは、歴戦の勇士にふさわしい威風を備えていた。


 その姿は、飄々としてどこか気怠げに見える団長サーラターナや、優男の副団長ルミナリオ、小柄な少女ロロよりも、はるかに民衆のイメージする帝國騎士の姿に近いだろう。


「はっ! もうお着きになられたかと!」


 傍らでかしこまる若い騎士の瞳には、帝國騎士に対する憧憬がありありと浮かんでいた。


「そう、身を硬くすることはない。少し力を抜きなさい」

「はっ! 了解致しました!」


 マクシミリアンは、その頑なな態度にかつての自分を重ね、苦笑した。

 この若い騎士は弱冠二十歳といったところか。

 マクシミリアンもその頃は、この若者のように熱い眼差しで、帝國の守護者を見上げていたものだ。


 騎士の瞳に浮かぶ尊敬の念は、名ばかりの帝國騎士を自認するマクシミリアンにはいささか面はゆかった。


 マクシミリアンが帝國騎士に叙せられたのは昨年のこと。三十歳を過ぎてのことだ。

 彼は特別な才に恵まれていたわけではない。

 他の騎士団でならば、部隊長以上の実力を有している自信はあるが、帝國騎士団の中では下から何番、といったところだろう。


 マクシミリアンには団長や副団長、ロロのような天賦の才はない。

 彼が帝國の守護者たる、誉れ高き黒鎧を纏うことを許されたのは、ひとえに積み重ねてきた忠義によるものだ。


 マクシミリアンは避難民が列を成す様を見ながら、最後尾をゆっくりと歩く。


 彼が守るべき人々は、災害にも負けず整然と歩み続ける。

 帝都の住民にとって帝國騎士団が誇りならば、彼にとっては、この力強い民の歩みこそが誇りであった。


 その時、悪寒が走った。

 虫唾が走るような、胸の中をえぐられるような気配。

 マクシミリアンの胸には、その邪悪な妖気が刻み込まれていた。


「まさか……死霊使いか」


 三年前、まだ彼が帝國騎士になる前のことだ。

 帝國北東部、都市連合との国境付近で起きた、S級犯罪組織ナイトシフトとの戦闘。

 彼の同僚を壊滅させたばかりか、帝國騎士序列一桁(アムカ)すら屠った悪夢。


 マクシミリアンが三年前を想起したのは、蝗害がパルティマスによる人災である可能性を、帝國騎士は知らされていたからだ。


 ナイトシフトの双頭、魔蟲使いパルティマスが魍魎バッタを操るのならば、もう一人、死霊使いヴィルマーンはどこにいる。


 マクシミリアンはおぞましい気配の元へ走り出した。


「マクシミリアン様っ! どちらへっ!」


 街道から離れ、荒野を疾走する。

 帝國騎士を追い、若き騎士も走る。


「これは……」


 そこでマクシミリアンが見たのは、大地に黒く光る魔法陣と一人の男。

 魔法陣からは、巨大な黒い魔獣が現れようとしていた。

 腐り果て、空洞となった眼窩には不気味な光りが宿る。


「ドラゴン……ゾンビ」


 その姿は紛う事なきドラゴン、地上最強の生物。

 生み出されたドラゴンゾンビの足元で、魔導師らしき男が無機質な眼差しをマクシミリアンに向けた。

 死霊使いヴィルマーン。冷酷な眼差しは三年前と全く変わっていない。


 撒き散らされる死臭に、色を失いながらも、マクシミリアンは追ってきた若い騎士に叫んだ。


「帝都へ向かって走れ! 一刻も早く陛下にお知らせするのだ!」

「はっ! し、しかし……」

「私は命令したはずだ! 君がすべきことは何か!」

「……了解しました。ご武運をっ!」


 走る若者を見送る暇はない。

 帝國騎士マクシミリアンは、ここが己の死に場所であると覚悟し、剣を抜いた。

 帝國の剣として至らぬこの身、せめて盾として時を稼いでみせよう。


 あの若者が逃げる時間さえ稼げれば良い。

 それが帝都にいる、帝國最強の剣を抜くための時となる。

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