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五五話 ルカ達の戦い!


 ルカは青いターバンを巻いた頭にチュリオを乗せ、斜めに掛けたバッグにガウルを入れると女子のテント地を離れる。

 男子のテントへ向かいながら、腰に下げた二つの袋を大切そうに撫でた。


「あたしが持ってていいのかなあ?」


 バッグとは別に、腰に下げた袋の中には、マルコが渡したスライムが入っている。

 マルコが友情の証に渡したスライムは、あっさりルカへと預けられていた。


 前衛の二人が強力な消費アイテムを持つより、後衛のルカが持っていたほうが効果的であろうとの判断だ。


 五人パーティーのはずだったが、マルコとシルフィが抜け三人になり、ただでさえ手数が足りない。

 後衛のルカが、アイテムをまとめて管理するのは正しい。


 袋越しの感触は、もっちりしていてムニュッとしていた。

 なんだかやみつきになりそうで、手を離す。


 男子のテントに着くと、そこはまだ寝静まっていた。

 ちらほら起き始めていた女子のテントと比べてゆっくりしている。

 身だしなみに掛ける時間の差だろう。


「あれ、ちょっと早かったかも?」


 ルカはそう呟いて、ジュリアスとオキアがいるはずのテントに向かう。


 他のパーティーの生徒もいるから、そーっとテントの入口から声を掛ける。


「……おはよー、ってまだ寝てる」


 ルカがテントの中を覗き込むと、二人は外套に包まって、もぞもぞ動いていた。


 手持ち無沙汰になったルカは、テントの陰で周囲の様子を探り、誰も見ていないことを確認した。

 何やら神妙な顔をして、腰の二つの袋からスライムを取り出す。


 右手に赤いスライム。

 左手に金銀のスライム。


 山が二つ。


「…………」


 胸に当ててボリュームアップしてみる。


 これは……立派だ。


 ルカはちょっぴり感動していた。空しいけど。


「「おはよ、う……」」


 その背後からオキアとジュリアスの、まだ寝ぼけているような声がかかった。


「!?」


 ルカは、寝起きの二人は凍りついた。


 二人の寝ぼけ眼は、もはや寝ぼけ眼ではない、大きく驚愕に見開かれている。


「「女の子の胸じゃない!」」

「いやああああああぁぁぁ!!」


 顔を真っ赤にしたルカは、脱兎の如くベースキャンプの外へと逃げ出した。やたら速い。


 キャンプの外は魔物の地、一人で飛び出すのはあまりにも危険だ。


 オキアとジュリアスは慌てて追いかける。


「貴様! 婦女子にたいしてなんて暴言を吐くんだ!」

「てめえこそ! そっくりそのままかえすぜ!」


 オキアは寝るときも革鎧を身につけていて万全だが、ジュリアスは板金鎧を脱いでしまっている。

 テントを出る前に、二人とも剣を帯びていたのは幸いであった。


「僕は『女の子は胸じゃない』と言おうとして、言い間違えただけだ!」

「どんだけ口が悪いんだお前は! もう口を開くな!」

「同じ台詞をほざいた貴様に言われたくはない!」

「はあ!? 俺はぽろっと本音が漏れただけだ!」

「なおさら悪いではないか!!」


 言い合いながらも足は急ぐ。


 二人は身体能力の高い前衛職だ。レベルも新入生の中では高い。

 だが、木々の間を駆け抜けるルカに引き離されていく。


「くそっ、足速え!」

「とにかく言い争っている場合ではない! 見失ったらまずいぞ!」


 ノーステリア平原に生息する魔物は低級ばかりとはいえ、魔物は魔物だ。

 オキアとジュリアスは無駄口を叩くのをやめ、必死にルカを追った。






 はっ、はっ、はっ。


 見晴らしのいいキャンプ地から木立の間へ、森の中へと、一人の少女が走っている。

 軽く息を切りながらも、ルカは二人の追跡者を振り切りつつあった。


「うわああぁあぁぁぁん、なんで追いかけてくるのぉ!?」


 追いかけてこなければ、森に深入りせずに、女子のキャンプに戻れたのに。

 真っ赤になっていた顔は、今や半泣きになっている。


 山村育ちのルカは幼い頃から山の中、森の中を駆けずり回っていた。

 身体的なステータスで上回るオキアとジュリアスを引き離せたのはその為だ。


「うう、もう大丈夫かな」


 大丈夫ではない。既に森の奥へと深く入り込んでいる。

 冷静になると、逃げたところで何の意味もない。


 それでもルカは、何も考えず走っていたわけではなかった。

 シルフィに借りた首飾りに魔力を通し、弱い魔物を遠ざけていたのだ。


 皮肉なことに、ありがたい魔道具がルカを魔物の生息地の奥へ奥へと、誘い込む結果となっていた。


「あっ……」


 正気を取り戻したルカは、足を止め周囲を確認する。


 木々の間に大きな蜘蛛の巣がかかっている。

 巣を避けようと他を見ると、そこにも蜘蛛の巣がかかっていた。


「ジャイアントスパイダーだっけ……」


 巨大な蜘蛛の巣だらけの場所にいることに気がつき、心細くなったルカはそっとバッグの中のガウルを撫でる。


 ジャイアントスパイダーだったら大丈夫。

 ガウルの氷の息で、遠くから動きを止めて逃げればいい。


 一歩後ずさり、さらに周囲を探ると、よく蜘蛛の巣に引っかからなかったと思うほど多くの巣に囲まれている。


「戻らないと……」


 ルカは失念していた。


 この首飾りが効果を発揮するのは、あくまで弱い魔物にである。

 魔物が嫌がる波長の魔力を出しているとはいえ、それは果たして、巣から逃げだすほどの劇的な効果があるのだろうか?


「ひっ!?」


 巨大な蜘蛛の影に、ルカの身が恐怖に固まった。


「ジャイアントスパイダー……じゃない?」


 その蜘蛛は、蜘蛛の姿をしていなかった。

 蜘蛛の頭の上に、女の上半身が生えていた。


 女の顔がルカに向く。


 形だけ人に擬態した、表情のない女の顔は、虚ろな眼窩に新たな獲物を見据えていた。


「な、なにこれ……」


 巨大蜘蛛から生えた、死人のような女が口を開き、ルカに糸を吐き出した。


「スマッシュ!」


 その糸を闘気の砲弾が叩き落とす。


 ルカの前に、疾風のごとく割り込んだのはジュリアス。

 ジュリアスの騎士剣からは、闘気を飛ばした残滓が立ち上っている。


 スマッシュはスラッシュと並び、闘気使いの基本となる技だ。

 気を塊として飛ばせばスマッシュ。斬撃として飛ばせばスラッシュとなる。


「くっ、なんでギガントスパイダーがこんなところに……」


 ノーステリア平原には、いるはずのない大物だ。

 ジュリアスは顔をしかめ、剣を構える。


 ギガントスパイダー。

 A級討伐対象アラクネの下位種、B級の討伐対象である。


 この辺りにいたジャイアントスパイダーは、ルカの首飾りを嫌がり巣から逃げたのではなかった。

 ギガントスパイダーに捕食されていたのだ。


 ルカの捕獲を邪魔されたギガントスパイダーは、糸を吐き捨て、口の端に残った糸を人の腕で拭い取る。

 形こそ人の腕をしていても、その動きは人とは似ても似つかぬ、奇っ怪な印象をルカ達に与えた。


「ファイアアロー! 今のうちに逃げるぞ!」


 オキアが放った炎の矢が蜘蛛の頭部に着弾する。


 ギガントスパイダーの目はあくまで蜘蛛の目だ。

 女の顔はただの飾りに過ぎない。

 糸を吐いている時点で、ただの飾りとはとても言えないが、あれは顔ではない。

 蜘蛛本来の目を狙ったオキアの判断、行動は最適だった。


 だがギガントスパイダーは、ファイアアローで怯むような魔物ではなかった。


 炎はすぐに消え、蜘蛛の足がゆっくりと、新たな獲物に向け戦闘態勢を取る。


 ――このままじゃやられる。


 魔物使いであるがゆえ、ルカには彼我の力量差がはっきりわかってしまった。


 恐怖に呑まれ、身がすくむ。

 しかし、ルカが何か手を打たなければいけない。魔物使いは指揮官なのだから。


「く、来るなあああぁぁあ!」


 怯えを振り払い、ルカは迷わず切り札に手を伸ばす。

 小袋をまさぐり、赤いスライムを掴み、投げつけた。


 ギガントスパイダーに当たった赤いスライムが、炎となって絡みつく。

 ベテランの冒険者が力を合わせて、ようやく討伐できるというギガントスパイダー。

 ファイアアローをものともしなかったギガントスパイダーが、炎に包まれ、悶え苦しむ。


「「「えっ?」」」


 驚く三人の目の前で、炎はまるで生きているかのように、ギガントスパイダーをねぶり尽くしていく。


 蜘蛛の足が空を掻き、人の腕が、顔を体を掻きむしり、全身にまとわりつく火を消そうと足掻く。


 ギチギチギチギチチチッ!


 それは巨大蜘蛛が燃え上がる音だったのか、断末魔の叫びだったのか。


 ギガントスパイダーは炭化して崩れていった。


「「「……え?」」」


 崩れた灰の山に、大きな魔石が残され輝いていた。


「うそぉ」


 ルカの発した言葉に、何とも言えない顔を見合わすオキアとジュリアス。


 ――この討伐演習で最大の成果となる大物を仕留めた三人は、「これ、どうしよう」と無言で会話していた。


 ……ベースキャンプに戻ってから、どうやってB級の魔物を退治したのかを聞かれても、三人は曖昧な供述を繰り返すだけだったという。


 あと、胸の件はちゃんと謝った。

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